子どもたちのことを真剣に考えましょう。

1年がかり

去年の7月になるのだが、突然奥歯が痛み出し、近所の歯医者に行ったところひどい

虫歯になっていることが分かった。

一か月がかりで治療し、他の虫歯も調べてもらったところ、なんと20本近くが虫歯

だという。

この際、治してももらおうと治療を決心し、年内にと思っていたのだが、途中、心臓

大腸で入院し、安静が必要な時期もあって、いまだに治療は進んでいない。

もっとも最初に予定した年内というのは虫のいい話で、もともと一年がかりの治療だ

った。

そして昨日やっとのことで、下の歯があと一本というところまできた。

ということは上の歯は手付かずなので、どうやら年内まではかかる模様である。

 

長年酷使した体は、そこいら中がおかしくなっている。

よく周りの人にいつかはまとめてくるぞと言われていたのだが、今はそれを実感して

いる。

ここ10年の平均睡眠時間はおそらく5時間にも満たない。

特に経営者になってからは、心休まる日などない。

そういうことを考えると本来私は経営者には向かないのかもしれない。

もっとも何度も思ったのだが、最初から自分で経営していれば良いのだが、最悪のと

きに受け継いだというのもあるのかもしれない。

しかし当初目標としていたレベルまでは、会社は回復した。

そのときに身を引けばよかったのだが、まとめて体につけが回って、その機会を失っ

てしまった。

歯医者さんの治療と同じで、目算通りにいかなかった。

病気というのはすべてを無にしてしまう。

同じ過ちを犯さないようにしたいものである。

 

とは言え、歯医者さんのように一つ一つの課題を克服して、新しいスタートの準備を

しなければならない。

アポイントメントもどんどん決まっている。

どこまでできるかわからないが、頑張らなければならない。

そのための充電期間、オーバーホールだと私は考えている。

私の病気との戦いは私の予定ではこの夏にひと段落がつく。

それからが新たな勝負であり、ステップである。

頑張らなければならないと思っている。

| とよ爺 | 日記 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
経営者の極意

以前の記事で、私が4月でわが塾の経営者を降りたと書いたのだが、今は業務の引継ぎを

行っている。

私も引き継いだ時にはいろいろな情報が一挙に押し寄せてきて、毎日苦しい日々を送って

いたのだが、今の仲間たちもその時と同じような精神状況なのだろう。

私の時は教えてくれる者もいない突然の交代だったのだが、今回はそういうこともない。

限られた日々なのだが、できるだけのアドバイスをしようと思う。

 

業務というのは実は覚えれば簡単なことなのだが、難しいのは精神状態を平常に保つこと

である。

経営者というのは因果な商売で常に会社のことが頭から離れない。

目先のことに思考が支配されてしまうと良いアイディアもひらめきも生まれない。

私に言わせれば、そのコントロールが一番大事である。

 

私の場合は常に必要な勉強を欠かさないということを心掛けた。

知識を持つということは気持ちに余裕が生まれるし、いざというときにアイディアが浮か

ぶという根拠のない自信を持てるようになる。

私はその根拠のない自信に何度助けられらかわからない。

経営者の極意その1はとにかく必要な勉強をすることである。

 

その2は何かといえば、思考の内容を発展的なことを中心に考えることだ。

今の時代、何をやってもお金はかかる。

しかし、お金などというものは押っ付けようと思えば、押っ付けられるもの。

「なんとかなるさ」の精神でいくのである。

それは決して潤沢にあるという意味ではなく、与えられた予算の中である程度は実現可能

なのである。

形から入って、成功した者を私は見たことがない。

大事なのは形ではなく、成功しようという意志なのである。

 

そしてその3、それはひとつのことを持ち越さないことである。

要は気分転換、思考転換、をつねとするのである。

気持ちが落ち込んできたら、気持ちが良く要することを考える。

アイディア、知恵は、その時の自分自身のコンディション、気分に左右されるのである。

暗い思考は実は何も生み出さないのである。

 

とにかく経営者はオールオアナッシング。

とてもやりがいがある仕事である。

平常心を保ち、常に冷静を心掛ければ失敗はないものだと思う。

もっとも病気だらけの私が言ったところで、説得力がないように思える。

| とよ爺 | わが塾 | 10:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜58

そもそも学習塾はサービス業であるのだが、昔の塾屋には「第二の学校」と称し、それなり

に大きな成功を収めた者もいる。

ゆえにいくら私がサービス業と言っても、笑い飛ばす者も多くいるのは確かである。

しかし、業界全体を見ると、確実にその手の塾屋は減っている。

私に言わせれば、やはりそういう塾屋さんは一昔前の塾屋さんである。

 

