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モンテッソーリ教育

1907年、ローマに最初に誕生した「子供の家(Casa dei bambini)」は、瞬く間に欧米を中心に世界各国に広がった。特にアメリカ合衆国では2度にわたってモンテッソーリ・ブームが起こり、アメリカ全土にその教育法が普及した。現在、アメリカの私立をはじめ数百の公立学校でもプログラムが導入され、3000ヶ所のモンテッソーリ・子供の家があるといわれる。日本には1960年代に紹介され、モンテッソーリ・プログラムを導入する幼稚園やモンテッソーリ教育を専門に行う「子供の家」が創設された。(ウキペディアより)

実は私の住む街にも、「モンテッソーリ教育子供の家」は存在する。

勉強不足で実際にどういう教育が行われているのかはわからない。

しかし、おそらくいろいろな玩具や道具を使って、集中力を高めるような教育をしていると思う。

 

前稿でも書いたようにどうもいわゆる教育端の人というのはもちろん人によりけりなのだが、偏っ

た固定観念を持っている人が多い。

私は職業柄、多くの教諭の方々とお付き合いをさせていただいてきたが、多くの方がいわゆる教育

学部出身で、そうでなくても各大学で教職課程を取っているので、考え方に共通点が多い。

もちろん実戦的な部分ではなく、基礎になるものを教えるのが大学なのでそれもやむを得ないと思

うのだが、教育である限り固定観念を捨て去ることも必要なことだと思う。

目の前に生身の子供たちがいて、それに相対していかなければならない環境下で、そんな理屈など

全く役に立たない場合もあるのだと思う。

それを自分が受けてきた教育の中だけで処理し、事象を結論付けようとするとそれなりの無理があ

るのであって、そのことが子供たちの可能性を切り取ってしまう場合もあるのではないかと思う。

 

これは私たち塾屋も同じで、保護者の期待もあるのでやはり学校プログラムに沿う宿命にはあるの

だが、何も疑問を感じずに職務を実行していくことが良いとは思えない。

今回、モンテッソーリ教育がクローズアップされて、それを学ぶということは非常に良いことだと

私は思う。

そもそもこれは精神病の子供たちに可能性を見出し、その子供たちにとって最良と信じてできるこ

とを実行し、大きな成果を上げたという実例である。

人によってはそれは教育ではなく、治療だという人もいるだろう。残念ながら、我が国の教育者は

そう結論付ける人達が多いのではないかと思う。

しかし、私は間違っていると思うのである。子供たちには無限の可能性がある。こういう教育者の

方々も認めるだろうが、その子供たちは十人十色である。ゆえにそれぞれに適合する教育が存在す

るのではないかと思う。

日本の公教育はもっともっと柔軟であるべきだと思うのである。

 

上の文章のようにアメリカでは公立学校でも取り上げられている。

アメリカの教育がもちろん最上のものだとは言えないのだが、こういう姿勢があっても良いのでは

ないだろうか?

教育とはそもそも保守的なものではない。

むしろ革新的であるべきだと思う。いや革新的な部分を持たなければならないと私は思う。

そういう意味で今回、この教育に藤井聡太君のおかげで取り上げているのは良いことだと思う。

| とよ爺 | 教育思想 | 10:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
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