子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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普通教育
「普通教育」、今現在、それこそ普通に使っている言葉である。
高校などは、普通科などと言う類別もあり、何となく私たちは理解しているのだと思う。
要するに「普通教育」とは、「普通の教育」だと思いこんでいるのである。

かつて私は教育の歴史という記事を連載していた。
もちろん記事にしたのだから、私なりにその勉強はした。
勉強してみると、昔の人は「普通教育」をどのように捉えてわかる。

私が感じたのは、昔の人の思っている「普通教育」とは、専門教育なのである。
職業に関係したいわゆる訓練という傾向のものではなく、学問として取り上げて、
それを研究していくのが「普通教育」なのだ。
いわゆる基礎の基礎、例えば、読み・書き・そろばんというのは普通教育ではなく、
職業教育でも、必ずやらなければならない普通教育の前の基礎教育なのである。

今、みなが知っているように、高校から、普通科という類別ができる。
小中学で基礎をしっかり学んで、高校から専門的な勉強をするということなのである。
日本の高校以降の勉強内容が専門教育になっているかを考えてみればわかるだろう。
要するに普通科の勉強は非常に難しいので、普通科に行く学力を有しないものは
職業科に行くというのが常だったのである。

では、実際はどうだろう?
「普通教育」の定義をみなは間違えてはいないだろうか?
昔の学生は普通教育に進むときにはそれなりの覚悟を持って進んだのである。

今のように「普通教育」の解釈が変わってしまったのなら、日本は違う科を作るべきではなかろうか?
例えば、「〜専門科」、日本の学校形態も変わってきているので、英語教育を徹底的にやる高校だとか、
理数系を徹底的にやる高校だとかが増えてきている。
これを専門科と称して、レベルを上げていくわけにはいかないのだろうか?
もちろんそれにはいわゆる現在のトップ校と言われている高校が専門科にならなければならないが、
そういう教育改革は場合によっては必要ではないかと思う。

いちばんやるべきは、本来の「普通教育」を復活させると言うことだが、それにはまずみなの認識違いを
直さなければならないだろう。
とにかく日本の教育は方向が見出せないまま、パラドックスに迷い込んでいる。

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
知を好めども…
知を好めども学を好まざれば、其の蔽や蕩
上の言葉をご存じだろうか?
かの有名な論語の一節である。
孔子が勉強の本質を言っている言葉である。

ここの「知」というのは、「知恵」のこと、ここでは「浅知恵」を表している。
要するに雑学をさしていて、これは本当に知っていることにはならないのだが、自分では正しいと思っている
状態を指している。
「学」というのは読んで字のごとく、真摯に学ぶと言うことである。
「蔽」というのは、「弊害」に近い意味、「蕩」というのは「放蕩息子」という言葉があるように自分勝手なに
振る舞う人のことである。
要するに、「浅知恵ではなくて、しっかりと勉強して本当の知識を身につけなければ、自信過剰になる」
という教えである。
どうも私も例外ではないのだが、塾屋の中には浅知恵で満足している人もいるので
気をつけなければならない。

かの吉田松陰は11歳の時に殿様から、「弟子にしてください」と言われたほど博識な人だったが、
野山獄に幽閉されたときに1年で618冊の本を読んで勉強したという伝えがある。
やはり時代を動かす人は違うのだなと感心してしまう。

私たち塾屋も教える相手が子どもだからと言って、いつまでも自分の知識の切り売りばかりしていると
いつかは子どもたちから愛想を尽かされるのではないかと思う。
要するに常に勉強していなければならないのである。

こういう姿勢はやはり子どもたちを動かすのではないかと思う。
この業界で食べて行こうとするのなら、こういう基本的な姿勢は崩してもらいたくはないものである。

うちの塾の仲間たちも、教務部会を開いて、定期的に勉強しているが、例え学ぶものがないと思っても、
どんな状況の中からでも学ぶものを見つけることが出来るようにならなければならないのではないかと思う。

