子どもたちのことを真剣に考えましょう。

桜物語

s-IMG_0188.JPG翌日は今後のことを考えて、友人から紹介していただいた方を訪れた。

福井のお隣にある鯖江という場所にその方は住んでいる。

 

一時は大手建設会社に就職し、地元を離れ、東京、仙台、呉、浦和など、点々していたのだが、退職を機に地元に戻って来られた方だ。

さすがに地元出身というだけあって、顔は広い。

この日一日で多方面のいろいろな方を紹介していただいた。

 

福井の教室は3年前にオープンしたのだが、非常に業績は好調で今は3教室になった。

今はチャンスなので、どんどん教室を広げていく予定である。
s-IMG_0192.JPG第一号店の本校は福井市の中でもこの鯖江に近く、将来的にここに教室を出店しないとは限らない。

つくづく思うのだが、神奈川の私たちが福井でやっていくのにはこういう人間関係が非常に大切である。

ゆえに一生懸命、ものを教授していただくつもりでお会いした。

 

上の写真はその方の自宅近くの桜並木、菜の花も美しい。

話しているうちにJALの機内誌に取り上げられた桜が近くにあるという話になった。

その桜は地元では有名らしい。

桜の季節ということで、見に行くことにした。
s-IMG_0198.JPGその桜は鯖江市のお隣の越前市にあった。

小学校の校庭のど真ん中にその桜はあった。

天気はあまり良くなかったのだが、JALに紹介されたせいか、多くの人がその桜を見物に来ていた。

中には遠方から来ている人もいた。

 

その桜は非常に印象的であった。

この桜の周りを駆け回っている児童たちが目に浮かんだ。

満開の桜は美しいと思うよりもその目に浮かんだ光景に感動を覚えた。

自分の幼少時代を思わず思い出してしまった。

 

日本人にとって、桜というのは非常に象徴的なものである。

この桜を見た誰もが、何かをプレイバックするに違いない。

私にとって、忘れられない光景になった。
 

| とよ爺 | 日記 | 11:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
桜物語

s-IMG_0162.JPG福井出張の際、合間を縫って、ホテルからそれほど遠くない足羽川の桜を見に行くことにした。

医者の指示もあり、毎日のウォーキングは欠かせない。

ちょうどこの日はお昼にアポイントメントがあったのだが、午前中は比較的に時間があった。そういうこともあり、桜見物としゃれこむことにした。

足羽川はホテルから、徒歩で10分足らずの場所、実は過去に出張に来た時も何度も満開の桜の横を車で通過している。

いつかゆっくりと見たいものだと思ってはいたが、やはりそんな時間も取れない。

そんなこともあって、こうやって桜を見るのは初めてだった。

この足羽川の桜は北陸の三大花見名所のひとつ、加えて一年に桜が咲いているのは何日もない。

見ないてはないと思い、足が向いた。

 

s-IMG_0171.JPG午前中とあって、花見の人は数えるほどしかいなかった。

駅の近くにしては、空気もすみ、なんとも気持ちよかった。

お昼に地元の人に会ったのだが、2〜3日前はほとんど咲いていなかったようである。

ほんの短い間に写真を見ればわかるように満開になった。

 

この桜並木、結構な距離がある。

往復にかかった時間は40分ほど、いろいろなことが頭をめぐる。

特に今年は2人の子供が独立したので、感慨深い。

また病気のため、仕事の多くを仲間たちにお願いすることになった。

わが子に対しての責任、従業員たちに対しての責任の両方が一気に軽くなって、今は抜け殻のような感じさえある。

 

とにかく早く病気を治して、精力的に動きたいと思う。

私を待ってくれている人もいる。

そんなことを感じ、本当に私は幸せだと思う。

 

s-IMG_0184.JPG昼間のスケジュールを終え、夜は知人と食事をする。

夕食時も楽しく過ごせた。

外へ出たら、食事中、雨が降ったようである。

まっすぐ帰るのも何なので、歩いて夜桜を見に行くことにした。

 

夜の足羽川は昼間のそれとはやはり違っていた。

朝よりは、人は出ていたが、それほどではなかった。

「桜はいつみても美しい」

そんなことを感じさせる美しさだった。

幻想的で全く違う表情を私に見せてくれた。

 

