子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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「わかった」の中にある危険
塾で子供を教えていると、特に集団授業などでは、「わかったか?」を授業中に連発する。
こちらが一生懸命教えれば教えるほど、生徒は「わかった」と言うものである。
私が現役バリバリで教えているときには、生徒の「わかった」という言い方で
実際の理解度がほとんどわかったものである。
しっかり教えて、そのときは100%理解させたと思っても、実際は30%くらいなのだから、
やはり教えると言うことは奥が深く難しいものである。
もっとも中には100%と思いこんでしまう者がいる。
もちろん自分の授業に自分自身で酔ってしまっているのだから、どうしようもないが、
こういう人間に限って、子供の学力を伸ばすことはできない。

トヨタ自動車の現場で語り継がれている言葉がある。
『教えるときに、「わかったか?」と聞いてはいけない』という言葉である。
わかったかどうかは、その実行度合いで判断すべきと言うわけである。
要するに「わかった」という言葉はそれほど当てにならないのである。
もちろんそれは私たち塾屋にも言えること、
教える者は常に心にとめておかなければならない。

私が仲間たちを使う場合もそうである。
もともと塾屋なので、「わかったか?」を使ってしまう性もある。
しかし、大人と言えども何度言ってもしっかりとできないことがある。
うちの会社内では決まって同じ人間がそういうミスを犯す。
そういう人間は人を育てることはできない。
人を育てることのできるバランスのとれた人間は結構いないものである。

大人の場合、それを治すのは責任である。
そういう返事をする者は、責任という点でもだらしない。
しかし、自分の意見や要望だけは言うものである。
会社にとっては、そういう人間は不要な人間になっていってしまうわけである。

一方、子供たちの「わかった」は、自分自身に跳ね返ってくる。
大人のように人に迷惑をかけるわけではないが、それもまた重要である。
私たち子供たちに関わる人間は、その「わかった」という意味を
しっかり子供たちに教えなければならない。
それも私たちのしなければならない大きな仕事だと思う。
| とよ爺 | 教師たち | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
世の人はどう思うのだろうか?
担任の入学式欠席 教師が優先すべきは何か
2014.4.16 03:33 産経新聞

 わが子の入学式を優先するかどうか。この問題はネット上でも多く取り上げられ、賛否は拮抗(きっこう)している。埼玉県教委には電話やメールで意見が寄せられた。欠席を認めた校長らへの批判がある一方、欠席に理解を示す声が半数以上あったという。

 かつて桜の中、親に手を引かれた子供たちが入学式に向かうのは、小学校の光景だった。

 いまは、大学の入学式も保護者で埋まる時代だ。職場では家族を大切にし、家庭の事情に配慮する意識が進んでいる。欠席を認めた校長も、理解は得られると思ったのかもしれない。

 だが、入学式は先生と生徒の出会いの場である。担任教師にとって特別な日ではないのか。

 教え子のため、寝食を忘れる多くの教師がいたからこそ、「仰げば尊し」と尊敬の念が生まれた。「私」を抑え「公」を優先すべきときがあることを身をもって教えることも教師の仕事であるはずだ。時代は変われど変わってほしくないものもある。教師は生徒を優先する存在であってほしい。
今回の記事を読むと教師の在り方も一昔前とは違っているように思う。
問題は教師にとって、入学式とはどういうものかということである。
他の業界でも入学式で休む人はいるのだから、仕方がないという人もいるが、
教師にとっての入学式は一般企業の大事な契約ぐらいの価値がある。
大きな契約が決まる日に入学式だと言って、一般の人たちが休暇を取るというのは
やはり考えられないのではないかと思う。
私は教員の世界を一般の人よりは知っているのだが、やはり一般人にはない常識がある。
ある時には一般人の常識に合せ、ある時には一般人の常識に反していても、教員の
常識に合わせるというのはどうかとも思う。
そう言う意味では教員という職業はしっかりと定義されていない職業なのかもしれない。