その手の人たちの多くは個人塾、組織としての塾をやっている人は皆無である。働く者もそ

ういう考えの経営者のもとではやはり不安になる。その手の人は塾屋としての組織を作るこ

とが難しいのである。

 

なぜかと言えば、お客さんの方が学習塾がサービス業だと思っているからで、子供を通塾さ

せるのはサービスを受けたいからで、決して子供の本質的な部分を変えてほしいと思っては

いないからだ。

もちろんそういうニーズは明らかにあり、それを否定するわけではないのだが、実際にその

手の塾は存在している。

しかし、その手の塾はいわゆる学習塾とは異なる。そして、先に述べたように大きな組織に

はなりにくい。

通常の学習塾のサービスを求める人の方がはるかに多いからである。

 

実は私の塾は昔から、「全人教育」をうたっている。しかし昨今、やはり本来の学習塾のサ

ービスがしっかりできないととてもやっていけない。学習効果を高めるために躾、道徳はあ

ってもよいが、学習効果を無視するそれは存在しない。学習指導以外の添加するサービスの

中で言葉遣い、挨拶などなど、指導するという範囲を超えてはならない。

というわけで正直に言えば、私の塾では「全人教育」をうたってはいるのだが、そういうこ

とを第一義に考える特殊な塾ではない。「全人教育」をするのなら、それなりの覚悟が必要

である。「個」を捨て、自己の理想を追いかけていかないと現代っ子の状況やそのご父母の

ニーズを考えるととてもできないことだと思う。

私はマスコミなどで言われている「親の子育て放棄」が増えているとは思わないが、昔の親

御さんと比べると世の中が複雑化し、迷っている親御さんが多いように思っている。

ゆえに「全人教育」というような途方もなく大きいものではなく、そういう親御さんの迷い

に寄り添えるようなサービスは必要ではないかと思う。

                                     (つづく)

 

| とよ爺 | 学習塾 | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
迷い

前項に続く。

私は目の前にいる相談者に今まであってきた塾屋さんたちと共通する部分を感じていた。

しかし、今まではこれまで記事に書いてきたようなことを話しても、勉強するような人は

皆無だった。

そういう雰囲気を感じさせるものをその人も持っていた。

 

いちはやく話を終えて、私はその場を出たかった。

「はい、はい」「よくわかります」と返事はするのだが、わかっていない者に供する部分

を数多く私その人に発見していた。

私はプロの塾屋である、そういう人間観察には長けている。

「最後は決めるのはあなたですよね。私がそれを決定づけることなんかできません。それ

ができるとしたらあなたと運命を共にする人だけです。そういう結論を他人にゆだねるの

は卑怯な行いです。私には頑張ってくださいとしか言えません」

 

その相談者は、相談とは名ばかりで、私からいろいろな案を引き出そうとしていた。

相談というのは自分の状況を説明し、心情を吐露してもらえなければ何のアドバイスもで

きない。

その人は自分の都合で他人の貴重な時間を無駄遣いさせているだけである。

私にとって失礼だとしか言いようがない。そればかりか、間に入り、私を紹介した人も裏

切ることになる。

こういう基本ができていない人間に成功があるとは思えない。

自己中心的な人間に成功などありえない。

 

実はそういう人間は後を絶たない。

いやむしろ増えてきたような感じがする。

教え子の中にもそういう人間がいて、困ったときには相談に来るが、頼み事だけして、後

は何の報告がない人間がいる。私はそういう人間は切ることにしている。

露骨にいうことはしないが、私の人生の残された時間は多くはない。ゆえにそういう人間

とはかかわりたくはないのである。

 

