子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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梅雨でないような梅雨

今年はもう夏になったようである。

しかし、梅雨が飛んで行ってしまったのかと思ったら、大雨が降ったりする。

異常気象、異常気象と巷の人はずいぶん前から言ってはいるが、何が異常かも最近はわか

らなくなった。

子供のころの四季はいったいどこへ行ってしまったのだろうか?

 

私は毎日、できるだけ歩くようにしている。

歩けるときは20000歩歩く。

私の歩幅を考えると20000歩でほぼ15kmくらいになるのだが、最近はそれでもあまり疲

れない。

しかし、疲れはないが、腰痛や筋肉痛はある。

これも歳のせいかもしれない。

 

梅雨の時期のウォーキングは時間を取るのが大変である。

もっともかつてのように仕事の拘束がきつくないのでそれなりにはできるのだが、自分の

中に少々ストイックな部分もあり、決めた以上はしっかりとやりたいという気持ちもある。

腰痛などで歩行困難なら致し方ないが、何とかしてノルマを全うしたいと考えることも多

い。

 

先日の大雨はとにかくすごかった。

当日よりも翌日の様子を見るとまるで台風のように風雨が吹き荒れたのがわかる。

私は海まで川沿い続くサイクリング道路を歩くことが多いのだが、どこからか飛んできた

葉や枝ですごいことになっていた。

昼間に歩いてそんな感じなのだから、朝一はおそらくもっとすごかったに違いない。

どう考えても台風に近く、梅雨の雨ではない。

 

6月にしては気温も結構暑い。

連日30度前後の気温を記録しているが、この暑さもまさに夏で梅雨時とは思えない。

梅雨の雨は憂鬱に感じることもあるが、疲れた体を癒してくれる時もある。

しかし、今年の梅雨はそういう雨には出会えないような気配である。

とにかく病気がちなわが身と同じく、なんとも思い通りにならないが、それを克服するの

は自分の意志以外にはないと私は思う。

こういう気候を楽しむ自分でいきたいと思う。

| とよ爺 | 日記 | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
犬たちの日常

わが家には年老いたミニチュアダックスが二匹いる。

オスとメスが一匹ずつなのだが、生まれた日もほぼ一緒である。

生まれてすぐにわが家へやってきたので、兄弟のようなものである。

ゆえに老いるのも同じで、一緒に生活しているとどんどん老いていくのがわかる。

私たち夫婦とももう気心も知れていて、私が疲れていると静かにしているし、比較的元気だと

甘えてくる。

私たちの状況を無視して、自分たちのわがままを通すことは絶対しない。

ある意味、人間よりも人間らしい。

 

もともとうちには3匹いたのだが、去年の夏に1匹がこの世を去った。

この2匹の前で突然発作を起こし、死んでいった。

その異変は彼らにももちろん理解できたようで、やはりそこから彼らの日常はずいぶん変わっ

た。

まずは寝るときに2匹が重なるように寝るようになった。

3匹の時にはそれぞれがバラバラになていたのだが、2匹がくっついて寝るようになった。

動きも衰え、耳も遠くなった。

また、オスの方が時々悲しい目をして、私をずっと見るようになった。

必ずそういう時は手元に置いて、撫でてあげるのだが、何か言いたげなような感じである。

散歩に出ても、ガンガン動かなくなった。

ひとところのにおいをいつまでも嗅いでいることが時々あるようになった。

 

彼らもきっと私たち夫婦を見て、同じようなことを考えているのかもしれない。

「お父さんもお母さんもずいぶん歳をとったね」

と目で言っているような感じがする。

しかし、その1匹の死以来、私たちの結びつきは強固になったような気がする。

 

また、次の子の死が近づいてくるのだろう。

寂しいがそれも運命である。

ゆえに彼らとの時間をより大事に過ごそうと思う。

特に最近、彼らに話しかけることが多くなった最近の私である。

| とよ爺 | 日記 | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
相続

去年の8月、義母が他界した。

義母の所有する不動産が少しだがあったので、相続に関しての手続きが必要であると役所

の指導があった。

当時、私が入退院を繰り返していたということもあり、私の友人の税理士にお願いするこ

とになった。

本当に面倒くさいものである。

 