とにかく「私」を優先するか、「公」を優先するかという問題なのだが、
社会の風潮の中で、「私」を優先する風潮が強まってきたのだが、私には最近それに
陰りが見えてきたような感じもする。
要するにそんな悠長なことをしていては食べていけないのである。

どちらにしても、非常にきゅみ深い問題である。
世間がどう判断するかが楽しみである。
                                     (終わり)

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世の人はどう思うのだろうか?
担任の入学式欠席 教師が優先すべきは何か
2014.4.16 03:33 産経新聞

 50代の女性教諭は、息子が入学する高校の式と重なったことから入学式を欠席した。校長らに相談のうえ事前に休暇願を出して認められていた。

 校長は入学式の担任紹介で「子供の入学式のために欠席」と説明した。教諭は「大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびする」などとした文書をつくり、副担任らが生徒や保護者に配ったという。

 埼玉県教委が調べたところ、県立の別の高校で同様の例が3件あった。教育長は定例記者会見で「新入生や保護者に心配や不安を抱かせ申し訳ない」とし、校長会では高校生活を安心してスタートできるよう配慮を求めた。
この文を読んで驚いたのは同様の事例が3件もあったことである。
ということはそう珍しいことではないようである。
校長もこの欠席を認めている。
そういうことは入学制を欠席するしっかりとした事例であると認めていることでもある。

しかし、教育長はそれを詫びている。
私が知りたいのは今後こういうことがスタンダードになるか、禁止になるかである。
禁止というのは結構強い言い方で適当ではないかもしれないが、
常識的にこういうことは遠慮すべきとなるのかということである。
これは結構、重要なことである。

この件の報道にはそれなりに目を通してみたのだが、今一つ私にわからない。
こういうことがあるのなら、しっかりと決めればよいと思うし、
こういうことを決められないというのは、やはり教師の常識として遠慮すべきと
いうことなのだと思う。

そういうことを考えると、今後このような案件がそう扱われるかが非常に興味深い。
                                    (つづく)

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世の人はどう思うのだろうか?
担任の入学式欠席 教師が優先すべきは何か
2014.4.16 03:33 産経新聞

 これをおかしいと思うのは古いのだろうか。

 埼玉県の県立高校で、新入生のクラスを受け持つ担任教諭が入学式を欠席し、息子の入学式に出ていた。同様の理由で担任不在だった入学式がほかの県立高校でもあり、県教育長は校長会で新入生や保護者に不安を与えないよう指示した。

 家族は大切だ。どうしてもという事情があったのかもしれない。しかし、教職者だからこそ優先すべきことはあるはずだ。多くの教員に、改めて重い職責を認識してもらいたい。
一時期、この報道は結構な話題になった。
私は結構まわりに学校関係者が多いので、この話題を話すことも多かった。
やはりいろいろな人がいて、意見も様々だったのだが、私の知人は私立の教諭が多いので、
公立だから、できたという人も多かった。
私学ではなかなかこういうことはしづらいと話していた。
もっとも入学式に関しては、私立と公立の入学式の日は違っている場合が多いので
こういうバッティングは起こらないと思う。
もっとも私立同士が重なることは多々あることで、さすがに自分の学校以外の
私立校の入学式に出ていたとは言えないのだと思う。

この記事の文章を見てみると、かなりそういう教員に関して否定的な言い方をしている。
非常に難しい判断だとは思うのだが、やはり私もどちらかと言えば、自校の入学式に
出るべきではないかと思う。
社会的にそういう状況を保護者や生徒たちが認めるご時世であれば、良いと思うが、
今のこの国はそこまでの認識はないのだと思う。

ここの書いてあるように教員の職責は重いと思う。
そのことを考えると、最初は非常に大事である。
                                    (つづく)

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求められる教師像
結果出すほどいじめられる…教師の実力の劣化現象
2014.2.1 11:00 産経新聞

