子どもたちのことを真剣に考えましょう。

福井全開!

t-IMG_0130.JPGお陰様で福井の教室は盛況である。

3年前に福井本校を出店したのだが、もう3店舗になった。

今年、もう一店舗計画しているので、おそらく今年中に4店舗、翌年も計画している教室があるので、来年度いっぱいにはおそらく5店舗になる。

写真は中藤校である。

昨年の夏以降から、始めているのだが、今年はお陰様で少しずつ生徒が集まり始めてきた。

集まっている生徒さんが優秀な者が多いので、前途はなかなか有望である。

地元では苦戦しているのだが、うちの塾に関して言えば、この福井の成功が大きな助けになってくれそうである。

いろいろ苦労したこともあったのだが、予想以上の検討にただただ感謝、感謝である。


t-IMG_0136.JPG私たちも努力したのだが、それにも増して運に恵まれたと私は感じている。

うちの教室の門をたたいてくれた生徒たちがとにかくよく頑張ってくれた。

いくら私たちが一生懸命やったところで、生徒たちがそれに呼応して頑張ってくれなければ、何もならない。

福井の子供たちは本当によく勉強する。さすが学力テストの中学校の部で全国一位だけのことがある。

もちろんそれは私たち塾よりも学校の先生たちが頑張っているからなのだが、その先生たちの労働を聞いているとこれが将来も続けていけるかはわからない。おそらく全国の水準に近づいていくと私は見ている。

もちろんここで培った学力はすぐには下がらないだろうが、やはり最後には全国のレベルに近づいてくると思う。


t-IMG_0155.JPG最後は個々の力である。

そういうことをしっかり踏まえて、福井はカリキュラムを作成している。

決して学校の内容を覆すことなく、その中で学習塾ができることをしっかりと模索して、教室運営をしている。

それが良かったのではないかと思う。

また、子供たちも優秀だし、とにかくご父母の皆さまも、教育に対して非常に熱心である。

さすが天神様を崇める件で、そういうことがしっかりと理解できる県民性である。

私たちもこれからもっともっと地元に根付くような努力を欠かしてはならない。

私たちが地元の皆様に受け入れられるということを心から感謝しなければならない。

他県から来て、この福井でやっている者だからこそ、その有難味がわかるはずである。

これからも地に足を付けた教室運営を心掛けていきたいと思う。
 

| とよ爺 | わが塾 | 12:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
昔の仲間からの電話

昨日、突然私の携帯に予期していない仲間から電話があった。

福井のうちの仲間がこちらに来た時に、飲む機会があった者だがいまは内装屋さんをやっている。

その時は当然、昔の話になった。

 

その頃の私は中間管理職、経営者が実兄だったので、その分、いろいろと気を使った。

その兄も会社に来ることはあまりなく、それゆえ経営実態は現場で働いている者にはなかなかわ

かりづらいものだった。

私も役員でもない一般職、そういう意味ではみなとあまり変わりはなかった。

 

しかし、そういう状況なので私はかなり気を使った。

実の兄弟ということもあり、終始、仕事熱心でない実兄を守らなければならなかった。

そういうこともあって、下の者にはきつく当たったことがある。

今から思い出しても、つらいことばかりである。

 

弱い私が自分自身の気持ちに決着をつけるために心掛けていたのは、下の者たちの仕事をしっか

りみていること、いざとなれば経営者との間に入って、何とかしてあげられると思っていた。

しかし、自分が想定していた状況が来ることはなく、歯の抜けるようにやめていった。

胸が痛かったが私には何もできなかった。

 

電話をくれた仲間もその一人だった。

先日あった時、その当時の彼のしていた仕事のひとつを私は褒めた。

彼はそれに対して、いたく感動してくれた。

しかし、私にすれば当たり前のことである。

そして、私が気になっているもう一人の仲間のことを話した。

「あいつは俺のことを今でも恨んでいると思う」、そんなことを言ったように思う。

 

そして昨日、その仲間とも話ができた。

いろいろ聞いてもらいたいことがあるから、ぜひとも会って話がしたいということだった。

本当に感動した。

私は「私にできることなら、何でもするから」と彼に話した。

 

歳をとって、こんな大きな幸福感を感じることのできるのは、若かりし日のことがあったからだ。

こういう場面が訪れるということは、私の人生は決して悪い回転をしていないということだ。

思わず神様に感謝したい気持ちになった。

人生とは本当にすばらしいものである。

| とよ爺 | わが塾 | 11:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
出張帰り

今回の福井出張は非常に価値あるものになった。

今後のわが塾の方向性がおぼろげながら見えたような気がした。

 

