子どもたちのことを真剣に考えましょう。

<< 恒例、紅葉巡り−5 | main | 成果を上げる人、上げない人 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
教育の役割
戸田忠雄さんの著書「教えるな!」(NHK出版新書)に3つの教育の役割が上げてある。
その3つが今の教育現場でしっかりと養われているかと言えば、それは甚だ疑問である。
私たちは原点に立ち戻り、今まさに教育を考える必要があるのではないかと思う。

戸田さんの言う教育の役割とは次の3つである。
|亮韻箋伺修療礎と思考力の啓発
∪鎖静自立の手助け
社会に出て働くための準備
私たちの業界は特に,貌嘆修靴董∋劼匹發燭舛棒椶靴討い襪里任△襦

では学校かと言えば、むしろ↓の方が大事ではないかと思う。
特に親が教えても難しいの社会のひとつとして、学校があるのではないかと思う。
ゆえに学校でしかできないことが実はたくさんあるのではないかと思う。

よく私たちの業界に△鯔召狄佑いるのだが、私はそれは間違っていると思う。
学習面においての自立は塾で植え付けることができるのかも知れないが、
その他の自立は家庭や学校で教えていくべきものである。
そういう意味で今の学校は,魑い砲靴垢ているように私には感じるのだが、
皆さんはどうお考えになっているのだろうか?

私が通学していた頃には、明らかに↓の教育が学校にはあった。
特ににおいての社会の厳しさは、多くのことを学校で教えられたような気がする。
そのときの学校の先生たちの当事者能力は大したもので、話す言葉に必ず何かの結論が含まれていた。
親たちも学校の先生たちへの信頼もあり、子どもはその中でスクスク育っていった。

しかし、今はどうだろう?
多くの局面で学校と家庭が反駁し合う関係が存在している。
この関係は非常に微妙な関係で、なかなか第三者は入りきれていない。
今の教育委員会を存続させていくのなら、その間に入るべき組織で、
大津のいじめ事件などを見ていると、そのバランスがまったくと言っていいほど、
保たれていないような感じがする。
あまりに不均衡ゆえ、お互いの溝がどんどん深まっていっているように見える。
要するに教育委員会は第三者になりきらなければならないのである。

ところがどうだろう。
構成されているメンバーのほとんどが教員たちである。
ひどいことに教育委員会を経験することが、彼らの出世の道筋になっているようなところもあり、
本来の立場を忘れてしまっている。

教育の役割はしっかりと当事者たちは理解しておくべきである。
それを忘れた教育者が蔓延る日本の教育界に未来の姿はイメージできない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お 願 い 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このブログは「人気blogランキング」・「にほんブログ村」に参加しています。記事を読んで、
「同感!」「役に立った!」「良かった!」と感じた方、応援お願いします!!

『人気blogランキング』はここ!   『にほんブログ村』はここ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
| とよ爺 | 教育思想 | 02:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 02:00 | - | - |









http://toyojie.jugem.jp/trackback/7863
CALENDAR
SMTWTFS
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
このページの先頭へ