子どもたちのことを真剣に考えましょう。

塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜13

前の記事で経験の浅い塾屋さんの技術習得について、最初にすべきことを書いた。

何度も言うのだが、これは私見であって、いわゆる常道ではない。

私と異なるやり方で成功している者は星の数ほどいる。むしろ私の意見の反対を行く方

が成功への近道かもしれない。

ゆえにこの記事は方向性がわからない、道を失いそうな方々に対してのひとつの意見だ

と考えていただきたい。

成功への近道など存在しないのである。

 

記事の続きに戻る。

前稿では、(真似る)→(矛盾、不合理を見つけ出す)→(経験者に感じたことをぶつ

ける)→(その返答を検証する)→(新たな試行錯誤をする)、こんな道筋を書いた。

この後にやってほしいのは、自分なりのベストの方法を真似たことを基準に作り出して

ほしい。

よく新たなオリジナルティーのある方法を見つけたいなどという者がいるが、そういう

ことができたのは、30〜50年前の塾屋であり、今はたいていのことはやりつくされて

いる。

人というのは少しでも利益があると感じたことはやってみるもので、逆に新規産業はこ

ういう姿勢がなければ、生き残っていけない。今生き残っている経営者は例外なく、こ

ういうタイプと言っても、過言ではない。それほど生き残っていくことは難しいのであ

る。

 

才能がある人は、真似たノウハウをベースに自分のベストを作ることによって、才能と

いうものは大きく開花するものである。人によってはそれを「今までになかった非常に

ユニークで素晴らしい方法」と解釈する人もいる。

塾のノウハウはある程度は掘り出されつくしていて、とても小さな発見でも、大きな発

見とみられることもあるのである。

教育というフィールドには、掘りつくされた感は存在しないのであるが、塾というフィ

ールドにはある。そこがまだまだ塾業界は熟成していないという表れなのである。

 

では真似たノウハウに何を混ぜていけばよいのだろうか?

それは前に直木賞作家のS氏のことを書いたのだが、自分のフィールドにある人にない

独自性である。

そういうことができるから、中小の塾は面白く、魅力ある仕事なのである。

もちろんそこに結果を出すということは最低限の仕事のルールなのだが、うちのかつて

の従業員たちを見ても、そういうことのこだわり負けを認めない者もいる。

経営者はそういう姿勢を持つ者はいち早く切り捨てなければならない。

私はそういう決断が遅く、それがために会社が飛躍するチャンスを失った経験がある。

仲間意識が邪魔をしたわけなのだが、明らかに経済の法則を無視している。

世の経営者の方々には私と同じ轍を踏まないでほしい。

                                  (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 10:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜12

徹底的に真似てみるとそこにオリジナルを作った人でもわからないような矛盾や未完成

な部分に気づくようになる。

そういう段階に入ったならば、第一段階卒業ということである。これは人によって個人

差があるのだが、必ずだれにでも訪れる。

 

間違えてほしくないのは決してそれは真理ではないということである。オリジナルを考

えた人は、その何倍、いや何十倍も試行錯誤を繰り返しているもので、それゆえ、生活

ができているということを忘れてはならない。

ゆえに第二段階はなぜ自分が感じた矛盾、未完成が行われているか、しっかりと検証す

ることである。

これは動かずして理解できるものではない。しっかりと先輩や経験者に意見を求めるこ

とである。それを検証し、それでも改良点を見出したならば、先輩方にそれをぶつける。

それを繰り返すことで、塾屋のプロとして、熟成をしていくのである。

 

そういうことを考えれば、やはり組織にいる方が人は育ちやすい。しかし、マニュアル

ががっちりした大手学習塾ではこういう学習はできない。中小の学習塾が大手をひっく

り返すことができるのはそういう大手の弱点をしっかりと見極めたうえで動くこと。

また、個人で塾を始めた者は同業者と積極的にかかわる場を作らなければならない。

ここ数年で塾を取り巻く環境の時間の流れはかなり速くなっている。一人ではどんなに

注意をしていても取り残されることとなる。

 

今回の題名は「ここ10年で塾は大きく変わった」というものなのだが、私に言わせれば

そういうことを見極めて、競争をしている塾が本当に少なくなったと感じている。この

傾向は筆をおいた2014年以降を考えていても、どんどん強まっている。

少子化が進み、中小の塾にそんなことを考える余裕がなくなってきたと言えるのだろう

が、他業界を学習してみると、そういう現象の中に淘汰が進み、寡占状態がやってきて

いる。しかし、経済というものは面白い生き物で、必ずそこにマンネリ化が起き、新し

いビジネスモデルが台頭してくる。そこが面白いのである。

しかし、そこで大きな旗印をあげられるものは、それまで試行錯誤を繰り返してきた者

たちで、そこには王道などない。

                                   (つづく)