仲間たちの何人かは、今までのやり方を守るという思いがあるのだが、周囲の環境があまり

にもここ10年で変わってしまったので、それでは生き残れない。

福井でも開校するときにお世話になった同業者の方と話す機会に恵まれたのだが、しっかり

と新たな方向性を模索していた。

あくまで個人的な運営を目指し、ダメになれば解散というのならそれでよいのだが、会社と

やってやっている以上、需要がどんどん頭打ちになり、供給が増える一方では時間の問題で

息絶えてしまう。

東京で塾をやっている知人がいるのだが、「新しい方向性を模索しない経営者は無責任すぎ

る」と話していた。

私たちを含めた首都圏の学習塾は間違いなく新たな局面に入っている。

 

私が身体を壊しながら、開拓してきた仕事が大きな可能性を秘めながら、実現に向かって、

私たちの周りから実は盛り上がっている。

はっきりしたことはかけないが、他塾にはできない試みである。

私の交友関係、父親の遺産、などなど融合させようと思っている。

 

私の父は早稲田大学を卒業した。成績優秀で小野梓賞も受賞している。

その後、東京海上に入社、私の母と職場結婚をする。

仲人は当時の早稲田大学の総長、私とはレベルが違う。

その後、アメリカで常識になっていたオペレーションリサーチを日本に持ち込み、普及させ

た。

そのセミナーには多くの経営者が参加、ビッグネームも数えられないほどいる。

それを私の次兄が継ぎ、今に至っているのだが、御年68歳となり、そろそろ引退を考えなけ

ればならないようになった。

会員制のそのセミナー会社には多くの一部上場企業が名を連ねている。

 

私これまでの仕事で培ってきた人間関係、私の親友の人間関係、そして、父親と次兄の人間

関係、すべてを生かし、業務の組み立てを考えていこうと思う。

これから残りの人生、それなりの目標をもって、生きていけそうである。

とにかくそれに必要な健康を取り戻そうと思う。

私のここからの一年は、大きな目標をもって、生きていこうと思う。

| とよ爺 | わが塾 | 11:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
福井出張

本日から、福井に出張する。

と言っても、身体のこともあり、まともな仕事ができるわけでもない。

半分、療養のようなものである。

 

福井の教室は非常に順調に発展して、3年ほどで3教室になった。

できれば今年もう一店舗増やして、4教室にできればと思っている。

と言っても、これは福井を担当している現場の声である。

私は今は病気のため、重要事項の決定から身を引いている。

 

福井は足羽川の桜でも有名で、全国で何本の指に数えられる花見の名所である。

タイミングが良ければ、それを愛でることもできそうである。

 

私の仲間の一人がいきなり福井に行くと言い出したのを私は昨日のように覚えている。

その理由が嫁さんと自分の親の介護、その仲間は三男坊である。

実は私も三男坊、私も一時期、母親の面倒を見ていたjことがある。

とにかく私は胸を打たれた。

目の前にいるその仲間の力になりたいと思った。

福井では、わが社は神奈川になるので、社内の反対もあるだろう。

私は自分の個人的なお金でも教室を出店してやろうと決心した。

 

その仲間だったら、絶対に成功すると私は思っていた。

本人にも、「君なら、大丈夫!」と励ました。

しかし、私たちの思うようには社会は動いてくれなかった。

何度も、何度も、チラシを出しても、電話一本かかってこない日々が続いた。

「あと数か月、これは続けば撤退しよう!」、そんなことを話したこともあった。

 

自分は卑怯な人間だと何度も思った。

「お前を信じる」と言った私が、数か月後に同じ人間に撤退の話をする。

何度も何度も逃げ出したいと思った。

しかし、その仲間は私をその後救ってくれた。

今はうちの塾の中では一番の成長株になっている。

 

その福井に私は出かけていく。

神様に感謝、仲間たちに感謝、すべてに感謝である。

| とよ爺 | わが塾 | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
最後の会議

昨日、わが塾の中心になっている仲間たちと会議をした。

自分の体のことがあるので、常に何をやるときにでも最後になってもよいという覚悟をもって、

毎日を過ごしている。

これは、先日、大学を卒業し、赴任先に行く前に実家に戻っていた息子に対しても、同じ気持

ちだ。

去年から患っている今回の一連の病気や闘病生活を経験し、こういう部分が一番変わったので

はないかと思う。

不思議なことなのだが、家族や女房に対しても客観的に見ることができるようになり、わが会

社に関しても同じことが言える。

 