「あと何回、桜がみられるかな」

友人がよく言う言葉である。

そんなことを私も感じ、川辺に映り、溶けていく夜桜を楽しみ、目いっぱいの幸せを感じた夜だった。
 

 


 

| とよ爺 | 日記 | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
出張帰り

今回の福井出張は非常に価値あるものになった。

今後のわが塾の方向性がおぼろげながら見えたような気がした。

 

仲間たちの何人かは、今までのやり方を守るという思いがあるのだが、周囲の環境があまり

にもここ10年で変わってしまったので、それでは生き残れない。

福井でも開校するときにお世話になった同業者の方と話す機会に恵まれたのだが、しっかり

と新たな方向性を模索していた。

あくまで個人的な運営を目指し、ダメになれば解散というのならそれでよいのだが、会社と

やってやっている以上、需要がどんどん頭打ちになり、供給が増える一方では時間の問題で

息絶えてしまう。

東京で塾をやっている知人がいるのだが、「新しい方向性を模索しない経営者は無責任すぎ

る」と話していた。

私たちを含めた首都圏の学習塾は間違いなく新たな局面に入っている。

 

私が身体を壊しながら、開拓してきた仕事が大きな可能性を秘めながら、実現に向かって、

私たちの周りから実は盛り上がっている。

はっきりしたことはかけないが、他塾にはできない試みである。

私の交友関係、父親の遺産、などなど融合させようと思っている。

 

私の父は早稲田大学を卒業した。成績優秀で小野梓賞も受賞している。

その後、東京海上に入社、私の母と職場結婚をする。

仲人は当時の早稲田大学の総長、私とはレベルが違う。

その後、アメリカで常識になっていたオペレーションリサーチを日本に持ち込み、普及させ

た。

そのセミナーには多くの経営者が参加、ビッグネームも数えられないほどいる。

それを私の次兄が継ぎ、今に至っているのだが、御年68歳となり、そろそろ引退を考えなけ

ればならないようになった。

会員制のそのセミナー会社には多くの一部上場企業が名を連ねている。

 

私これまでの仕事で培ってきた人間関係、私の親友の人間関係、そして、父親と次兄の人間

関係、すべてを生かし、業務の組み立てを考えていこうと思う。

これから残りの人生、それなりの目標をもって、生きていけそうである。

とにかくそれに必要な健康を取り戻そうと思う。

私のここからの一年は、大きな目標をもって、生きていこうと思う。

| とよ爺 | わが塾 | 11:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜52

ご父母との会話にも、生徒との会話と同じポイントがある。

会話自体、そのご父母の子供さんに関して話すのが、中心となるので、よくその子供と会話を

して、ご父母も納得できる内容を取り上げなければならない。

ご父母のみなさんはよっぽど私たちより多くの社会経験をしているため、私たちとの会話の内

容を聞けば、その講師がどれほどのものなのか理解できるはずである。

 

私はお子さんのことについてご父母と話すときには最初から知識の上で敵わないという前提で

お話しすることにしている。

対象に生徒も、私たちと関われるのは週に数時間である。親御さんは毎日一緒に暮らしている

のである。

大前提で行動や言葉から、私たちが気づいたことはすべて気づいていると思わなければならな

い。

ところがダメな者はそれすらわからない。

私にも2人の子供がいるが、どれほど親はわが子のことに胸を痛めるかわからない。そんな歴

史を持たない塾講師が、偉そうに持論を述べる精神状態が私にはわからない。

親御さんを感服させるのは多くの会話から生まれた事実とそれに対する講師の考え方で、それ

がわからない人間には子供たちをリードする才能などない。

 

付き合いが浅い生徒の親御さんと話すときは、私はよく質問攻めにした。

あらかじめ聞きたいことをリストアップしておき、よくご父母の皆さんにぶつけたものである。

そして、面接後にその回答を書き込み、次にお会いした時に自分なりの考えをぶつけてみる。

もちろん全部をぶつけるのではなく、改善した方が良い点や親御さんと話して初めてわかった

生徒の個性・特徴などをぶつける。そのレベルの話をすると少しだが、より深い会話が成立し

たような感じがする。

あとはそれを繰り返すだけ。

現役時代、私はそういうノートを常に持っていた。今あるノートは300冊を超えるが、こうい

うことはプロなら当たり前だと思っていた。しかし、今はどれほどのものが行き当たりばった

りなのだろう。本当に情けなくなる。

 

