子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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塾屋の順風:時代を読め!
では子どもたちの塾に対しての価値観とはどんなものなのだろう?
それを考えるのには子どもたちの置かれている状況を考えなければならないだろう。
そして昔と劇的に変わっているのは、実はそこの部分だと思うのだ。

まず人間関係から考える。
私は十数年前、民間の不登校支援団体のボランティアをしていた。
その団体には、今も多少関わっている。
去年、長年の努力が認められ、県民功労賞を戴いたり、文部科学省から『20年度実践研究事業』を
委託されたりしている。 
またこういう関わり合いから、不登校やいじめに関してはいまだに少々勉強をしている。
そこで大きく感じることは、私が手伝っていた頃、不登校になった子たちの原因が、
今は非常に日常的なことになってきて、昔のように驚かなくなったことだ。
昔の不登校の基準でみなが不登校になってしまったのなら、学校に行ける者はほとんどいなくなって
しまうと思えるくらい、今の子どもたちの学校環境は良くない。
それは大人の社会にも言えることで、学校はやはり実社会の縮図のようになっている。 
当然、塾にも同じような現象は起こっていて、いちばん恐ろしいのは子どもたちも親たちも、
学校の教員たちも私達塾屋もそれに気づいていないことだ。 
ゆえに昔の塾屋も親も教員たちも自分の価値観に子どもたちを合わせようとする。
私に言わせれば、いくらそれは正しいことであっても、
子どもたちがすぐに受け入れられないのは当たり前のことである。

今の子どもは昔の子どもより、まず孤独である。
私達大人が想像できない孤独の中にいる。
子どもたちはおそらく孤独とは思っていないのだが、それは子どもたちの感情のどこかが麻痺していて、
昔の子どもたちや私達が孤独と感じる事を感じなくなっているのだ。
大事なことはもうその時点で、私達の価値観と子どもたちの価値観はずれていると言うことだ。
そういうことを十分承知して、私達は子どもたちに当たるべきなのだ。

私達が想像できない孤独が子どもたちの中に潜んでいるのだが、
子どもたちだから、私達には見えないのであって、それを私達自身が生きている実社会に当てはめれば、
誰であっても子どもたちの孤独は理解できると思う。
そういう感性がない塾屋は私は成功しないと思っている。

「今の子どもは恵まれすぎている。だからみな自立できないんだ」などと言う教育評論家たちもいるが、
私に言わせれば、決して恵まれていない。
大人にとっては物質的状況で恵まれていると感じられるだろうが、
子どもは精神的な状況でしか感じられないものなのである。
塾屋だったら、そういう子どもの価値観をまず分かってあげて欲しいと思う。
                                                    (つづく)

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