客観的に会社を見ることができるようになると家族観、職業観、人生観までも変わるような気

がする。

本当に不思議な気分である。

 

昨日の会議でも、私はとにかく一生懸命話した。

自分が感じていることを隠すことなく、自分なりに魂を込めて話した。

聞いている側にその変化を感じた者はいないかもしれないが、たとえ聞いてもらえなくても、

とにかく一生懸命、気持ちを込めて話すことができた。

皆に話をしながら、私は若いころ、子供たちに向かって、授業をしていたことを思い出した。

教え子に恵まれて、私がかかわった子供たちは本当によく勉強してくれた。その子供たちの一

生懸命さや直向きさが私の中にある飾る心を裸にさせて、魂を丸出しにして、教えることがで

きた。

 

そんな昔を昨日私は思い出した。

みんなと話を終え、車に乗り、家に向かったのだが、達成感でいっぱいだった。

やはり私は仲間たちが好きなのである。

 

こんな体では私は会社の力にはなりえない。

悔しい思いでいっぱいだったが、昨日の会議の時間が私にエネルギーを与えてくれたような気

がする。

 

塾屋の性は一生続くと昨日は実感できた。

なんだかいつこの世からなくなってもよいというすがすがしさを感じた日だった。

| とよ爺 | わが塾 | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
新規体制移行

昨年度より、わが塾は新規体制に移行している。

いろいろな理由があるのだが、私自身、体調のこともあり、必然だと考えている。

そういうこともあり、今年は新規体制最初の募集となるのだが、結果がどうなるのか楽しみである。

現役のど真ん中にいるときは、楽しみなどと言う悠長な感じはなかったのだが、今は少し楽な気持ち

で見られているような気がする。

しかし、やはり他人事というわけにはいかないそれなりにいろいろなことを考える日々である。

 

新体制の者たちが一番最初に手を付けたのが人事の一新である。

勤務状況、個々の能力などをしっかりと分析して、適材適所を考えた。

それによる大きな配置転換や人事の入れ替えが必要となり、会社から去っていった人間もいるのだが

こういう時は大きな改革が必要である。

こうしなければならなかったのは私にも責任がある。心苦しいが新しい者たちを応援するしかない。

 

今後はオペレーションに大きな改革が移ると思われる。

お陰様で今年で4年目を迎える福井は全部で3教室となり、募集も絶好調である。

まだ募集をしていない時期から、多くの体験者が詰めかけて、勢いを感じる。今年は4教室目の開校

も考えなければならないだろう。

神奈川グループはおそらく合理化が行われるだろう。

体裁よりも、徹底的に結果を重んじる新体制のやり方に私は大きな期待を持っている。

旧体制を変えていくのだから、それなりに問題も出てくるだろうが、そういうことなくして改革など

ありえない。

このブログで私も訴えているが、変化を好まないのは今の世の中では怠慢である。

教育そのものが大きく変わっている今、動かない塾は私に言わせれば怠慢な塾である。

ぜひとも頑張ってほしいものである。

 

私自身の課題はどうこの会社を次世代に引き継いでいくかである。

いまや教室運営に目途がつき、残りの会社業務にシフトしていこうという時期である。

それに目途がつけば、第二の人生の準備に取り掛かろうと思う。

今はこれと言って、何をするということはないのだが、とにかくこの体をしっかりと治しておかない

と何もできない。

とりあえず今年は体を徹底的に治し、鍛えていきたいと思う。

| とよ爺 | わが塾 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
覚悟

昨日、本部で福井勤務の者も含め、一人体調を崩して、参加できない者がいたのだが、

それ以外は全員参加で会議を行った。

冒頭、私が次年度のことを含めて、1時間ほど話した。

私の真意が伝わったのかはわからないが、みな真剣な表情で聞いていた。

 

最初は昨年以来、私自身体調を崩し、思うようなリーダーシップを発揮できなかった

ことを詫びた。

申し訳な気持ちでいっぱいなのだが、こればっかりは謝るしかない。

今も100%というわけではないのだが、だいぶ体調は戻りつつある。この先、更なる

迷惑を皆にかけないように頑張ると話した。

 