 第1に、全員、一人残らずできるようにさせることである。

 私は跳び箱が跳べない子を3分で跳ばせられる。NHKテレビはじめ、テレビ局で特集になった。

 第2に、授業が「楽しい、面白い、よく分かった、できるようになった」ということである。このような授業ができるために指導すべきだが、そうする人は極端に少ない。

 できない指導者は、何を指導するのか? 昔から決まっている。つまらない形式的なことをさも大切なことのように指導する。

 研究授業で参観者がいるときは、学習したことを模造紙に書いて、まわりに貼りなさいという。教室は模造紙だらけになる。黒板には授業の目当てを書きなさいと指導する。授業の最後にはふりかえりをしなさいと教える。すべて、形式的なことで「授業」とは、ほとんど関係ない。

 良い先生の見分け方? それは子供の算数ノートを見ることだ。

 ていねいに、きちんとしたノート。教科書のすべての問題がノートにやってある。現在、5冊目から6冊目になっている。そんな先生は、実にすばらしい先生だ。
この記事は前の「良い授業とは何だろう?」の答えの部分である。
さすがにこういう話になると向山先生に共感する部分は多い。
これは学校の教諭に限らず、塾の講師でも同じである。
授業の下手な人間ほど形式的なことを言って、理屈をこねる。
私は塾屋なので、そういう人間には最低の評価をする。
理屈で授業は行えない。
情熱がいちばんだが、大事なのは準備である。
準備がしっかりとできていない者はプロとは言わない。
学校の先生にも最近、形式だけの準備しかしていない人が増えてきたように思う。
良い先生はその準備にも工夫がある。

4回にわたって、向山洋一先生の記事を取り上げてきたのだが、「教師の実力の劣化」
は誰が見ても明らかである。
それに対して行政は何もしていないように私には見える。
「している」というのなら、見当はずれのことをしているのである。
もう少し本筋に近い研修をして欲しいものである。
教師の実力は年々落ちる一方である。
                                     (終わり)

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求められる教師像
結果出すほどいじめられる…教師の実力の劣化現象
2014.2.1 11:00 産経新聞

 ところが、大学4年間で「授業」について、ほとんど教えられてこない。教育実習の時に、合計で10時間ぐらいの授業をするだけだ。大学で「授業」の演習は、ほとんどない。医学部の教授は、学生に手術をして見せるが、教育学部の教授で、授業をしてみせる先生は、皆無に近い。「何もできない」状態の新卒教師でも、最初から担任になる。

 第5に、管理職、教育委員会、新卒指導教師は「教師を指導する」のだが、そこに問題がある。

 教師にとって、最も大切なのは「授業」である。

 良い授業とは何だろうか。
大学の授業内容が薄っぺらなのは昔からのことである。
だからといって、昔の先生はダメだったと言うことはない。
要するに入口のハードルが低いのである。
また、教員志望の若者のレベルも格段に落ちている。
教師という仕事に昔ほど魅力がなくなったのではないだろうか?
今の若者は大変なものは避けて通りたいという者が多い。
「楽してお金が儲かる」、要するにそれがベストである。
私たちの時代もそうなのだが、どちらかがダメだったら、私たちの時代は「楽」を放棄した。
今の若者たちは。まず「楽」というのが第一条件なのである。

「第5」の問題に関しては、今国会でも教育委員会が議論されている。
日本の組織体はもう古い。
私もいい加減に変えた方がよいのではないかと思う。

この記事を書いている向山洋一先生の本は非常におもしろい。
私は本屋さんで買える向山氏の本はほとんど読んでいる。
しかし、最近近くの本屋で買うことが大変になった。
教育本のコーナーは年々縮小され、なかなか手に入らなくなった。
そういうこともあって、若者たちは身近に教育を勉強できなくなった。
そういう社会環境に問題があるのではないかと思う。
                                    (つづく)

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求められる教師像
結果出すほどいじめられる…教師の実力の劣化現象
2014.2.1 11:00 産経新聞

