子どもたちのことを真剣に考えましょう。

人生の岐路

昨日はわが社の取引銀行の招待で、舞の海秀平さんの講演会に出かけた。

年に二回、こういう催しがあるのだが、参加できるときは参加するようにしている。

話を聞いて、いろいろなことを考えるきっかけを作るというのも一つの目的だが、こう

いう催しにはなるべく参加し、銀行の方々と親しくなって置くことも大事である。

今回は私と私の後を引き継ぐI君と2名の参加となった。

今回でこういう催しへの参加は最後になるかもしれない。

 

舞の海さんは、よくテレビで見かけているせいか、結構、親しみをもって、話を聞かせ

ていただいた。

話を聞く以前から、いろいろなエピソードもあり、銀行の講演会でいったい何を話すの

かがそれなりに楽しみだった。

公演前、待合室で銀行の親睦会の会長さんと同席し、どういう話をするのか興味があっ

たので、「どういうことを話すんですかね?」とお尋ねしたのだが、「相撲の話でしょ」

という返事をいただいた。

 

公演は間もなく始まり、見覚えのある舞の海さんが壇上に現れた。

「本日は相撲の話なので、皆さんにとってはあまり有意義ではない話だと思います」

そのような話でその公演は始まった。

話は舞の海さんのそれまでのキャリアの話や力士の給料事情、有名なシリコンの話、相

撲解説の中での秘話、現在の人気絶頂の相撲界の話、などなど、ひとつひとつの話はど

れも面白く、加えて舞の海さんの巧妙な話に時間を忘れるほどだった。

テレビでは仕事がなくなってしまうので、なかなか言えないというようなことも笑いな

がら、お話ししていたが、その口調も結構面白かった。

 

私が一番感じたのが、多くの人生の岐路を味わってきたのだなあということ。

そのひとつひとつを「相撲が大好き」ということを基準に乗り切ってきたこと。

この業界でもそうなのだが、世の中の厳しい流れの中で残っている塾屋さんたちはとに

かくこの仕事が好きな人たちが多い。

「この仕事が好き」ということで、何に対しても判断基準のベースができるのである。

 

舞の海さんの話はどの話も人情味やウィットがあり、心を温かくしてくれた。

「相撲が大好き」、その思いが話を聞いている者の心を明るくする。

「お金がなくて、親方にはなれなかった」と話していたが、違う世界で大きな成功を収

めている。

その理由は「相撲が大好きなこと」、そんなことを感じさせてくれた公演だった。

私も塾屋が好きである。

どういう立場になっても、見つめ続けていきたいものである。

| とよ爺 | 日記 | 10:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
6月

今日から6月となる。

6月は私の誕生月でもある。

また、私の会社の決算月で、この処理をすべてするのに夏までかかる。

私が会社に籍を置き、お手伝いするのはそれまでで、それからは違う形で関わることになる。

 

この夏で心臓病の再発から、1年を迎える。

富山で倒れたのは去年の8月20日、節目の一年まではもう少しである。

やっとあれから10か月、短いようで長いというのが素直な感想である。

 

今月は決算準備をしなければならないし、4月から教えてきた経理事務も次の段階に入り、で

きるだけ助言なしに仲間たちだけで回してほしい。

いつまでも私の助言ありきでは、この先が思いやられる。

私はほとんど誰の助言も受けずに引き継がなければならなかった。

それを考えれば、さほどのこともなく、問題なくできると思う。

 

先月の30日に次兄が運営しているセミナー会社のセミナーに出席した。

「新規事業研究会」というセクションのセミナーで、講師はグローバルエージェントの山崎

剛氏、34歳という若さでソーシャルアパートメントと言う新しいアパートメントの形態を作

った人である。

その後、「テラスハウス」など、若者のシェアハウスの新しい形が時代に乗ったのだが、そ

の火付け役だと言えるだろう。

 

そのアパートメントはハイセンス、私たちのような年代の発想では出てこないもの。

2005年、学生時代から初めて、いまは220名の雇用を生み出す会社になっている。

礼儀正しい、好人物、本当に大したものである。

話を聞いていても、とにかく頭の回転が速い、これからのこの国を背負っていく一人かもし

れない。

 