私自身ももう一度、教えると言うことも掘り下げて勉強したいと考えている。
「浅知恵」で満足しないような勉強をしたいと思っている。
やはり数年に一度はこういうオーバーホールは必要である。
次の塾のあり方を考えていく上でも、今年は学ばなければならないと思う。

※大変申し訳ありませんが、ただいま出張中です。
 コメントのレスは来月になってしまいます。申し訳ありません。

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
子どもの学習権
高等教育になると何を学習するのかはほとんどが本人の問題である。
日本の場合、この本人の持つ学習権を自由に行っているとは到底思いにくい状態である。
実はこの学習権の概念はアメリカで生まれたものである。
実はこの時期は「教育の正体」(日下公人著:KKベストセラーズ)を参考にしているのだが、
何とも興味深いないようなので、取り上げさせていただいている。

このアメリカの背景には産業革命がある。
大都市かが進み、国家統一化も進み、教えるべきことが増大し、親たちも教育熱心になり、
ついに子どもたちが悲鳴を上げ、学習権を唱えたのである。
何ともこういうことを聞くと、民主主義が根付いていると感じてしまう。

アメリカの当初の主要産業は農業と林業、それ以前は狩猟だたのだから、学校教育は必ずしも必要ではない。 
親が子どもに生きていく術を教えていたのだから、産業革命前の教育は何とも荒っぽい。

その本にはこんな例が挙げている。
牧場主が息子を跡継ぎにしようと思って、まず、乗馬の家庭教師を連れてくる。荒馬を乗りこなさなくては牧童、カウボーイたちから尊敬されないから、ビシビシやってくれと言った。「まだ足らん、まだ足らん」と言うから、家庭教師が「これ以上やったら、落馬して死んでしまいますよ」と言うと、「死んでもいい」と答える。これを突破しなければ、カウボーイからバカにされ、馬にもバカにされ、結局はまわりに荒くれ男に殺される。決闘を申し込まれて死ぬ。だからやるべき必須科目はきちんとやってくれ。その課程で死んでもかまわない。息子は何人でも産むと答えたという話がある。

日下氏はこの話を日本の親にも聞かせたいと本の中で言っている。
要するにアメリカではこういう状況を受けて、子どもたちが「子どもにも学習権がある」と言ったのである。
「自分は跡継ぎにはならない」「職業を選ぶ権利は自分にある」と言ったのである。

こうやって、子どもたちの学習権は生まれている。
こうやって得た学習権ゆえ、子どもたちも一生懸命学習したに違いない。
つまり学習の本質は親やまわりに押しつけられるものではないのである。

実はこの手の考え方はどの親御さんも分かっているように思う。
しかし、こういう考え方に則って、子育てをしている人は少ない。
実際にこの記事を書いている私も、頭では分かっていてもなかなか実戦できることではなかった。
アメリカの子どもたちのように子どもたち自身にこういうことを言わせること自体が出来ないのである。

こういう話を聞いてみると学習権という教育学的な話よりもm日常の親との関わりがいかに大事かが分かる。
いろいろな子育て本を読んでいる私でも、こういう風に子どもたちがなっていくのがゴールという
子育て本に出会ったことはない。
むしろまったく逆の親に従順な子どもを育てるにはどうしたらよいかという内容のものが多い。

しかし、世の中がこうなってしまうとこのアメリカ的な子育ても必要ではないかと思う。
ぜひぜひこういう勉強もしてみたいものである。

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
教育の歴史〜66
いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

前回に引き続き、平成10年以降の教育について書いていこう。
実は今回の記事でこのシリーズは終わる。
今の日本の教育の課題を歴史を通して考えてもらえるのなら幸いだ。
それこそが私は大事だと思っている。