死亡から10か月以内に手続きをしなければならなず、いろいろなことが重なった私として

は本当に大変だった。

結果、おそらく納税額は0なのだが、そんなことはある意味わかりきっていた。

なぜ、そんなことをする必要があるのだろう。

税理士さんにはそれなりの手当を支払わなければならないのだが、いつも女房は私に愚痴

っている。

ただただ、しっかりと税金を使っていただきたいと思うだけである。

 

女房がよく言うのは、「お金のある人は税金を逃れているのに、なぜない人間ばかり狙わ

れるのかわからない。税理士さんだってただじゃないのに」である。

しかし、そういう人を含めてごまかす人がいるからこそそうなるのだろう。

ただ出す資料などそろえるのがかなり大変である。

例えば義母の場合、生まれてからの戸籍等を生まれた場所の役所に問い合わせて揃えなけ

ればならない。

うちの場合は新潟だったのだが、役所の場所等もかなり変わっているので、どこが所轄し

ているかも結構大変だった。

見つかり証明を出してもらう際にも、かなり時間もお金もかかる。

地元の役所で出生地などが戸籍謄本からわかるのになぜそこまでするのかがわからない。

いろいろと理由があるのだろうが、私に言わせれば必要ないと思われる。

 

とにかくやっと先が見えて終わろうとしている。

税務署はいろいろな権限を持っていて、故人の口座なども一発でわかるという。

今回の場合、私とは同居していなかった義母なので、知らない口座があるかもしれない。

こちらがごまかすつもりがなくても、正確な口座情報を出せないかもしれない。

義姉のときと2回続けて相続手続きを行ったのだが、本当に面倒くさい作業である。

もっとも私の場合、単純明快なので子供たちは手続きをする必要もないであろうが、もう

こんな経験はこりごりである。

| とよ爺 | 日記 | 09:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
清澄白河

昨日は初めて清澄白河というところに用事があり、出かけてきた。

ソーシャルエージェンツという会社の代表に招かれ、その現場を拝見させていただいた。

テレビで「テラスハウス」という番組が流され、静かなブームを呼んでいるが、その火付

け役の一つでもあるこの会社、短い間にすごい会社になっている。

それを起こし運営しているのが、この若き社長である。

 

現場の清澄白河は私の利用する京急電車が乗り入れている都営浅草線の大門という駅で乗

り換え20分弱の場所、そこから15分ほど歩いたところにある。

目の前に木場公園があり、静かで住むには最高のところである。

名称は「ワールドネイバース清澄白河」と言い、SOCIAL APARTMENTと入口に書かれて

いる。

一階にフロントがあるのだが、横にLAUNDRY×CAFEというここの代表が考えた面白い場

所もある。

 

中を案内してもらったのだが、やはりすべてが新しい。

1階にある共有スペースには立派なキッチンやビリヤード台、ビデオスクリーンなど、多く

のお客さんがあっても、十分に楽しめる。

その後、屋上に案内されたのだが、そこにテラスがあり、皆で時間を過ごせるようになって

いる。

また、同じ階にバーラウンジがあり、夜景が楽しめ、くつろげるようになっている。キッチ

ンや製氷機も完備しており、お酒や食材を持ち込めばそこで時間を過ごすことも可能である。

 

1階のフロントの横には、洒落たカフェがあり、月5000円ほどのコーヒーチケットを住人で

あれば、毎月配布される。その横には立派なランドリーがあるのだが、月2回指定の袋に洗濯

物を入れ置いておくと、それを選択してくれて、きれいに畳んで戻してくれる。

もちろん家賃相場は、他よりの20000円くらい高いのだそうだが、そういうサービスや施設

を考えれば、十分に元が取れるというわけである。

 