うちの会社も新しい何かを模索していかなければならない。

ここ数年、私もずっと模索してきたが、とにかく実行に移していかないと時代に乗り遅れて

しまう。

誰でも思いつくノーマルなものではとても成功はしない。

山崎氏のセミナーは、そういう時流に乗ったインテリジェンスを十分に感じられるものだっ

た。

とても良い経験ができたと思う。

| とよ爺 | 日記 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
いつもと違う月末

この5月の月末はずっと横浜にいたため、いつもと違う月末だった。

先月までは必ず地元におり、銀行などを駆け回っていた。

いつも通りだと思っていた女房も、私が横浜に行くというので不思議そうだった。

交代で横浜の家に来ている私たちだが、私の月末の横浜はないと思い、行こうとしていたらしい。

私が使うと汚れると嘆いているが、私は結構、横浜に来ると動く。

地元にいる私を想像して言っているのだろうが、やるときはやるのである。

 

そうは言っても、やはり無事に回るか心配である。

もっとも教えれることはすべて教えたつもり、誰も尋ねる者がいなかった私の時とは大違いだと

思う。

この仕事は滞ることは許されない。

会社の存続や従業員の生活がかかっている。

おそらく任された仲間は、その重圧に身を痛めていると思のうのだが、初めてわかることもあり、

私はそれがその人間の大きな成長をもたらすと信じている。

私自身もいろいろな勉強ができたと思っている。

最後の方はその重圧さえも、快く感じることがあった。

 

私が退くということは大きな決断だったが、理由は私の健康上のことなのだが、こう考えている

と交代のタイミングだったのかもしれない。

変に引っ張ってしまったので、身体を痛めてしまったのかもしれない。

人生というものは結果で初めてわかることが多いのだが、今回もまさにそんな感じである。

 

なんとなくしっくりとこない月末なのだが、これからこれに慣れていかなければならない。

やり遂げた感はないわけではないので、思い残すことはないのだが、かと言って今まで生きてき

た人生を全面否定するわけではない。

これまでのキャリアがこれからの人生に大きな影響を及ぼすことは明らかである。

私にいろいろな期待を寄せている方は多い。

それだけでもとても幸せなことである。

これからは違う意味での月末を創造していきたい。

| とよ爺 | 日記 | 08:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
東京

ここのところ毎日東京ですることがある。

地元から通うと交通費だけでも馬鹿にならないので、女房の実家のある横浜に泊まり込みで

東京に通う。

新宿、銀座、渋谷と東京の中心を歩く。

東京という街は本当に少しの間で様相が違ってしまう。

これも経済が動いているということで、おそらく喜ぶべきことなのだろう。

私の地元とは、違う国のようである。

 

仕事を少しずつ仲間たちに移行していって、私にも時間が少しずつ生まれてきた。

女房はゆっくりすればよいというのだが、貧乏性のせいか、いろいろなことを入れてしまう。

今までの教訓で、こういう時間の余裕を感じられる時が自己を伸ばすチャンスで、ボケっと

一日しているのはやはり抵抗がある。

動くことによって、少しでも得ることができるものがあれば、それはプラスである。

 

ゆえにそのひとつとして、ゆっくりと東京を見る。

例えば、今日は新宿を歩いてきたのだが、昔と変わっているものを自分の記憶から探る。

これと言ってはっきりと言えることはないのだが、その過程で昔の自分がオーバーラップし

てきて、自分自身を見つめなおせたりする。

そういうことから、普通にしていては絶対に得れない何かを得られたりもする。

新宿では京王プラザホテルに行き、ビッグな方に話を聞くことができた。

誰とどういう話をしたということは書けるわけはないのだが、やりようによっては自分自身

の人生が開けるのではないかなどと考えたりもする。

 