【グローバル化対応】
( 1 ) 初等中等教育
・国際的な学力調査等への参加
「キーコンピテンシーの定義と選択」プログラム(平成9〜15年)
OECD生徒の学習到達度調査(PISA)(平成12年〜)等
( 2 ) 高等教育
・大学の質保証システムに関する日米欧の協議
ユネスコ/OECD国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン(平成17年)、日中韓質保証機関協議会(平成22年)
・キャンパス・アジア構想(日中韓大学間交流・連携の推進)(平成22年〜)
【家計負担の軽減】
・高等学校授業料無償化・就学支援金支給制度の導入(平成22年)
・日本育英会における奨学金事業の充実
平成11年:きぼう21プラン奨学金の発足(貸与人員の大幅増(有利子奨学金)、成績基準の緩和)

最後の記事のテーマはグローバル化である。
資料を読むと、どれも立派なことが書いてあるようだが、実際にはあまり進んでいないという印象を受ける。
実際に海外留学をして、国際感覚を身につけようという若者は激減している。
要するに文科省の思惑とは逆行しているのである。

家計負担の軽減と言うことなのだが、誇らしげに書いてある高校の授業料無償化は世界では
当たり前のことである。
こんなことを大袈裟に語られても困る。
それ以上に大事なことは、奨学資金の充実である。
これも誇らしげに書いてあるが、有利子奨学金の枠が増えたところで何もならない。
物価は下降しても、大学の費用は鰻のぼりに上がり、社会に出た瞬間に大きな借金を背負わざるを
得ない状況に追いやっていて、結婚をしないなどと言っても、出来るわけもない。
結局はいろいろな要因から、少子化が進み、最後には国力が落ちきってしまう。
そうなってしまったら、日本国民に幸福は訪れない。
もっとこの国は教育を大事にしないと行けないのである。

長々66稿も教育の歴史の記事を書いてきた。
日本はかつて世界有数の教育先進国だった。
ゆえに皆にそこまで上り詰めていく課程を知ってもらいたかった。
皆がそういう視点で教育を見れば、新しい方向性がきっと見えてくるはずなのである。
私も子を持つ親である。
子どもたちには幸せになってもらいたいものである。
                                                        (終わり)

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
教育の歴史〜65

いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

前回に引き続き、平成10年以降の教育について書いていこう。

【事前規制から事後確認へ】
( 1 ) 初等中等教育
・全国学力・学習状況調査を開始(平成19年)
全国の小学6年生、中学3年生が対象
H19〜H21:悉皆調査、H22:抽出調査

ここで、いろいろと議論を生んだ学力テストが出てくる。
学校自体や教員たちの調査の資料として、学力テストは必要なものではないかと
私はこのブログにも、いくつかの記事を投稿した。
しかし、それに対して、全国いろいろな方からコメントをいただいた。
驚いたことに学力テストに反対する声の方が多かった。
そのひとつの要因がお金がかかる学力テストにそれなりのメリットがあるかというものだ。
特に私学などでは、学力テストを実施しない学校がかなり多かったように思う。
もうひとつがこの学力テスト自体が実際の学校現場の中から出題された問いは思えないもので、
むしろ、PISAの学力テストのためにやっているのではないというものだった。
このPISAのテストはマスコミ等でも取り上げられ、日本の子どもたちの学力は世界ではどの辺に
位置しているかを判断するもので、かつて世界第1位の教育国であった日本の凋落が問題視されていた。
それをこのテストで払拭しようとする隠れた文科省の体面を保つだけのものだという指摘だ。
どちらにしても、その実施は現場を無視して、一方的に始められたような印象があった。

( 2 ) 高等教育
・大学の設置認可に係る弾力化
量的規制の緩和(量的な抑制方針の原則撤廃)
設置認可に関する裁量主義から準則主義への転換(授与学位に変更のない学部・学科の設置は事前審査を不要とする届け出制化など)
・認証評価制度の導入(平成16年)
自発的な改善を促す自己点検・評価システム

また高等教育に関しては上記の内容が書いてあるが、具体的にこれでどう変わったのかは
分からない感じがする。
私に言わせれば、あまり方向性を感じない改革のように見える。
                                                        (つづく)