ご父母と話す場合、まずは生徒本人と何度も会話を繰り返す。そして、初対面はその会話の中

から、思い浮かんだ質問をご父母にぶつける。そして、それを繰り返しながら、自分の意見を

少しずつ述べていく。

それくらいのことはして当たり前だと私は思う。

| とよ爺 | 学習塾 | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜51

前稿に引き続き、わが塾の講師について書こうと思う。

内容は生徒との会話をもっとすべきであるとここのところ書いているのだが、わが塾の講師たち

が十分にできているかと言えば、「ノー」である。

その典型的なタイプがいわゆる自己中タイプというのを前稿で書いた。

この記事では具体的にそれがどういうものなのかを書いていこう。

 

「自分は子供たちに何らかの影響を与えたい」、そう思っている人は意外に多い。

私は多くの学校の教職員の皆さまとも多くお付き合いをいただいているのだが、特に若い先生は

このようなことを考えている人が多い。

直接、その旨をぶつけ、質問することもあるのだが、その時は、「私みたいな若造はそんなこと

は考えません」などという答えを返してくるのだが、行動や考え方を見てみると考えていないと

はとても思えなかったりする。

中には、「それは、この仕事のいちばんの醍醐味だと思う」などという大胆な答えを返す者もい

るが、子を持つ親の気持ちになってみれば、それは恐ろしい話である。

塾の先生にしようと塾に預けているわけではないのだから、変な思想や価値観を塾に植え付けら

れてしまっては大きな迷惑である。

親の立場になって考えれば誰でもわかることである。

そういうことをできの悪い者はいつまでたってもわからない。

前にも書いたがそこに会社管理というフレームがかかっていれば、少しは安心である。個人の偏

った思想ほど怖いものはない。

親は子供の弁を信じるしかなく、今の親御さんに関して言えば、それを丸呑みしてしまう方が多

い。そういうことを考えると本当に危険である。

前にも書いたが、勤務状態が悪く解雇した者がおり、子供たちに踊らされていると感じることも

あったのだが、その親御さんもわが子が毎日のように学校を遅刻していたり、教師の忠告を聞か

なければ不安になるはずで、そういうことを考えると私たちの責任は重いのである。

 

前に戻るが、生徒との会話を十分にこなし、生徒の成長のために良かれと思って会話をするとい

うのが、一連の会話重視の本筋である。双方の気持ちを通じさせ、相手側に自分の身を置いて、

忠告することが大事なのである。

ゆえに私が最初に書いた自己中というのは、自分側の面目や都合で話すこと。こういう会話はい

くら時間をこなしても無駄である。

お恥ずかしいが、わが塾の講師の中にそのレベルの者が複数いる。

非常に大事なことなので、教育していかなければならない。

| とよ爺 | 学習塾 | 11:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
春が好きになりたい

私はこれまで春があまり好きではなかった。

もちろん桜や菜の花は本当に大好きなのだが、塾屋という仕事柄、春を楽しめる気持ちには

あまりならなかった。

生徒募集がうまくいくか、新しいシフトがうまく回るか、人員の入れ替わりはないだろか?

予定していたアルバイトの曜日が学校のカリキュラムの関係で変わらないだろうか?

多くの緊張や屶網に襲われる。

やっと落ち着くのは連休明け、すぐに梅雨のシーズンとなる。

 

歳を重ねて、季節模様をいろいろと感じられるようになると本当に魅力的な季節だなあと思

えるようになった。

しみじみと春を感じることができたのなら、どんなに幸せかわからない。

人生も終わりにどんどん近づいてきた。

毎日、毎日、そんな実感を感じる日々を過ごしている。

 

心の底から春を楽しみたいと思う。

心の底から、春を待ち遠しいと思いたいと思う。

心の底から、春を好きになりたいと思う。

そんなことを感じる今日この頃である。

 

今年は子供たちの巣立ちがあったので、快い春ではあった。

しかし、仕事においての緊張感はその分、増幅したように思う。

これもどんどん世代交代を行って、緊張感も段階的に減っていくのだろう。

 