人の人生は私に言わせれば考え方次第である。

自分自身で希望が持てる人生とはどういうことかと分析し、それに目指して動くことができ

れば、その人生は価値あるものとなる。

病気だけはいかんともできないが、後はどうにでもなる。

何も大きな変化はないが、自分の思考回路がだんだん上向きになってきた。

東京を歩いての湧き上がる感性に満足している私がいる。

| とよ爺 | 日記 | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
都会を歩く

ここのところ私は女房の実家に泊まっている。

女房の実家と言っても、去年、義母が他界してしまったので、今は私と女房が交代で

管理している。

最寄りの駅は京浜急行線の八丁畷駅、この駅はJRも乗り入れており、立川方面に行き

やすい。

八丁畷駅までは徒歩5分、JR川崎駅までも徒歩圏で18分ほどである。

 

昨日は渋谷に用事があったのだが、時間に余裕があったので、川崎駅まで歩くことに

した。

川崎駅にはアゼリアという大きな地下街がある。

昔、テレビドラマの「男女7人夏物語」の舞台になったところである。

また、反対側には大型ショッピングモールラゾーナという施設ができ、昨日は日曜日

ということもあり、多くの人で溢れていた。

 

都会を歩くといつも思うのだが、これだけ多くの一人一人に人生がある。

私自身の人生などまったく特異だとは思わないのだが、その私の人生も唯一無二のも

のである。

そういうことを考えると人の世というのは不思議なものである。

 

人は人、自分は自分と考え、人の人生にはまったく興味がないという人もいるが、私

は非常に興味がある。

興味を持つということは人生を楽しくすると私は思っているからだ。

もちろん自分の人生も周りに人がいなければ成り立たない。

他人を否定していては、人間世界に生きていくことはできない。

 

ゆえに人がたくさんいるところは正直疲れることもあるが、基本面白いと私は思って

いる。

特に都会は人が多いので地元を歩くよりもいろいろなことを考える。

これからは人生が楽しくなることを求めて生きていかなければならない。

「都会を歩く」ということもある意味、私の人生を楽しくしていることなのである。

| とよ爺 | 日記 | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
家のリフォーム

家も20年以上となるとそこら中が痛んでくる。

洗面台の水漏れのため、気づかぬうちに床も洗面台もおかしくなっていた。

女房がどうしても洗面台を交換するというので、ホームセンターへ。

「まだ頑張れば使えるのでは…」と私が言うと、一挙に不機嫌になった。

「洗面所の床の掃除を毎日誰がやっているの?」、そう言われると返す言葉もない。

「私のパートのお金で買うんだから、文句ないでしょ。ホームセンターくらい連れてってよ」

そう言われたら、連れていくしかない。

 

結局、車でホームセンターに行き、洗面台の交換をお願いすることになった。

できるだけ現在使っているものと同じ形式のものにした。

一応下見に来るというので、もちろん女房の都合でお願いした。

 

その夜、私がテレビを見ていると、「トイレも何とかしたい」と私をサイド攻撃してきた。

1階にも、2階にも、トイレはあるので、これも結構大変である。

今のトイレは20年以上使っているのだが、当時は最新式でも今は古臭い感じがする。

「床の張替えも、壁紙も交換したい」

「そんなことをしたら、えらいお金がかかるじゃないか」

私もあと数か月で年金生活者となる。お金は貴重である。

「だから、年金生活者になる前にやりたいのよ」

 

実はホームセンターで洗面台を見たとき、トイレの展示もあったので時間つぶしに見学してい

た。

洗面台はせいぜい高くても10万円ほどだが、トイレはもっとかかる。

もちろんそれは便器だけのことで、床も壁紙もとなれば、もっともっとかかる。

加えて1階と2階の二か所である。

「洗面台は私が出すんだから、トイレはそっちね」

これはひどい話である。

 