この会社の代表はまだ34歳だというのだが、やることや考え方はとにかく新しい。

こういう人がこれからのこの国を作っていくのだろう。

世の中にはいろいろな人間がいる。

都会に来ると心底から、人の知恵や力を感じることが多い。

つくづく私自身も老いて、いろいろなことを順番に放棄していくことを恥じなければならな

いと思う。

人間、考え方次第でどこにでも生きる場所はあると感じた一日だった。

| とよ爺 | 日記 | 10:08 | comments(2) | trackbacks(0) |
幼馴染

病気をして以来、毎日のウォーキングが私の日課のなのだが、先日、そのウォーキング

の際に自転車に乗っている幼馴染とばったりと顔を合わせた。

「オー!」と同時に声を上げ、それから立ち話が始まった。

 

その幼馴染は今は私の街の教育長、その人格と言い、能力と言い、私が思うに十分にそ

の職に見合った男である。

「大変らしいな」、いろいろな友達から彼の苦労は聞いている。

「おう、俺には向かないかもな」

「そんなことはないよ。小前は能力があるから」

「でも、教師とはやることが全然違うし…」

 

私は彼の性格をよく知っているので、そうは言いながらしっかりと職務をこなしている

ということが十分わかった。

しかし、大変なのはわかっている。

前の教育長の話も出たが、心労で体の具合を悪くされたという話だった。

 

「お前、結構やせたんじゃないか?」

「おう、やせたけど病気とかじゃないよ」

「気を付けろよ。お前だったらこ街の教育を変えられるだろう」

「何言ってんだよ。プレッシャーかけるなよ」

 

学校教育は実は非常に保守的な世界である。

変革をしていくのは、非常に難しく、半端な覚悟ではできないことだと言うことは十分

に承知している。

しかし、その友達が教育長になったと聞いたとき、わが街も捨てたものではないと思っ

た。

そういう可能性を感じさせる人間である。

 

「体は気を付けろよ!」

私の経験を踏まえ、何度もその友人に私は言った。

私の街の教育がこれからどう変わっていくか楽しみである。

幼馴染には、とにかく頑張ってもらいたいものである。

| とよ爺 | 日記 | 10:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
バナーが外れて

実はこのブログ、私の塾のHPにバナーがつけられていたのだが、やっとその重圧から、

解放された。

やはりバナーが外れるとより自由に記事が書ける。

と言っても、大した記事が書けるわけではないのだが、自分なりに書きたいことをぶつ

けていこうかと思う。

 

もともとブランクがあったため、以前と比べてアクセス数は少ない。

と言っても、月に数万はアクセスされているので、それなりの記事を書こうかと思って

いるのだが、日常も静かになり、大きなイベントがあるわけではない。

もっとも体調の関係で、静かにしていなければならず、夏以降はいろいろな動きが出て

くると思う。

 

こういうときには以前から書こうと思っていた記事を書くのが一番!

今は「塾の起源」と称して、過去のいろいろな私塾を取り上げ、自分なりに考えたこと

を書いていこうと思う。

「学習塾は伝統産業」、それが私の持論である。

そういう考えを持つにいたった経緯がこの記事で分かってもらえると思う。

何から始めるか、わが国は松下村塾、適塾など、ビッグネームはあるのだが、歴史の陰

に隠れている塾もクローズアップしていこうかと思っている。

もちろん松下村塾や適塾の記事を書こうかとも思っているが、その2塾に関しては私など

より詳しい方が星の数ほどいる。

その2塾を書くのなら、塾屋の視点で書いていこうと思う。

 

とにかくアップも記事内容も自由で行こうと思う。

今のところ、毎日アップできているが、体調を崩したり、思わぬ出来事が起こってしまっ

たら、なかなかアップはできない。

多少の記事ストックは考えているが、昔ほど100稿以上のストックを持つことなどできな

い。

あくまで何事にも縛られず、書きたいことを書くということで続けていきたい。

 

ボケ防止もあるので、続けて行ける限り続けて行こうかと思っている。

とにかくバナーが外れたので、このブログもやっと次のステージに上れたようである。

| とよ爺 | 日記 | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
日記という財産

第二の人生を迎えるにあたって、いろいろなものの整理をしている。

その都度、いろいろなものに引っかかり、なかなか次に進まないのだが、これも結構面白い。

例えば日記、何十年分の日記が出てきているが、それを読むのも面白い。

日記と言っても、ちゃんとしたものではなく、大学ノートに殴り書きしたものなのだが、ざっ

とみても、200〜300冊ある。

もちろん全部は読んでいないのだが、まだまだ記事にできることはたくさんある。

 