「わかりました。冷たいんですね。私はとよ爺先生から、ヒントをいただきたかったんで

す。若い同業者の味方だと聞いていましたんで。時間の無駄だったようですね」

誘われたお願いされたのは私の方なのに私は逆に無駄だったと言われてしまった。

腹も立たなかったが、逆に最後のその言葉で相手の今後が心配になってしまった。

「すべては神のみぞ知る、神はどんな小さな努力でも逃さない。小さなことでもできるこ

とからやろう!」

私もそんな時代があった。

私は心の中でその人にこの言葉を贈った。そして、別れて初めて、「頑張ってほしい」と

都会の人ごみの中、感じたりしていた。

| とよ爺 | 学習塾 | 11:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
迷い

前稿に続く。

こういう相談をしてくる塾屋さんたちには共通点がある。

例外なく誰もが個人の問題として、個人の感覚として仕事をとらえ、本質的な部分を理解して

いない。

本当に嫌なになるほど同じタイプである。

社会の状況、業界の状況、それを話す者もいるが、本質は何もわかっていない。

勉強不足が、1分も話すとわかる。

その状況の捉え方も、個人的な主観、視野で組み立てられているということが分かっていない。

勉強していれば、出てこないような話を平気でする。

そういう人間は悪いが、どの業界に行っても通用しない。

要するに社会の常識、真理さえも、理解していないように私には見える。

塾やゆえ、それまで生きてこられたのかもしれない。

歴史のある業界、人物、などなどに、尊敬の気持ちがない人間はダメなのである。

 

私はそれゆえ、この塾にも歴史があり、それを学ぶべきだとこのブログに書いてきた。

塾業界の人間は塾の歴史が新しい、歴史をつくってきたのは私たちだという人が多いが、私に

言わせれば、歴史から変遷して今の形があると言い放ったほうがはるかに業界としてもプラス

になるのである。

それが言えるようになるには、もちろんその歴史を勉強しなければならないのだが、そういう

努力を惜しまない者はほとんどこの業界には存在しない。

こういう業界には歴史ができない。

ゆえに常に新しいことをする者が残り、改革や新しい形を生み出せない者は消えていく。

しかし、今新しくてもすぐに時代は進み、そのノウハウは古くなる。

そういう歴史を積み重ねてきた歴史ある他業種の皆さんは時代に対応していくことがxできる。

しかし、この業界の人間はおそらくできないであろう。

 

アカデミーの語源になったアリストテレスのアカデミアも最初は私たち塾屋と同じようなもの

であった。

私はこの話を塾屋のセミナーで昔話したことがあった。

しかし、なぜそれが発展しなかったのか知っている者はいなかった。

機会があれば、記事にしようかと思うのだが、他業界なら、誰でもが知っているレベルの話で

ある。

私に言わせれば、こういうことこそがこの業界の限界だと思うのである。

歴史に謙虚でなければ、最後に押しつぶされてしまうのである。

歴史に感謝しなければ、いつか天に見放されるのである。

人々の塾離れ、相談を受けているような人たちの淘汰は当然起こっているものなのである。

| とよ爺 | 学習塾 | 11:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
迷い

前稿に続く。

業界の勝ち組を知るということはそのノウハウを真似するということではない。

器用なものなら、それを自分の教室運営に生かすということもできるのだが、塾のサービス

はそんなに単純なものではない。

多くの要素が複合的に効果を上げている場合もある。

いや世の中のノウハウというのは、ほとんどそういうものではないかと思う。

そうでなければ誰もが真似ができてしまうし、特別なものでなければ特許などとは無縁のも

のである。

しかし、そこから世の中のニーズや今までにない工夫を感じ取ることはできる。

私は45年あまりこの業界にいて、初めてその重要さに気づいた。そこには間違いなく真理が

あり、非常に明確なものである。

 

私はこのブログを通じて、そういうことをずっと訴えてきた。

塾屋というのは、いろいろな方とお付き合いさせていただいてきたが、私に言わせれば、ほ

とんど同じ思考のパターンを持っている。しかし、父や次兄が多くの大会社の重役の方々、

小さな会社から、国を代表する企業を作られた方々とお付き合いがあり、そういう方々のお

話を気宇に当たって、明確に塾業界にいる方々との違いを感じ取ることができた。

例えば、学習塾ブームはあったのだが、その本質をむしろ塾業界のものよりも深く感じ取っ

ている部分があった。

前にこのブログの記事に書いたのだが、三井ガーデンホテルズの社長様の話の中のブランド

について、「サービス業のブランドはお客様との約束をどれだけ守れるかです」と話してい

たのだが、私にはそんなことはサービス業に共通するもの、言うまでもないでしょ、という

心の声も聞こえるような気がした。

 

ホテル業では、その約束を100%守るということが大前提で、仕事が組み立てられる。

では私たち塾業界では同だろう?

「成績を上げます」と約束した場合、100%の成功を念頭に入れて、仕事が組み立てられて

いるのだろうか?