翌日、どれくらいでできるかネットサーフィンをしている私である。

この歳になると不条理な話でも口答えはしない私である。

「ここ1年で君の病気のためにどれだけ大変な思いをさせられたと思ってるのよ!」

これを言われるともう口答えはできず、ギブアップである。

本当に病気というのは災いしか持ってこないものである。

皆さんもくれぐれも気を付けていただきたい。

| とよ爺 | 日記 | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
完璧主義者

先日、NHKの「アナザーストリー」という番組がカーペンターズを特集していた。

私も彼らの曲は好きなので、その番組を楽しみに拝見した。

日本で彼らを売り出した人の話や彼らの苦労時代のエピソード、そして、日本公演

のときにカレントいっしょに「シング」をうたった当時の子供だった方々の話、そ

して、彼らの才能について、どれも興味深く拝見した。

 

その番組の中に、「カセットテープレコーダーの謎」というコーナーがあった。

私はそのエピソードを見ながら後年、リチャードは睡眠薬におぼれ、カレンが拒食

症に襲われた原因のひとつがわかるような気がした。

そのカセットレコーダーはコンサートの録音で、すべてのコンサートを収録してい

たそうである。

そして、彼らはそれを漏らさず聞いて、反省点、改良点を見つけ、修正していたと

のことだった。

バックメンバーの一人が、「彼らは完璧主義者で、他のアーチストでもあれほどの

完璧主義者はいない」と話していた。

 

私自身、若いころは特に仕事においては完璧を求めようとしたこともあった。

しかし、本来私自身は凡人なので、それに対しての思わぬ消耗を堪え切れることは

できなかった。

人はそれを妥協というのかもしれないが、やはり身が持たないと思ったりもした。

加えて完璧を求めれば求めるほど孤独感が増し、精神的にタフではない私はこのま

まで行ったら、精神異常を起こすなどと考えたこともあった。

 

完璧主義者の一番の強敵は孤独で、私はカーペンターズのドキュメンタリーを見な

がら、そんなことが頭に過らせながら、ストーリーの展開を見た。

やはりカレンの拒食症は異常でしかない。

完璧主義者ゆえの顛末だったのかもしれない。

 

しかし、私と大きく違うのはのちの人たちに大きな感動を残したこと。

その代償はあまりにも大きいものと言わざるを得ないが、今もなお人々を救い、癒

している。

ひとつの時代を築くための代償はあまりにも大きなものだが、永遠に彼らは語り継

がれるだろうと思った。

CDを引っ張り出して、もう一度じっくりと聞こうと思う。

そして、カレンの歌声になった歌詞を翻訳し、味わってみようと思う。

| とよ爺 | 日記 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
暑い日

昨日はなんとも暑い一日だった。

毎日のウォーキングが義務付けられている私は暑くならないうちにと午前中に家を

出たのだが、どんどん気温が上がり、真夏のような感じになった。

もっとも午前中は風が涼しかったので過ごせたのだが、午後は風もやんで、結構、

暑さを感じる一日となった。

 

午後は通常なら、わんこたちの散歩に出るのだが、さすがに昨日は夕方にずらし、

家で静かに暑さが過ぎるのを待っていた。

午前中のウォーキングで汗びっしょりとなり、シャワーを浴び、上から下まですべ

て着替えて、さっぱりしたので、テレビを見たり、本を読んだり、結構、気ままな

日曜日となった。

女房は土日はパート、一人静かに過ごすことになった。

 

それにしても、営業の電話がひっきりなしにかかってくる。

保険のセールスだとか、ネット関係、墓地案内などうちにいるとそういう電話に一

日中悩まされる。

私より早くリタイアした長兄は、固定電話を解約し、携帯だけにしたようだが、わ

が家も固定電話には営業の電話しかほとんどかかってこない。

そういう選択もありだなと最近持ったりしている。

 

今週は明日、久しぶりの検査がある。

その検査の結果が良ければ、だいぶできることが増える。

今回は模範的な生活をしてきたつもりだ。

自覚症状などから、快方に向かっているというのは私にもわかる。

ここで慢心するわけではないが、これが終わったら、そろそろ次の行動に移ろうか

と思っている。

 