 第3に、立派な先生のじゃまをする。「学年で足並みをそろえましょう」ということで「工夫する教師」「努力する教師」の足をひっぱる。「足並みをそろえる」とは、最低ラインにあわせるということである。

 立派な先生を助けるには、保護者の力が必要だ。「先生がんばってください」と声をあげ、手紙を書くことだ。教師を育て、守るのも保護者の大切な仕事である。

 第4に、大学を出て教師になったばかりの「新卒教師」が、驚くほど何も知らないということである。原因は、新卒教師にあるのではなく、大学の教育にある。

 教師にとって最も大切な仕事は「授業をする」ということだ。
「第3」の問題なのだが、向山先生は保護者の力が必要と書いている。
確かにそれは心理なのだが、私はそこまで学校がおかしくなっているのかと思う。
こういうことは管理職がしっかりと判断して、評価してあげることが必要だ。
それができない学校はおかしくなっているとしか言いようがない。

新卒教師の学力不足の件なのだが、私は大学のせいばかりではないと思う。
小中高でしっかりと教育していないので、大学で基礎的なことをしなければならない。
また、少子化ゆえに大学に入るのも易しくなっている。
入口がこんなにも低ハードルになっていて、大学だけの教育で逆転するはずもない。
ゆえに私に言わせれば義務教育から違っている。
間違った義務教育を受けている教師に義務教育を受けるのだから、
子供が教育できるはずもない。
大学のせいばかりではないと私は思っている。

ゆとり教育は明らかに失敗である。
文科省がその失敗を認めることから、日本に教育は変わるのではないかと思う。
                                    (つづく)

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求められる教師像
結果出すほどいじめられる…教師の実力の劣化現象
2014.2.1 11:00 産経新聞

 教師の実力が、急速に落ちていると感じる。危機的ですらある。

 もちろん、努力し、勉強している教師は、どの学校にもいる。しかし、それは少数だ。

 第1に、教師が教育雑誌、教育書などの本を、ほとんど読まなくなった。かつては一人の教師が「教科」「障害」「心理」など、3冊ぐらいの教育雑誌をとっていた。今や「教育雑誌」を読んでいる人は学校に1人か2人だという。教育書も読んでいない。新聞をとっていない人も多い。教員室で話題になる「教育」のことは、テレビ番組だという。

 第2に、「できない子」を責任をもって教えるという考えがない。立派な先生は「漢字テストクラス30人全員100点」とか「算数テスト平均95点」という結果を出すが、そういう先生はいじめられている。
今月最初、産経新聞にTOSS(教育技術法則化運動)代表・向山洋一先生の文章が
掲載された。
「結果出すほどいじめられる…教師の実力の劣化現象」というショッキングな記事
だったのだが、非常に同感する部分があり、私のブログで取り上げさせていただく
ことにした。

「教師の実力の劣化現象」は実は私も肌で感じている。
とにかくねばり強く子供に当たると言うことが本当に少なくなった。
加えて先生の実力不足を頻繁に感じるようにもなった。
昔の先生たちは間違ったことは滅多に教えなかった。

問題なのは。この記事で言う「第2」のケースだ。
結果を出す先生に対し、他の教師が一生懸命やられては迷惑という実際を
私は何度も聞いたことがある。
昔は結果を出す先生の意見が通っていたのだが、今は逆のような感じである。
こういう状況では日本の学校教育が良くなるはずはない。
ちなみに私どもの塾業界は結果がすべてである。
結果を出している人間には敵わない。
教師のようなケースはやはり間違っているとしか言いようがない。
学校のシステムが間違っているのではないかと思う。
                                    (つづく)

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教師の質
問題教師 指導力高め信頼取り戻せ
2013.12.30 03:24 産経新聞

 調査を通じて、教委によって処分の判断に違いがあることも判明した。たたく行為も「全て体罰として迅速に処分している」という教委がある一方、外部識者の意見を聞き慎重に判断する所もある。問題を隠さず対応することは当然としても、くれぐれも教師の熱意をそがないようにしてほしい。