そうなると年々きっと春が好きになれることだろう。

人生が終わりに近づいている分、もっともっと季節の始まりの春を感じたいと思っている。

 

人の一生というのは不思議なものである。

私にもかつて春が好きだった時代もある。

そのときも人生をいろいろ重ねながら、好きになっていったと思う。

そんなときに今の気持ちは近いのかもしれない。

人の一生は輪廻だという。

そんなことも感じる今日この頃である。

| とよ爺 | 日記 | 10:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜50

前稿に続く。

数稿書いている生徒との会話についてだが、私の経営する塾がそれをできているかと言えば

悲しいかな否である。

特に今の若い世代はその重要性に気づけていない。

「先生というのは生徒を導くものだ」という考えを否定するわけではないが、その前段とし

て、生徒個々を理解しなければならないのだが、それができていない。

要するに大人として子供たちに自分の中のいろいろなものを押し付けたいのである。

そういう講師が信頼されないのは明らかで、長い時間、この仕事をしていても気づけない者

が結構多い。

このブログは自分の塾を宣伝するものではなく、自分の塾を含む多くの業界人に読まれてい

るので、あえてこれからの成長を期待して、自塾の者には辛口になろうと思う。

うちの塾の講師もこれを軽視しているものが多い。

 

また、生徒との会話ができていると勘違いしている者の中には、いわゆる自己中の者も多い。

自分で塾を経営して、それなりに世間に向かって勝負を挑んでいる人間ならまだしも、使わ

れる身であたかも自分の塾のように振舞う者もいる。

やはりそれもいくら会話ができたとしても、良くないことである。

そういう人間は最後には組織にはいられなくなるので、残った生徒たちを傷つけることにな

る。

私の塾にも、勤務状態が良くないので解雇を申し渡したところ、会社のやり方が気に入らな

いと退塾したり、クレームをぶつけられた場合もあるのだが、会社でやっている限り、社内

のルールがあり、それに従うのは当然のことである。

本来は自塾の素晴らしさを日常伝えるべきで、そういうクレーム等が出てくるというのは自

己中心的な教室運営をしているといってよい。結果、周りに大きな迷惑をかけるので、注意

しなければならない。

そういう人間と生徒間で会話が成り立っていても、最終的には生徒を傷つけることになる。

 

ゆえに生徒との会話はある程度の管理下のもとで行わなければならない。中には変な思想を

持つ者がいないとは限らない。

相手が子供なので、それは絶対に注意しなければならない。子供たちを預かる側の欠かすこ

とのできない常識範囲の責任である。

この読者の中にご父母もいるかもしれないので書いておくが、そういう講師は質が低い。社

会の常識のない者に教わるというのはその時は良くても、将来、わが子にマイナスを与える

こともある。注意してもらいたいものである。

 

私の塾の講師たちに戻る。

私自身、その重要性は話しているのだが、なかなか徹底できない。

いまの塾に欠けてきていることはまさに手間のかかること。

生徒との会話は最も重視すべきことなのである。

| とよ爺 | 学習塾 | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
福井出張

本日から、福井に出張する。

と言っても、身体のこともあり、まともな仕事ができるわけでもない。

半分、療養のようなものである。

 

福井の教室は非常に順調に発展して、3年ほどで3教室になった。

できれば今年もう一店舗増やして、4教室にできればと思っている。

と言っても、これは福井を担当している現場の声である。

私は今は病気のため、重要事項の決定から身を引いている。

 

福井は足羽川の桜でも有名で、全国で何本の指に数えられる花見の名所である。

タイミングが良ければ、それを愛でることもできそうである。

 

私の仲間の一人がいきなり福井に行くと言い出したのを私は昨日のように覚えている。

その理由が嫁さんと自分の親の介護、その仲間は三男坊である。

実は私も三男坊、私も一時期、母親の面倒を見ていたjことがある。

とにかく私は胸を打たれた。

目の前にいるその仲間の力になりたいと思った。

福井では、わが社は神奈川になるので、社内の反対もあるだろう。

私は自分の個人的なお金でも教室を出店してやろうと決心した。

 