しかし、このブログを続けていくかは迷っている。

以前のように同業者の皆さんが応援していただけて、なおかつうちの若い仲間たちの何かの参

考になってくれればというモチベーションがあれば別だが、今はそんなブログではなくなって

いる。

同業者で読んでいただいている方は確かに存在しているが、今の職を退けば、単に業界のOB

となるだけで、読んでいただている方々に有意義なものとは限らない。

私の記事が逆に変な影響を与えても困るので、実はうちの塾のHPのバナーも外してもらった。

ということで今後のこのブログの存続は考えている。

 

実は結構、いろいろな方面から仕事の依頼をいただいている。

家族からは、「残りの人生なんだから、自分のために生きよ」というアドバイスをいただいて

いる。

やってみたいこともその中にあるのだが、冷静に考える材料として、こういう日記を読むのも

良いことだと思うようになった。

今までの人生はとにかく全力で駆け抜けてきた。

もちろん周りの景色など全くと言っていいほど目に入っていない。

こうやって日記を読んでいると初めておぼろげながら、その時の景色が見えるような気がする。

そんなこともあり、日記を読むことが私にとって至福のひと時になった。

 

景色が見えてくるといまさらながら結構可能性も見えてくるものである。

その時はそう思わなくても、今から考えると残念なことも数多くあった。

加えていつも自分自身が失敗するパターンが見えてきたりもする。

本気で第二の人生を構築していくのなら、今度こそ、そういう部分を消し去らねければならな

い。

日記はそういうことを考えさせてくれる。

無駄なことだと思い続けてきたが、今になってみると日記は明らかに私の財産である。

| とよ爺 | 日記 | 10:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
危機

先日、ある方とお話をしていたら、「森友も加計もないな。北朝鮮がミサイルを打っているのに」

と話していた。

日本人は平和ボケして、すぐそこにある危機がわからなくなっているのかもしれない。

遠いアメリカやヨーロッパよりもはるかに危機的で迅速に対処しなければならないだろう。

もっとも一般国民のレベルで何ができるかと言えば、何もできないのだが、少なくとも森友も加計

もあったもんではないと思う。

 

都会を歩いていると人が多く、いろいろなところから話し声が聞こえてくる。

特に若者たちの話し声の中には、まったくと言っていいほど危機感を感じない。

もっとも自分たちが若いころにそんな危機的な話をしていたかと言えば、何も返せないのだが、少

なくとも自分自身の中には何かの危機感はあった。

もちろん今の若者の中に入り、中を覗き見たわけではないのだが、それがあるのかわからないし、

あえて出さないようにしているのかもわからない。

北朝鮮がミサイル威嚇をするのは、どこかに危機感があるからで、危機感が根底にあるからこそ、

あまり周りの言うことは聞かないのではないかと思う。

中国やロシアが対話路線を言うのも、そういう面では納得できるが、実はそれが経済的な要因では

ないかと思わせてしまうのでことがややこしい。

所詮、何があったとしても北朝鮮はロシアや中国をミサイルの標的にはしない。

ゆえに仮想敵国として狙われているアメリカの一番の盟友ですぐ近くの日本が狙われるのは当たり

前のことなのである。

 

少なくとも、何もできなくとも、日本人は危機感を持たなければならない。

日本の政治家たちは、パニック状態を恐れてか、何でもないようにふるまっている人が多いのだが、

経済界にいるそれなりの人たちの危機感はすごい。

 

塾経営に目いっぱいだったころは、お会いする方々が限られていて、考えたこともなかったが、違

うフィールドにいる方々、特に東京にいる方々の危機感はやはりすごい。

外に出て、初めて感じることは少なくない。

こんな危機感も外に出て、身にしみて感じたものである。

| とよ爺 | 日記 | 10:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
刺激

ここのところ、毎日いろいろな方とお会いしている。

先日新宿でお会いした方は、その業界ではこの国で知らない人がいないという大物、

自分の会社のほかに多くの会社の顧問、相談役をなさっている。

次の日にお会いしたのは時代の寵児と言われている方、ソーシャルアパートメントの

生みの親として有名な方だ。

両名とも驚くのはその頭の回転の速さである。

田舎者の鈍重な私ではとてもついていけないレベルである。

 