 

 

| とよ爺 | 学習塾 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜11

これまでの数稿は経験が浅い塾初心者がどうすればよいかを書いてきたのだが、この

稿からはそのまとめを書いていこうと思う。

抽象的なことを書いても理解してもらえないと思うので、なるべく具体的に書こうと

思う。

 

これはあくまで私見なのだが、初心者の最初は物まねでよいと思う。最初に入った塾

の真似、近くではやっている塾の真似、まったくそれで構わないと思う。

面白いことにこの業界は歴史が浅いので、こちらが同じことをやっているつもりでも、

外部の者にとっては、それが個性になっていく。

塾屋として成功したいのなら、この感触をぜひとも経験してほしい。成功している塾

屋の誰にでも、実はこの経験があるのである。これをすることによって、仕事の本質

が見えてくるのである。

 

しかし、間違えてほしくないのは、それは長くは続かないということ。そのマンネリ

化を周りよりも早く、自分自身が気づくことが次のステップである。

このブログ、立派な塾屋の皆さんもご覧いただいているようだが、もし人を使ってい

くことに壁を感じていたら、第一段階=素直な気持ちで人まね、会社のプログラムに

取り組めるか、第二段階=その仕事のマンネリ化に最初に自分自身が気づき、どうい

う風に与えられた状況の中で自己改革を行うかを見ればよい。私の知る限り、成功し

ている塾屋は間違いなく、ここを踏み外さない。この時点で使えるか、使えないかが

類別できる。経験上、〇が4割、✖が6割というところか。

また、しっかりと真似ができるかも大事である。「先生、先生」と呼ばれていると自

分自身も気づかぬうちにほとんどの人間が思いあがってしまう。特に若く経験の浅い

人間はその傾向が顕著である。私の知る塾屋や教員の中で優秀な先生たちに関して言

えば、その手の人間は皆無である。

そういうことも知っておかなければならない。

 

次の記事では次からのステップをどうすべきかを書いていこうと思う。とにかくどう

いうものでも良いから徹底的に真似てみると良い。別に悪いものを真似てもよい。財

産として、この経験は必ず役立つと私は思っている。

                                  (つづく)

 

| とよ爺 | 学習塾 | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜10

前稿で取り上げたS氏にそのコツを聞いたことがある。

子供たちが書く内容には文句はつけなかったが、その内容の達成には何をどういう風

にした方がよいか、一生懸命私見を述べたそうである。

もちろん塾については素人、彼独自の考えでである。

そして、彼は子供たちの信頼を一挙に集めることとなる。

その数年後、第101回直木賞を受賞することになるのだが、やはり一芸に秀でた者は

すごいんだなとつくづく思ったものである。

 

塾というのは新しい業種、職業なのである。

ゆえにノーマルスタンダードなど存在しない。

いまそれなりに成功している塾のほとんどは実はそこから始まっている。

しかし悲しいかな、世の塾屋には一度成功してしまうとそこを変えていこうという気

概のある者がほとんどいないのである。

 

一般の歴史ある企業はどうかと言えば、そうではない。いつも何かを模索している。

そういうことを考えれば、この塾業界は三流の中の三流なのである。

特に業界の歴史を尊重しないこの業界をまともだと考える他業界の人は少ない。

江戸時代以前から、長い歴史がある人も関わらず、それを尊重しない。

 

私は経験が浅く、若い塾屋の方々に声を大事にして言いたいことがある。歴史を勉強

し、自分が持っている知識、ポテンシャルを融合すればすぐに今のこの業界では勝ち

組になれる。

 

今回取り上げたS氏が私に行ったことを最後に書いておこうと思う。

S氏は私にこう言った。

「昔から、習い事は『読み書きそろばん』と決まっている。その中で私が得意なのは

『書き』、それをどうやって塾の授業に生かそうかと試行錯誤して、自分なりに納得

の行く方法で徹底してやっただけ。教え教わる内容など学校とほぼ変わらない。大事

なのはそれを子供たちに植え付けること。ゆえに大きな塾のように何十人を相手に授

業をして、テストや確認問題で実力を図るように中途半端なやり方はどう考えても効

果はない。私はこの道で食っていこうとは思わないし、それゆえ穴もしっかりと捲れ

たわけだ。教育、習い事の本質など変わるものではない。歴史を見れば、誰でもわか

るはずだ。とよ爺さんは塾をやっていくんだろ。絶対これを忘れちゃいかん」

                                  (つづく)

 

| とよ爺 | 学習塾 | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜9

では、経験が浅い者たちは何をすればよいのだろうか?