その仲間だったら、絶対に成功すると私は思っていた。

本人にも、「君なら、大丈夫!」と励ました。

しかし、私たちの思うようには社会は動いてくれなかった。

何度も、何度も、チラシを出しても、電話一本かかってこない日々が続いた。

「あと数か月、これは続けば撤退しよう!」、そんなことを話したこともあった。

 

自分は卑怯な人間だと何度も思った。

「お前を信じる」と言った私が、数か月後に同じ人間に撤退の話をする。

何度も何度も逃げ出したいと思った。

しかし、その仲間は私をその後救ってくれた。

今はうちの塾の中では一番の成長株になっている。

 

その福井に私は出かけていく。

神様に感謝、仲間たちに感謝、すべてに感謝である。

| とよ爺 | わが塾 | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
最後の会議

昨日、わが塾の中心になっている仲間たちと会議をした。

自分の体のことがあるので、常に何をやるときにでも最後になってもよいという覚悟をもって、

毎日を過ごしている。

これは、先日、大学を卒業し、赴任先に行く前に実家に戻っていた息子に対しても、同じ気持

ちだ。

去年から患っている今回の一連の病気や闘病生活を経験し、こういう部分が一番変わったので

はないかと思う。

不思議なことなのだが、家族や女房に対しても客観的に見ることができるようになり、わが会

社に関しても同じことが言える。

 

客観的に会社を見ることができるようになると家族観、職業観、人生観までも変わるような気

がする。

本当に不思議な気分である。

 

昨日の会議でも、私はとにかく一生懸命話した。

自分が感じていることを隠すことなく、自分なりに魂を込めて話した。

聞いている側にその変化を感じた者はいないかもしれないが、たとえ聞いてもらえなくても、

とにかく一生懸命、気持ちを込めて話すことができた。

皆に話をしながら、私は若いころ、子供たちに向かって、授業をしていたことを思い出した。

教え子に恵まれて、私がかかわった子供たちは本当によく勉強してくれた。その子供たちの一

生懸命さや直向きさが私の中にある飾る心を裸にさせて、魂を丸出しにして、教えることがで

きた。

 

そんな昔を昨日私は思い出した。

みんなと話を終え、車に乗り、家に向かったのだが、達成感でいっぱいだった。

やはり私は仲間たちが好きなのである。

 

こんな体では私は会社の力にはなりえない。

悔しい思いでいっぱいだったが、昨日の会議の時間が私にエネルギーを与えてくれたような気

がする。

 

塾屋の性は一生続くと昨日は実感できた。

なんだかいつこの世からなくなってもよいというすがすがしさを感じた日だった。

| とよ爺 | わが塾 | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜49

前稿に続く。

前稿では、会話が苦手な講師をどういう風に育てていくかを書いた。

言い古された方法ゆえ、読むに足らないと思った方も多いと思う。

しかし、こういうことを日常的に行っている学習塾は存在しないのではないかと私は

思っている。

簡単なようで難しいのである。

 

かつてある塾屋さんから、いろいろな相談を受けたことがある。

塾屋としては地味な方で、記事に出てくる会話が苦手な講師に共通する部分を数多く

持っていた。

そういう人格なのに塾屋になろうというのだから、相当子供が好きなのだろう。

私はそういうことから、むしろ逆にこの人の可能性を感じた。

 

アドバイス内容は前の記事などで書いたこと。

その人は非常にまじめに悩んでいたのですぐにそれを実行した。

その時点のその人の塾の生徒人数は7人、私と話したときは廃業を考えていた。

加えて相談する人たちほとんどに、「君には向かない仕事」というアドバイスを受け

ていた。

「toyojie先生は私に向いていないと言わないんですか?」、彼は私に何度もぶつけて

きたものだ。

「いや、やり方によったら、いい塾屋になるんじゃないかと思うよ」、そう私が言う

とギラギラと目を輝かせた。

私はそれを見て、よっぽど見どころがあると思った。

 

彼は私の言うことを忠実に実行した。

使うことになったアルバイトにも、どういう性格であれ、彼はそれをすべての人間に

課した。

驚くなかれ今は生徒数400名生徒数6教室の経営者である。

ひとつでも良い、徹底的にできることをやれば、それなりの塾になるのである。

                                  (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
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