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「学問のすゝめ」のすすめ48
 上記五条は、人間に欠くことのできぬ性質であり、この五つの性質を自在に使ってはじめて、自己一身の独立が可能になるのである。一身の独立というと、世間から変わり者のように見られ、人づき合いもない人物のように思われるが、それは違う。人とのつき合いは、お互いのことであり、わたしが友を求めれば、人もわたしを求めるようなものである。そのつき合いにおいて、天が定めた法に従い、自分の分を越えないことが大切な生き方だということだ。
 その分とはなにか。それは自分が力を発揮するとき、他人もやはりその人なりの力を発揮しているのだと自覚して、お互いに相手の努力を妨害しないことを言う。この分限(人としての限度)を守って世を渡るなら、世の非難を浴びず、罪を受けることもないはずだ。これを、人間の権利と言うのである。
 かくして、人たるものは、他人の権利を妨げさえしなければ、自由に行動すべきで、他人の利害に関係せぬ以上は、はたからあれこれ口を出されるいわれはない。好きなところへ行き、いたいと思う場所にとどまり、遊ぼうと働こうと、学ぼうと寝ていようと、それは本人の勝手なのである。
                                                      (檜谷昭彦訳)
「学問のすゝめ」のすすめ47では「五つの自由」について書いた。
諭吉はそれに続けてさらに文章を書いている。
それは「自由」と言っても、自分の「分」を越えてはならないという文だ。

人との付き合いにおいての天の定めた法に従い、自分の「分」を越えない生き方をす津事が大切だと説く。
「分」とは自分の力同様、相手の力をよくわきまえて、お互いに妨害しないよう振る舞うことで、
自分の「自由」を言うのなら、相手の「自由」も考えよと言うことだ。
要するにそれが社会の守らなければならないルールということも言いたいのだろう。

加えて当然、「自由」と言うことを言っているのだが、社会においての「自由」を言うのなら、
「権利」(人権)も考えることが重要だと言っている。
要するに今で言えば、「基本的人権」と言うものである。

誰もが勝手に「自由」を定義して、自分の思うままに振る舞ってしまったら、
必ずどこかにしわ寄せが来る。
ゆえに「自由」にもルールがあるということを諭吉は言っている。

今の社会を見てみよう。
例えば「モンスターペアレント」、彼らが主張する「自由」はおかしくないだろうか?
それを頑なに主張したため、誰かにしわ寄せが来ていないのだろうか?
諭吉の言う「自由主義」にすれば、実は基本中の基本なのである。
今の日本人はあまりにも「自由」に慣れてしまって、基本を忘れてしまったようだ。
「学問のすゝめ」はこんなことも私たちに語りかけているのだ。
                                                    (つづく)

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