まずは他の業界にいて、この業界に迷い込んできてしまった人について書こうと思う。

この手の人が成功する可能性は十分にある。

何度も言うが、この業界は歴史が浅い業界なのである。

いかにでも新たなノーマルスタンダードを創造できるのである。

 

私の先輩に小説家を志望していた方がいる。

私の塾屋人生に大きな影響を与えてくれた方の親友だった。

その人はのちに直木賞に輝くのだが、下積み時代は塾屋をやっていた。

静岡県の富士宮市でやっていたのだが、やり方はユニークだった。

 

小説家を志望していただけに文章を書くことが好きだった。

教える教科は優秀な人でオールラウンダーだった。

しかし、何をするにも子供たちに文章を書かせた。

授業初めに簡単な作文を書かせ、授業後に読ませるということをこまめにやっていた。

「題は2時間後の自分」、その日の成果を子供たちに予測させ、書かせるというものだ

った。

 

実はこの技法、かの有名な伊藤塾でも形は違うが取り入れている方法でいまや伝説的

な塾の指導技術となっている。

伊藤塾は合格したときの自分を想像し、成功談を作文に書かせるという手法だが、こ

の先輩がやったのはもっとショートタームの2時間完結という方法だった。

しかし、これは非常に効果があった。その塾は規模は小さかったのだが、すぐに評判

になった。

その頃の塾屋にはそんな発想はなく、極めて斬新な方法だった。

 

要するに経験が乏しい者でも、それまでの人生をオーバーラップして、新たな方法を

見出すことはできるのである。

大事なことはそれに特化し、いかにより良いものにしていくかである。

方法論が既成の塾屋にないものであればあるほど、成功する可能性は高い。

そういう人はどんどん取り組むべきである。

 

教育というのは創造である。

時代とともに変わっていくものなのである。

それを否定することは、歴史を検証すれば愚かなことだとすぐにわかる。

誰でも新たな教育の創造主になれるのである。

                                  (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜8

前稿では学習塾が秘める可能性のひとつを書いた。

そもそもここ一連の記事は、経験が浅い者が成功するにはどうしたらよいかを書いている。

多くの塾屋は、経験の度合いにより、成功する可能性が裏付けられているように思い込んで

いるのだが、それは大きな間違いである。

 

この業界は近代的な学習塾としては非常に浅い業界である。

江戸時代の手習い師匠以来の伝統と思えば、その歴史は長いのだが、この業界にいる者でそ

こまで業界の歴史を勉強している者など皆無である。私自身。この業界が大好きで徹底的に

業界の歴史を勉強したのだが、同じように勉強している者などお会いしたこともない。お恥

ずかしいが私の部下にもそんな人間はいない。

要するにそういう人間しかいないので、学ぶべき歴史も、この仕事においての動かすことの

できない基本など存在しないのである。

長く塾をやっている者が経験を目下の者に語っているのを何度も見たことがあるが、そうい

う光景を見ているとついつい腹がよじれて吹き出したくなる。私に言わせれば目くそ、鼻く

そレベルの話である。

要するに経験の浅い者でも十分にこの業界においては逆転できるのである。

しかし、勘違いしてもらっては困ることがある。その先輩が大きな実績を持っていたとなれ

ば話は別である。私が言いたいのは経験は時間ではなく、実績だということである。20年や

っていて、大した実績を残せなかった者は、3年で少しの実績でも残している者に敵わない

のである。この業界は歴史がないので、実績がさしてなくても今までは生き残ってこれたの

である。要は実力の世界だということである。

 

しかし、塾をやるものが増え、どんどん進む少子化のこの時代においては、そんな歴史が繰

り返されるわけがない。

塾屋も、学習塾自体もどんどん淘汰されていく時代となる。また、昔のようにおいしい仕事

ではまったくなくなってしまう。

塾屋の給与は労働量に比べ、収入は低いと思うが、歴史のない業界なので、ブームが去れば

当然そうなる。迷い込んでくる人間自体も、私が言うのもおかしいが、社会通念で考えれば

かなり低い層の者である。ゆえに成功ができるのである。

経験が浅かったり、若い人たちに言っておくが、確かに待遇は悪いと思うが、動き次第では

他業界より、チャンスがある業界であることは間違いない。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜7