 体罰によらず、粘り強く荒れた学校を立て直した教師らの例は少なくない。生徒の顔色をうかがって見て見ぬふりをしていては、信頼など得られない。毅然(きぜん)と教えられるよう指導力を高めたい。

 資質自体が疑われる現象もなくならない。わいせつ行為で処分されたのは186人と前年度より増えた。国旗国歌の指導を妨げて処分される者も相変わらずいる。本来あってはならないことだ。

 問題教師を教壇に立たせない当然の措置も徹底されていない。指導が不適切と認定された教員は149人と8年連続で減った。制度を厳正に運用してもらいたい。

 学校に対する要請は多様化している。団塊世代の退職で若手教員の指導力向上も急務だ。大学での教員養成過程を含めて採用、研修をさらに工夫したい。

 教員は自らの指導を評価される機会が少なく、互いに切磋琢磨(せっさたくま)する姿勢に乏しい。悪弊を見直し連携して指導力を磨いてほしい。
教師たちの混乱をかえって増幅させてしまっているのが教育委員会である。
その教育委がこの記事にあるような一定しない対処をしていれば、
現場はさらに混乱してしまうわけである。
問題が起こったときの記者会見などを見るのだが、現場と教育委が罪のなすり合いを
している場合もある。
もっと悪いのは明らかに結託していると思える場合もある。

そういうことを考えると、教育委の存在自体に疑問を感じざるを得ない。
もう必要な時代は終わったしまっているのかもしれない。
こういう組織を作るのなら、やはり第三者機関である。
教員が順番に教育委に入るようなシステムは非常に良くないと思われる。

こういうシステムを変えない限り、問題教師はいなくならない。
もっと根本的な教育行政の変革をただただ望むばかりである。
そうでもしないと日本の学校教育はおかしくなってしまうかもしれない。
                                    (終わり)

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教師の質
問題教師 指導力高め信頼取り戻せ
2013.12.30 03:24 産経新聞

 教職者への信頼が揺らいでいる。体罰にわいせつ行為と不祥事が絶えない。懲戒や訓告などの処分を受けた教員が、文部科学省の調査で大幅に増えたことが分かった。

 能力や資質に課題があり「指導が不適切な教員」を認定し研修させる制度の適用はわずかしかない。資質向上へ手を尽くし、信頼を取り戻したい。

 平成24年度の公立小中高校の教員処分状況では、免職や停職、減給をはじめとする懲戒処分や訓告などを受けた者は1万人余で、前年度の2・5倍になった。

 このうち体罰を理由に処分されたのは2千人以上で、昭和63年度の調査開始以来、最多だった。大阪市の桜宮高校の体罰自殺事件を受け、各教育委員会が従来は見過ごされていたケースを含め、厳しく処分したという背景もある。

 だが、怒りに任せた暴力が指導といえないのは当然だ。学校教育法では教員に懲戒権を与えてはいても体罰は否定している。指導に名を借りて独りよがりになってないか、改めて見直してほしい。
教員の質が低下していると言うことは私のような塾屋風情でも痛いほど感じてしまう。
当事者能力に欠ける教員が本当に多すぎる。
学校が考える研修というのも、ピントがぼけていて、とにかくいち早く一人前に
することしか考えていない。
作物で言えば、それは促成栽培の論理で促成栽培された教員に子供たちの
将来を預けるのは何ともいただけないといった感じである。

その大きな理由のひとつとして、日本補選制覇忙しすぎるという意見もあるが、
その忙しさは元来必要もない仕事から来る場合もある。
何か問題があったときのために多くの時間を割き、実際の指導が蔑ろになってしまう例は
後を絶たないようである。
まず、そこから直していかないと問題教師はいなくならないと私は思う。

信頼は相手なしには築けない。
もっとしっかりと子供たちを指導する環境を教員たちに与えなければならないと思う。
それを変えられるのは行政である。
もっとしっかりやってほしいものである。
                                     (つづく)

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