ご本人たちはおそらくお気づきになっていないのだが、こういう方々の周りに与える

影響力はとてつもないものである。

私はもともと人間観察が職業柄得意で、すぐにそのモードに入ってしまう傾向にある

のだが、学ぶべきものが星の数ほどある。

私に言わせればこのお二人は両極にいる方なのだが、社会観察、社会認識の速度、正

確さにはただただ驚くばかりである。

 

私の次兄は職業柄、毎日のようにこのような方々と会っている。

私がこのレベルの方々とお会いできるのはその兄と亡くなった父親のおかげである。

次兄の横で私はお話を聞いていて、いくつか思ったことを質問させていただく感じな

のだが、やはり次兄も大したものである。

こういう方々と話せるにはそれなりの勉強も必要となってくる。

横で聞いている私が感心するほど、次兄はいろいろなことを知っている。

そうでなければ、なかなかお話ができない方々である。

 

その中に入ると私自身がいかに小さいのかがわかる。

加えていかに勉強不足かがわかる。

まだまだ多くを勉強し、努力していかないと、第二の人生などありえない。

この歳になるとその実感がどんどん大きくなっていくのだが、時代の流れの速さは

とてつもなく速い。

その流れについていけないと今の社会ではお払い箱である。

 

そういう方々に会うたびに実感することは、もっともっと勉強しなければならないと

いうこと。

そういう刺激を受けれるだけでも、私は幸せである。

| とよ爺 | 日記 | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
介護行政

先日、次兄を介して、介護・医療業界の方とお会いすることができた。

その方はニチイ学館の創設に関わり、その後、スギ薬局、ウエルシア薬局を軌道に乗せ、現在は

イオングループやJR東日本などの顧問、相談役などなされている方で、業界では知らない人がい

ないという方だ。

私の兄とは古い付き合いで、今回は情報交換ということでお会いした。

私は次兄の付き人のような感じだが、私の会社やベトナムの会社などなどのこれからの方向性に

対してのアドバイスをいただいた。

 

話の中で日本の介護行政に対しての意見もお聞きした。

私は日本の介護は世界に誇れるものだと思っている。

ある意味、ノウハウを蓄積していけば、世界的にも日本の大きなビジネスステージを開くと思っ

ている。

ベトナムなどでも、書店のベトナム人向けの日本語コーナーには必ず介護に特化した本が置いて

あるし、それを勉強して、日本に行くというのが彼らの大きな目標となっている。

去年、法律改正が起こり、ベトナム人が日本に入りやすくなったというのも知っていた。

私はそういうことも含め、ビジネスの可能性を打診してみた。

 

その方が言うには、介護の業界は行政の規制が激しく、なかなか発展していくのが難しいよ言う

ことだった。

例えば、ほとんど介護料の枠組みが決められていて、どんなに素晴らしい、有効なサービスをし

ても、一定の料金しか取れないというのである。なおかつ、その報酬は低いので、人件費を上げ

ることはできないという。

収入が他と比べ圧倒的安いので、人材が集まらない。

与えるサービスによって、料金を柔軟に変える部分を作ってくれと業界お願いしているようだが、

国はそれを認めない。

結果、人件費は増やせない、会社はもうからない、主だった会社はどんどんつぶれていくという

業界らしい。

「今のままでは、すべて自己責任という感じになりますね。国はそれを望んでいるようです」

そんな介護行政が今は実際に行われているようである。

 

逆に医療の方は看護師の待遇などは上がっている。

医療の陰に介護は隠れ、国が見れるのは医療のみ、私が聞いた範囲ではそれが本音のようである。

 

私自身、還暦を過ぎているが、10年後には公的サービスは受けられなくなるかもしれない。

そんなことを考えると計画的な老後を考え、準備していかなければならないと実感した。

日本人であることを恨めしく思うような気持ちだけはなりたくない。

この国の向かっている方向はどこか間違っていると再度実感することとなった。

| とよ爺 | 日記 | 10:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
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