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
教育の歴史〜64

いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

前回に引き続き、平成10年以降の教育について書いていこう。
今回は高等教育についてである。

( 2 ) 高等教育
・国立大学の法人化(平成15年)
教育資源の配分機能を国から大学へ移管
【教育行政組織の改編と行政スタイルの転換】
・文部科学省設置法を制定・施行(平成11年制定、平成13年施行)
本省:大臣官房(文教施設部を含む)、生涯学習政策局、初等中等教育局、高等教育局(私学部を含む)、科学技術・学術政策局、研究振興局、研究開発局、スポーツ・青少年局、国際統括官
文化庁:長官官房、文化部、文化財部
ここに書いてあるのは組織組である。
これがしっかりと機能しているかは私たちには分からない。
日本の教育行政の悪いところなのだが、そう言う報告もしっかりして欲しいものである。 

・国立教育政策研究所を改組・再編(平成13年)
教育課程研究センター・生徒指導センターの設置、教育研究情報センターの改組
・学習指導要領の改訂における最低基準性の明確化、学校裁量の拡大(再掲)
・優れた先端的な取組への支援
スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)(平成14年〜)、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)(平成14年〜)など
・特色ある優れた取組への支援
特色ある大学教育支援プログラム(平成15〜19年)
現代的教育ニーズ取組支援プログラム(平成16〜19年)
→質の高い大学教育推進プログラム(平成20年)に統合
・教育基本法を改正(平成18年)
これまでの教育基本法の普遍的な理念を大切にしつつ、今日求められる教育の目的や理念、教育の実施に関する基本について規定
・教育三法(学校教育法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、教育職員免許
法及び教育公務員特例法)を改正
改正教育基本法の新しい教育理念を踏まえ、新たに義務教育の目標を定めるとともに、各学校種の目的・目標を見直す
副校長等の新しい職の設置、教育における国・教育委員会の責任の明確化、教
育免許更新制の導入等
・教育振興基本計画を策定(平成20年)
教育の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、教育基本法の規定に基づき、政府として初めて策定
ここにもいろいろな試みが書いてある。
まずはSSH、SELiである。
スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)(平成14年〜)、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)(平成14年〜)のことであるが、一時、私たちの間でも話題になった。
主旨は分かったのだが、実際どういう教育をするのかが分からないと言うこともあった。
しかし、それは実際の学校を見て判断できるのだが、これに関しての検証が報告されてこない。
もちろん善し悪しがあると思うのだが、これもしっかりと報告すべきだと私は思う。

また様々な教育に関する法律が改正されたり、定められたりしているのだが、
それもしっかりと伝わっていない。
こういうことがあるから日本の教育は閉鎖的だという印象がある。
そう言うこともしっかりしてほしいものである。
                                                        (つづく)

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| とよ爺 | 教育思想 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
教育の歴史〜63
いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

前回に引き続き、平成10年以降の教育について書いていこう。

(1)初等中等教育
・地方分権一括法による国と地方の関係の見直し等(平成12年)
教育長の任命承認制度の廃止、機関委任事務の廃止、都道府県教育委員会の市町村教育委員会に対する一般的指示の廃止・技術的基準の設定、中核市への研修権限委譲等
・学校運営における地域住民の参画システムの導入
学校評議員制度の導入(平成12年)、学校運営協議会の制度化(平成16年)
・学習指導要領の改訂(最低基準性の明確化、学校裁量の拡大)
平成10年改訂:各学校が「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開し、基礎的・基本的な内容を確実に身につけさせ、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を育むとの観点で改善。
平成20・21年改訂:「生きる力」を育むという理念を実現するための具体的手立てを確立するとの観点で改善。
・学級編制基準の緩和(平成13年:義務標準法の改正)
各都道府県教育委員会の判断により40人を下回る学級の編制
・義務教育費国庫負担制度の改革[三位一体改革]
総額総量制の導入(平成16年)
国庫負担割合の変更(1/2→1/3)