夏を思わせる暑い日曜日、いろいろなことを考え、ゆっくりとリラックスができた。

次にやってくるであろう私の季節に対しての心の準備もできた日だった。

| とよ爺 | 日記 | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
1年がかり

去年の7月になるのだが、突然奥歯が痛み出し、近所の歯医者に行ったところひどい

虫歯になっていることが分かった。

一か月がかりで治療し、他の虫歯も調べてもらったところ、なんと20本近くが虫歯

だという。

この際、治してももらおうと治療を決心し、年内にと思っていたのだが、途中、心臓

大腸で入院し、安静が必要な時期もあって、いまだに治療は進んでいない。

もっとも最初に予定した年内というのは虫のいい話で、もともと一年がかりの治療だ

った。

そして昨日やっとのことで、下の歯があと一本というところまできた。

ということは上の歯は手付かずなので、どうやら年内まではかかる模様である。

 

長年酷使した体は、そこいら中がおかしくなっている。

よく周りの人にいつかはまとめてくるぞと言われていたのだが、今はそれを実感して

いる。

ここ10年の平均睡眠時間はおそらく5時間にも満たない。

特に経営者になってからは、心休まる日などない。

そういうことを考えると本来私は経営者には向かないのかもしれない。

もっとも何度も思ったのだが、最初から自分で経営していれば良いのだが、最悪のと

きに受け継いだというのもあるのかもしれない。

しかし当初目標としていたレベルまでは、会社は回復した。

そのときに身を引けばよかったのだが、まとめて体につけが回って、その機会を失っ

てしまった。

歯医者さんの治療と同じで、目算通りにいかなかった。

病気というのはすべてを無にしてしまう。

同じ過ちを犯さないようにしたいものである。

 

とは言え、歯医者さんのように一つ一つの課題を克服して、新しいスタートの準備を

しなければならない。

アポイントメントもどんどん決まっている。

どこまでできるかわからないが、頑張らなければならない。

そのための充電期間、オーバーホールだと私は考えている。

私の病気との戦いは私の予定ではこの夏にひと段落がつく。

それからが新たな勝負であり、ステップである。

頑張らなければならないと思っている。

| とよ爺 | 日記 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
GW明け一週間

GWが明けて、一週間になる。

例年は何ともしっくりいかなくて、あっという間に時間が過ぎるという感じだったが、

今年はある意味、心の準備をしていたようなところがあり、忙しい一週間だった。

とにかくいろいろな方とのアポイントメントが多く、昔はもっと多くのアポイントメントを

こなしていたのだが、ここ一年は病気のため、アポイントメントがめっきりと減り、久しぶ

りに多くのアポイントメントをこなした感じになった。

もちろんそこにアポイントメントではないのだが、通院があり、時間がかかり、一日がかり、

半日がかりなのでなおさら時間に追われたような感覚になった。

 

忙しく動くと、精神的なことだと思うのだが、なんとも充実的な感じがする。

アポイントメント一つ一つも非常に今後の私にとって、価値あるもののように感じる。

この3月ごろは、会社からの引退、相次ぐ子供たちの独立などで気の抜けたような感じになっ

たのだが、徐々に動かなければならないように思えるようになった。

そういう風に思うようになったら、普段聞き流してしまう話もどんどん体に入ってくる。

そうすると違う話の断片がどんどんつながってくるようになる。

結果、いろいろな思い付きや発想が出てくる。

 

そんなことを実感したことは久しぶりだ。

そうなるとじっとしていられなくなる。

しかし、今回は体を健康にしなければならないという先行順位一番のものがある。

しっかりと予定を組んで動かなければならない。

 

私には次兄がいるのだが、その次兄とも先週会って話をした。

とにかく次兄の人間関係は広く、次兄も引退が見えてきたので、その人間関係を生かして、

退く前一つ形になる仕事がしたいと言っている。

私に専門分野にも、参入できる要素が数多くあるという。

ゆえにそういうものを生かして、動く手もある。

また、地元の公的な集まりに入らないかという話もある。

要するに身体が健康になれば、まだまだやれることがたくさんある。

 

そんなことを数多く発見できたGW明け一週間、そういう意味では例年と全く違う。

何とも不思議な一週間であったが、自分にとって、有意義な一週間であった。

| とよ爺 | 日記 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
CALENDAR
SMTWTFS
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
このページの先頭へ