「サービス業はみないっしょ!」、その社長にそういう理念が植え付けられているから、ど

の業界に対しても理解が成り立ち、アイディアをもらうことがあるのではないかと思う。

その社長さんは業界では有名な方なのだそうだが、やはり並ではないと感じる部分が多い。

 

前回の相談も、今回の相談も、私は塾業界に対しての中途半端な認識から、いまの事態を招

いていると感じることも多かった。

塾も明らかに次のステップに来ているのだ。

塾業界に対して、世の中の洗礼が訪れている。

真のサービス業になれるか、なれないのかの岐路に立っているのではないかと思う。

ある意味、今までが楽をしてもやってこれたということをしっかりと認識しなければ勝ち残

れないと私は思う。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
GW明け一週間

GWが明けて、一週間になる。

例年は何ともしっくりいかなくて、あっという間に時間が過ぎるという感じだったが、

今年はある意味、心の準備をしていたようなところがあり、忙しい一週間だった。

とにかくいろいろな方とのアポイントメントが多く、昔はもっと多くのアポイントメントを

こなしていたのだが、ここ一年は病気のため、アポイントメントがめっきりと減り、久しぶ

りに多くのアポイントメントをこなした感じになった。

もちろんそこにアポイントメントではないのだが、通院があり、時間がかかり、一日がかり、

半日がかりなのでなおさら時間に追われたような感覚になった。

 

忙しく動くと、精神的なことだと思うのだが、なんとも充実的な感じがする。

アポイントメント一つ一つも非常に今後の私にとって、価値あるもののように感じる。

この3月ごろは、会社からの引退、相次ぐ子供たちの独立などで気の抜けたような感じになっ

たのだが、徐々に動かなければならないように思えるようになった。

そういう風に思うようになったら、普段聞き流してしまう話もどんどん体に入ってくる。

そうすると違う話の断片がどんどんつながってくるようになる。

結果、いろいろな思い付きや発想が出てくる。

 

そんなことを実感したことは久しぶりだ。

そうなるとじっとしていられなくなる。

しかし、今回は体を健康にしなければならないという先行順位一番のものがある。

しっかりと予定を組んで動かなければならない。

 

私には次兄がいるのだが、その次兄とも先週会って話をした。

とにかく次兄の人間関係は広く、次兄も引退が見えてきたので、その人間関係を生かして、

退く前一つ形になる仕事がしたいと言っている。

私に専門分野にも、参入できる要素が数多くあるという。

ゆえにそういうものを生かして、動く手もある。

また、地元の公的な集まりに入らないかという話もある。

要するに身体が健康になれば、まだまだやれることがたくさんある。

 

そんなことを数多く発見できたGW明け一週間、そういう意味では例年と全く違う。

何とも不思議な一週間であったが、自分にとって、有意義な一週間であった。

| とよ爺 | 日記 | 12:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
迷い

昨晩、同業者の話を横浜で聞いた。

前に記事にした「身上相談」とほぼ同じ内容である。

ブログというのは恐ろしいもので、休筆していたころにはこういうことはなかったのだが、

再開したとたん、もう3件目となる。

私なんぞに相談しても何もならないと思うのだが、私が聞いてあげることで苦しい心情が

少しでも緩和できるのかもしれない。

いつも何もできないということを確認して、こういう場に臨む。

私自身、この仕事を続けていくことが難しくなっているのに、偉そうなことは本当に言え

ない。

 

前の相談と違って、続けていくか、廃業するか迷っているという。

ギリギリやっていけるのだそうだが、生活にはあまり余裕はないそうだ。

と言って、転職しても、他塾のお世話になっても、それが大きく改善されるとは思えない。

それどころか、年齢的に再就職が可能かもわからないという。

「仕事に対して、あなたは情熱を持てるのですか?」

「はい。もちろん情熱は感じます。しかし、先日ブログで紹介されていた方のように、煮

詰まっているとは感じませんし、有効な手段があれば、試してみたいとも思います」

「いままであなたなりによいと感じたことはやってきたのですか?」

「もちろんです。しかし、どれも有効ではありませんでした」

 

個人塾に限らず、今は大手学習塾といえども、いろいろ努力をしていると思うのだが、有

効な手段にはならず消えて行ってしまうことはほとんどである。いま塾というのは、数年

前と比べ、まったく周囲の状況が異なっている。

と言っても、決して勝ち組が出ていないわけではない。まさに今は淘汰の時代に入ってい

る。

有効なアイディアや体力があるものが生き残り、そうでないものはこの世界から去ってい

く時世である。

もちろん運もあるが、やはりそこには冷静な分析や仕事に対しての知識、情熱も必要であ

る。

 