この資料を読んで、ピンとくる人はどれだけいるのだろう。
例えば、地域住民の参画システムと書いてあるのだが、具体的にはどういうものなのだろう。
私の住む学区では小学生に課外学習という授業を設け、引率をすべて父母にやらせているという例があった。
教員たちは学校で待機し、何かあったときのために学校にいるということなのだが、
親たちのほとんどがそれを教員たちの職場放棄と呼んでいる。
そういう実態を学校側はわかっているのだろうか?
こういうことをさせる学校と違った形でうまく機能している学校では差がありすぎるのではないだろうか?
文科省はしっかりと指示するべきである。

また、その後に書いている「生きる力」が含まれている文章をどうお感じになるだろうか?
これもまた「新学力観」というものなのだろうが、なんともわけのわからない文言である。

要するに文科省のお役人たちは理解できても、一般人や教諭の皆さんは戸惑うばかりなのである。
こういう状況で丸投げの姿勢をやめないのは無責任としか言いようがない。
日本の教育を良くしようという気概は何も感じられない。

日本の教育はここ数年、荒廃に向かっているという人があまりにも多い。
やはり勉強すればするほど、日本の教育は悪化している。
                                                          (つづく)

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教育の歴史〜62
いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

前回に引き続き、平成10年以降の教育について書いていこう。
前回に続いて耳障りの良い文言が並んでいる。

●文部科学省の行政スタイルを権力的作用、一律的財政支援から、最低水準の維持・目指すべき教育理念の提示と現場の自発的取組の支援・専門性に基づく指導へ転換
○学習指導要領の最低基準性の明確化、スーパー・サイエンス・ハイスクール等の実施、国立教育政策研究所に教育課程研究センター等の設置

ここでも目新しい言葉がいくつも登場してくる。
文科省の行政スタイルなどが書かれているが、まったく無意味な言葉の羅列である。
国民はこういう言葉に騙されてきたような気もしてくる。
下の学習指導要領の最低基準性の明確化とはいったい何のことだろう。
最低基準の議論はその前から行われていたが、実際はと言えばこても無形に等しい。

●事前規制から事後確認への移行
○全国学力調査の実施、大学の設置認可に係る規制緩和(量的規制の緩和と設置認可に関する裁量主義から準則主義への転換)、認証評価制度の導入
●グローバル化の進展に伴う教育の国際的共通化への対応
○教育達成目標の共通化、教育の規格・基準をめぐる国際競争
● 経済の長期低迷がもたらす所得階層の分化により生じた家庭の教育費負担軽減への対応
○ 高校無償化、日本育英会・日本学生支援機構の奨学金貸付における成績要件の撤廃、大学の授業料減免
ここに出てくるグローバル化も怪しい。
例えば、小学校の英語についても、どれほどの効果があったのかがいまだにはっきりしていない。
こういう姿勢が今の文科省の悪い部分である。
丸投げの欠点がすべて出てしまっている。

高校の無償化は当たり前とは言え、良かったことのひとつである。
今の社会を見ていると高校進学は常識となった。
学習内容が優しくなったこともあって、高校は極めて義務教育に近いものになっている。
もっと高校生が勉強してくれると良いのだが…。
奨学金は貸付制なのでやはりかなり遅れていると言った感じである。
貸付制なのだから、もっと大学の費用を安くすると言うのも必要である。
こういうこともしっかりとやって欲しいと私は感じている。
                                                         (つづく)

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教育の歴史〜61
いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

この記事からは平成10年以降の教育の変遷について書いていこうと思う。
まずはこの資料には以下のような見出しが躍っている。
いくつかを取り上げて、書いてみようと思う。

● 冷戦終結後のイデオロギー対立の解消に伴い、教育サービスの内容の水準を、サービス受容者により近い者が決める観点から、教育に係る国の権限を縮小
○教育長の任命承認制度廃止、義務教育費国庫負担制度における総額総量制の導入など地方分権の推進
○学習指導要領における学校裁量の拡大
○教育資源の配分機能を国から大学へ移管するための国立大学の法人化
○小泉政権下のいわゆる三位一体改革に関連しての義務教育教員退職手当に対する国庫負担の廃止と給与に対する国庫負担割合の引き下げ