前稿では、大手塾の現行の運営に対する私の考えを述べた。

内容を繰り返すことになるのだが、大手塾といっても斬新な教室運営を特別しているわけではなく、

むしろ現行の学習塾の平均よりも少し上を模索して、よく言えば硬く運営している塾が多いように

私は思っている。

例外はもちろんあるのかもしれないが、私にはそういう印象ばかりを感じさせる昨今だ。

 

では、他の業界はどうだろう。

もちろんどうせ対象として比べるなら、歴史のある日本を代表する企業体である。

もちろん我が業界のように平均値より少し上を試行錯誤しながら、オペレーションしている企業も

あるのだが、日本を代表するほとんどの企業は研究室などを設け、新たな可能性を常に模索してい

る。

残念ながら、塾業界において、私はそういう運営を見出すことはできない。もちろん私の勉強不足

かもしれないのだが、画期的なことをしていると言っている業界内の仲間たちの様子を見ても、ほ

とんどが私の想像できる範囲にとどまっていて、当事者が胸を張るだけの内容を見出すことは全く

と言っていいほどできない。

要するにこれこそが私が身を置く悲しいかなこの業界のレベルなのである。

 

こんな偉そうなことを言って、私の塾がどれほどのことをやっているかと言えば、他業種の方々レ

ベルの運営にははるかに及ばない。私自身の発想もそうだが、運よく素晴らしい発想を私が得ても、

うちの会社の従業員のレベルではそれを実行していくのは難しい。話をしていて、勉強不足だとい

うことが顕著だし、それを受け入れるだけのポテンシャリティーも、日々の努力も不足しているよ

うに私には見える。

とは言え、うちの仲間たちが他塾と比べ、大きく劣るとは全く思えない。要するに業界全体のレベ

ルが何度も言うが低いのである。

 

レベルが低いということは決して悪いことではない。

要するに考え方や行動を変えていけば、私の業界内ならば、これからでも大きな成功を収めること

ができる野田はないかと思う。いやここ数年で今までには考えられないほどの大成功を実現する塾

屋が出てくるのではないかと私は思う。

そういう意味では非常にチャンスの多い業界なのである。

                                        (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 16:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
御礼

このブログのアクセスログを確認したら、昨日のアクセスが2000を超えた。

本当にありがたいことだと思う。

 

このブログの更新を再開してから、コメント等もあまりないので、じっくり

と記事を重ねていこうと思ったのだが、3日ほど前から、アクセスが少しず

つ増え、昨日はついに2000超えをした。もっとも日によって、500程度のと

きもあるのだが、去年の12月、11月と比べると明らかに伸びている。

本当にありがたいことである。

 

私は今、病気明けということもあって、軽めの仕事をしながら、日々を過ご

している。

医者から、ウォーキングの許可も出たので、最初は3000歩程度だが、どん

どん歩数を徐々に伸ばしていこうと考えている。

心臓の強い薬を飲んでいる間は、ハードワークはできないのだが、5〜6月を

境にその薬の変更も視野に入れることになった。

少しずつ日常を取り戻せるのではないかと思う。

 

このブログも以前のように一日4稿というわけにはいかないが、1稿でも続け

ていこうと思っている。

休んでいる間、結構、題材は自分の中にたまっているように感じがする。

一日4稿の時は結構煮詰まった時もあった。

いまはそういうこともなく、自然体で行けそうである。

 

HPなどで同業者の情報を日々集めているが、この業界も煮詰まっているよう

な感じがする。

以前のような伸びやかな発想があまり感じられない。

前から、危機的状況に陥っていると感じていたが、まさにそれを確信したよ

うな感じがする。

 

教育に創造性がなければ、それは終焉を迎えようとしていることだと私は思

っている。

小さな意見だが、残りの塾屋人生の中で自分の思いをこのブログにぶつけて

いこうと思う。

とにかく読んでいただいている皆さんに感謝、感謝である。

| とよ爺 | 日記 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜6

私たちが生き残るためには、昨今の状況を把握しなければならない。

このシリーズの1〜3を書いた2014年当時より、はっきりしたことがある。

それは大手塾(企業塾)の戦略・ノウハウがより鮮明にわかりやすくなったことである。

悔しいことだが、それを考えると私たちがおかれているこの塾業界がいかに歴史が浅く

盤石ではないということがわかる。

 

私の住む神奈川にも、5塾ほどモンスターと言われるような学習塾がある。ここ数年、

私はその塾の分析を徹底的に行った。

後述するがそこで得た結論を東京等、他地区に比べてもさして変わらない。いやほとん

ど差異がないということが分かった。

ゆえにまずはそれを踏まえて、方策を考えていかなければならない。

特に前に書いたような経験が浅い若い塾屋の人たちには認識してもらいたいものである。

 

