子どもたちのことを真剣に考えましょう。

<< 一周忌 | main | 越前の雪ー8 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - |
教育の見直し
子供の権利 甘やかさない教育必要だ
2014.1.26 03:06 産経新聞

 「子供の権利」を誤解した条例づくりが依然として後を絶たない。

 長野県が「子ども支援条例(仮称)」の制定作業を進めているが、甘えやわがままを助長する内容にしてはならない。

 子供の権利が強調されるようになったのは、20年前の平成6年に、日本が国連の「児童の権利条約」を批准したことがきっかけだ。12年に川崎市が「子どもの権利に関する条例」を制定するなど、各地の自治体で同種の条例がつくられた。

 国連条約の本来の目的は、子供を飢えや病気、虐待などから保護することだ。しかし、自治体の条例では、子供の「意見表明権」といったものまで加わり、権利をはき違えたわがままを許す風潮が問題になってきた。

 例えば親が子供部屋に入ると、「プライバシー侵害」だと子供が文句を言う。国連の委員会の場で日本の高校生が、制服を義務づける校則に反対して「意見表明権」を持ち出し、海外の委員から「制服もない国の子に比べ幸せ」などとたしなめられた例もある。
昨日の産経新聞に非常に興味深い内容の記事が掲載された。
私も常々同じような考え方があり、このブログでも数多くの記事を書いた。
日本の「権利」は少々行き過ぎてしまっているように見える。
この権利故にしっかりとした教育ができないという現実が今の学校には蔓延っている。
学校ばかり責めるのはどうも行き過ぎのような感じもする。

もともと日本人は、「義務」には実直な国民で、「権利」は結構苦手だった。
「権利」を重視する欧米の考え方は風土が違う日本にとって、大きな矛盾を
生み出してしまう。
例えば、一人の「権利」を重視するゆえ、他人の「権利」を侵害してしまう場合もある。
子供の「権利」もあるのだが、同時に教員の「権利」も親の「権利」もあるのである。
日本はそういう物に対してすみわけがしっかりできない国なのである。
要するに「権利」に関しては、歴史を持っていないのである。

最後の国連の委員会の話など良い例である。
日本の勝手な「権利」の乱用は、「権利」の歴史を刻んできた国にとっては
単なる横暴、屁理屈に映ってしまう場合もある。
あくまで教育の現場に子供の権利を持ち込むと思わぬ事態を招いてしまう。
ここにあるよう甘やかすのは良くないのである。
子供の世界では、「道徳(モラル)」と「権利」が対立してしまう例が多い。
どちらを優先すべきかをしっかりと根付かせなければ日本は無法地帯になってしまう。
                                    (つづく)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お 願 い 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
このブログは「人気blogランキング」・「にほんブログ村」に参加しています。記事を読んで、
「同感!」「役に立った!」「良かった!」と感じた方、応援お願いします!!

『人気blogランキング』はここ!   『にほんブログ村』はここ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
| とよ爺 | 教育思想 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 00:01 | - | - |









http://toyojie.jugem.jp/trackback/10080
CALENDAR
SMTWTFS
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
このページの先頭へ