まずは私がものを言いたくなるのが、5行目にある学校裁量の拡大という項目である。
さすがに現在と言うこともあって、このブログにも何度か取り上げられている。
結構書きたいこともあったのだが、現在に関しては皆さんご存じだと思うので、
かいつまんで記事にしていこうと思う。

話を戻す。
ここにある学校裁量の拡大なのだが、私に言わせればまったくと言っていいほど機能していないように
私には見えてしまう。
学校裁量の拡大と言うよりは、文科省の学校への丸投げと言った方がよいのかも知れない。
こういう文章で読むと、何となくきれいに見えるが、内情は結構、杜撰だと思ったりもする。
あまりに現場の先生方が可愛そうである。

また小泉政権下のことも書いている。
所信表明の際に小泉純一郎氏は米百俵の話をした。
この流れから、小泉総理は大幅な教育改革を断行するのかと思った。
しかし、そう言う期待は無惨にも裏切られた。
十分あのころは「ゆとり教育」の失敗は分かっていたはずである。
日本の教育は役人のメンツの方が重要視されてしまったようだった。

今現在は非常に耳障りの良い言葉で教育行政が語られている。
しかし、実態はとなると、まったく進んでいるようには見えない。
体裁だけでまったく身のないものばかりである。
もっと自国の教育の歴史をしっかりと学んで欲しいものである。
                                                         (つづく)

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教育の歴史〜60
いつものように国立教育研究所の資料を用いて考えてみよう。

この記事では昭和50年後半〜平成10年頃の高等教育を中心に記事にしていこう。
( 4 ) 高等教育等
【受験生の負担軽減】
・共通第1次学力試験を開始(昭和54年度)
国立大学受験生の難問・奇問対策の負担軽減→ 対処療法的内容に留まる
・共通第一次学力試験に代えて、大学入試センター試験を開始(平成2年度)
国公私立大学を通じて教科科目などを自由に利用することが可能

高等教育、主に大学受験についてはセンター試験が導入された。
ここで書いてあるように入試問題はかなり易化したような印象を受ける。
加えて、大学入試自体も少子化の影響もあって、一時ほど狭き門という感じはしない。

【大学院の拡大と多様化】
・旧制大学以外の大学の工学研究科等の博士課程の設置(昭和59年以降)
・連合大学院や総合大学院などの工夫による博士課程の設置(昭和60年以降)
・教員養成大学における大学院修士課程の設置促進(再掲)
・独立大学院の設置(昭和51年制度化、S63総合研究大学院大学、H2北陸先端科学技術大学院大学、H3奈良先端科学技術大学院大学、H9政策研究大学院大学)
・国立の大規模総合大学等に多数の独立研究科・独立専攻を設置(昭和59年以降)

大学院は拡大している感がある。
しかし、逆に言えば、社会に出て行くのが遅くなったと言うことを表している。
それに伴い、家庭での学費負担は増し、大学に進学させることが大変な世の中になっている。
奨学金の制度も整備されてなく、ほとんどが貸与の語りになるため、学生たちは卒業と同時に
多額の借金を負うことになる。
結婚率が大幅に低下しているのだが、これもひとつの原因であると言われている。
こういうところも国の制度は不十分である。

【幼稚園への就園促進】
・幼稚園児の保護者への補助(幼稚園就園奨励費補助)の充実
・私立幼稚園への助成(経常費助成、施設整備費補助)の充実
この部分の国の政策に進展は見れるのだが、この前の段階が手つかずである。
特に保育園の待機児童の問題などは、非常に深刻な状況である。
やはり私に言わせれば、今の社会状況に行政が追いついていないような印象がある。
この時代の教育界はすべてにおいて、後手後手の時代なのである。
                                                        (つづく)

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