「あなたはいわゆるこの業界で勝ち組になっている人たちのことをどれだけ知っています

か? 研究したことはありますか?」

「知っていますが、研究までしたかと言えばノーです。自分がやろうと思っても、できる

わけがありませんし」

 

実は前の時も同じ質問をしたのだが、同様の答えだった。

こうなってしまった一因は、こういうところにもあるのではないかと私は思った。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
次世代交代

今年の4月11日を持って、私の塾は人事入れ替えをした。

登記上の手続きが連休明けとなり、その後の引継ぎ業務もあったので、こういうブログに

書かせていただくのは本日になってしまったが、このブログはいろいろな方に読んでいた

だいているので、報告はしなければならないと思っていた。

その理由はこのブログを読んでいただいているのなら、わかることなのだが、やはり健康

的な理由である。

しかし、悲観的なものではないので、今年は徹底的に体を治そうと決心している。

道半ばもいいところで残念ではあるが、今回の人事入れ替えはそれを上回る期待感を持つ

ことができる。

そういう意味では納得である。

 

しかし、引き継ぎ業務はかなり大変で、夏までは会社に残り、やることも多い。じっくり

自分の体に向き合えるのは秋以降となるが、そこからが新たな人生の始まり思っている。

 

引き継いでもらうのは、長年、一緒にやってきた2名の部下、彼らの会社改革の構想を聞い

ていても、ほとんどが私の考えていたこと。安心して任せられると感じている。

 

銀行の知り合いなどの言わせると私が黙って隠居するとはみな思わないらしく、「次は何

をやるのですか?」などと聞く人が数多くいるのだが、まず最初にやるこ体を治すこと。

「あなたに病気を治す意志と時間があれば、治りますよ」とお医者さんは言ってくれる。

そういわれたら、還暦を過ぎた身としては、頑張ってみるしかない。ゆえに第二の人生を

信じて、頑張ろうと思う。

 

実はいま横浜の女房の実家に来ている。

昨晩は塾引退後の話をしたいということで、3名の方々が私のもとに集まってくれた。

身体さ戻れば、いろいろなやることはありそうである。

なおさら、身体をしっかりと治さなければならないと決意した夜でもあった。

とにかく頑張ろうと思う。

周りから、「とよ爺さんのブログは頑張るが多すぎる」と言われたことがある。

ゆえにゆえに今回は体を治すことに無理のない頑張りをしようと思う。

| とよ爺 | わが塾 | 10:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
気の緩み

昨日の記事で腰痛のことを書いたのだが、情けないことに同時に季節外れの風邪も

ひいてしまった。

現在、会社の業務を少しずつ移行しているのだが、その分、自分の仕事も責任も減

っている。

そういう気の緩みからのトラブルだとは思うのだが、なんとも情けないものだ。

本日、お付き合いしている銀行の方とも会ったのだが、ついつい病気の話も出てし

まう。

加えて本当に情けない。

 

今日はこれから銀行に出向き、その後、横浜に向かい、夜は新宿で今後の仕事のこ

となどを話し合う予定となっている。

お陰様で一時より、だいぶ快方に向かっている。少しでも体調を少しでも戻してお

きたいものである。

 

昨日は結構肌寒い日だった。

しかし、今日はこれから30度近く気温が上がるらしい。

歳をとるとそういう気候の変化になかなかついていけない。。
気を付けなければならないと思う。

明日は横浜で同業者の相談を受ける予定もある。

数日前にも記事をアップしたのだが、どうやらその記事と同じような内容らしい。

昔ながらの塾屋の廃業は今年になってどんどん加速しているような気がしている。

そういうことを見ると、私たちの業界も変換期に来ているのかもしれない。

 

今の学校教育のありさまを見ているとやはり昔のやり方では通用しないと思う。

昔の塾屋はそういう学校、公教育の変化を見ないふりをして、自分自身のやり方を

通す者が多いが、そんなことが通用するはずがない。

時代の流れを一人の塾屋が止められるわけもなく、今新しいと感じる者も明日には

古いと感じられることは今の世の中の常である。

私の街も昔多くの商店街で栄えていたが、連休中のその商店街のシャッターはほと

んど閉められていた。

私たちが思っている以上に世の中の流れは速いのである。

 

私もこの一年で体調を万全にし、次に何ができるのか、時代は何を求めているのか

試行錯誤していかなければならない。

いまのような気の緩みにもう終止符を打たなければならない。

今日から、エンジンをかけていかなければない。

全開は夏以降にしかできないのだが、そろそろその準備をしていこうと思う。

| とよ爺 | 日記 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
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