大手のノウハウを分析してみると世間で行われている塾屋さんたちの平均値の少し上を

行く教室オペレーションを模索し、あとは宣伝や進学実績で組み立てているような感じ

である。画期的な教室運営をしている塾は皆無である。要するに優秀な一部の生徒を餌

に多くの生徒を集め、生徒間の競争によって、成績向上を図る。ほとんどこの方法で進

学実績を支えている。大事なのは広告宣伝の方法、スケール(ほとんどが外注)、加え

演習や宿題等で支えている。際立ったテクニックはもちろん存在しない。

消費者は内容などはわからない。わかるのは進学実績のみ、昔は成績は能力別に一定の

割合でつけられていたが、現行は絶対評価なので、成績も不明確である。とにかく上が

ったと宣伝しておけば、人々はそれに騙されてしまう。模試、塾内テストなどでは易し

い問題を用意すれば、テストの点も取れているように見える。見えない実力を高めるた

めに難しい問題に取り組ませるということはしない。要は虚構の世界がかなり広まって

いるのである。

 

では私たちはどうしているのだろうか?

生き残るためにその虚構の世界を真似ている。思うような教室運営をしてしまえば、生

活していくことができないからである。しかし、これには限界があり、まもなく終焉が

訪れるであろうことはわかっていることだと思う。私たちは兜の緒を締めなおさなけれ

ばならないのである。

 

では、どのようにすればよいのだろうか?

そこには大手塾のやり方が酷似しているという点をしっかりと認識して動かなければな

らない。それにはやはり経験と知識が必要となる。

この章では、経験の少ない人たちがどのように対峙していくかがテーマである。

それをこれから説明していこうと思う。

                                   (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 10:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜5

前の記事で経験の浅い者はどういう風にこの仕事に取り組んでいくべきか、次の

記事で書いていくと書いた。

実は私の会社でもそういう者は少なくない。しかし、私の思うような仕事人にな

っているかと言えば、恥ずかしながら必ずしもそうではない。

その一番の要因は、過信・思い上がりである。「先生、先生」と生徒から呼ばれ

れば、そういう精神状態になるのはわかるのだが、そう思ってしまう者こそ、プ

ロとしての自覚が足らないのである。そういう者は自己研鑽をしない。いつかは

自分勝手に将来性とか、待遇とかを気にし始め、自分勝手の、自分の中だけの理

由で自分を納得させ、他塾や他の業種に鞍替えしていくのである。そういう者の

その後の人生は一部の者を除いて、悲惨なものである。

甘い仕事をしていれば、甘い職業観しか生まれない。そういう人間は生涯同じ失

敗を繰り返すのである。

 

では上で書いた一部の者とはどういう人種なのだろうか?

私の経験上の中である程度、類別できる事象があるので、それを書いていこうと

思う。

これはどの業界にも共通のことなのだが、大事なことは学ぶ姿勢が持っていると

いうことである。自ずとそういう者には情報やテクニックが集まってくる。

思い上がり、謙虚な姿勢が見えない者に長年、血と汗の結晶であるテクニックや

考え方、ノウハウを授けてやろうと思う人間などいるはずもない。謙虚な人間は

そういうものを呼び込むのである。

 

また、成功する人間はそういう情報を嚙み砕き、できる範囲で実践することがで

きる。ダメな人間は、「いまの自分の状況や立場ではなかなか実践できない」と

あきらめてしまうのだが、いわゆるマニュアルだらけの企業塾と違い、中小塾に

はいくらでも実践できる場所や状況がある。よく大きい塾にいて、独立して成功

する者を見かけるのだが、例外なくそういう傾向がみられる。しっかりと考え、

動ける人間にはチャンスがあり、それはいかなる業界でも共通している。

できない理由や状況ばかりあげる者は、将来的に会社の戦力にはなり得ない。ま

た、そういう視点を持っている会社はなかなかつぶれることはないのである。

当たり前のことばかり書いているのだが、それが真理だと私は思う。

 

また、そういう人間は、私は反射速度と呼んでいるのだが、実践に移す速度がと

にかく速い。早く結論を呼び込み、結果を知り、無駄な時間を努めてなくすよう

にする。そういう姿勢がある者こそが、ひと教室を任せるに足る人間であり、そ

ういう人間は決して多くはない。

どうやってそういう人材を見つけ、教育していくかが非常に大事なのである。

                                (つづく)

 

| とよ爺 | 学習塾 | 10:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
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