私はもう還暦過ぎの老人が見えている存在である。ゆえにこれを機会に譲るべく仕事

は譲っていくことにした。

その内容を皆に話した。

病気以降、代行してもらっているのでこれに関しては皆素直に受け入れてくれたよう

である。

 

病気と闘っている間にいろいろと勉強する時間があった。

改めてその勉強で感じたことを皆に話した。

具体的にどういう風な動きをすれば、生き残っていけるかをできるだけわかりやすく

話した。

うなずきながら聞いてくれている者も数多くいた。

 

私が言いたかったことは、こちら側の事情は捨てて、お客様事情をしっかりと考えて

サービスを組み立ていること。

今の塾業界を見ていると自分たちの事情ありきで、そこに理屈をつけ、生徒集めをし

ているような感じがする。

そこをうまくごまかすのがテクニックといった考えもはびこっている。

しかしそれは明らかに間違っている。

サービス業はお客様に納得できるサービスを提供することによって、成り立っている。

教育というものはそこを曖昧にできる要素がある。

しかし、もうそれでは生きていけないのである。

 

そういう命題を与えて、仲間たちがどういうことを導き出していくのか、非常に楽し

みである。

真摯にその課題に向き合っていけば、きっと生き残っていくことはできるだろう。

 

| とよ爺 | わが塾 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
技法伝授
還暦を有に過ぎた歳になると、予想はしていたのだが、自分が一線から退く日を
想像するようになる。
体力・気力の衰えといった当たり前のことではなく、日常の中で夜が更けたら朝
が来るといった言わば日々の営みの自然の成り行きのような感触である。
このブログでも前から、寄る年波の苦しさのような感覚の引退の記事を書いたこ
ともあったのだが、今の心境はそれとはまったく違う感触の物である。
生ける者の自然の生業の中の引退といったような感じである。

こんなことを感じ始めると自分の作り上げてきたものを誰かに伝えたくなる。
こんなものを押し付けられる者にとってはまことに迷惑千万な話かもしれないの
だが、会社をオペレーションしているという言わば、私自身のおごりからくるの
かもしれない。
悲しいかな、そんなわがままな気持ちを抑えられない自分がいる。
一生懸命伝えたところで、それを聞く者にとっては迷惑なのかもしれないと常に
思ってしまうのだが、将来、聞く者にとって何らかの財産になると勝手に思い込
んで私は話している。
中には強い視線を感じる者もいて、そういう者が一人でもいれば本気になってし
まう自分がいる。

うちの会社では月に二回ほど全体会議というものがあるのだが、毎回、最近は資
料を作り、今まで私がやってきて、大きく生徒数を増やした方法、状況判断をす
る場合に気を付けなければならないこと、加えて成功を導くのに必要な自分自身
の中での状況設定など、私なりにわかりやすくかみ砕いて資料を作成し、説明し
ている。
しかし、私にとっては経験値の中からの話なのだが、そういう経験をしていない
者にとっては難しい話かもしれない。
私の経営者仲間のような方々だったら、その貴重さはおそらく理解していただけ
ると思うのだが、やはり使われる者にとっては、非常に高度な話かもしれない。

経営に入ってくるとこの業界の日々のオペレーションの変化が急速に起こってい
るということがわかる。
私が教室業務に就いていたときの常識と傾向が大きく変わっていくのがわかる。
技法伝授において、私が最初にすることは不変なものを見つけていくことから始
まる。
私はそこに方法論や技法があると思っている。

簡単な例を挙げれば、「子を思う親の気持ち」である。
やはり私はこれは不変だと考える。
これがあらぬ方向にずれていってしまっているのなら、私たちの仕事など成り立
つわけもない。
これを否定することは自分たちの仕事を否定することで、そんなことはありえな
いと私は思っている。
これが変わらなければ、その中に必ずメカニズムが存在する。
それを私たちの仕事の中に浸透させて、方法論を考察していくというのが私の今
のやり方である。

仲間たちが私のこの技法伝授をどのように受け止めてもらっているかはわからな
い。
冷めた目で私のそういう行動を見ている者もいるだろう。
しかし、誰の考えでも、その考えを有する者のキャリアがどんなに浅くとも、そ
れを一つの意見・考えととらえ、
考察するようでなければ、自らの進歩発展はないと私は思っている。
私の愛する仲間たちはそうであってほしいと私は常に思っている。
そんな私の思いを仲間たちはわかっているのであろうか?
| とよ爺 | わが塾 | 11:05 | comments(4) | trackbacks(0) |
組織改変
私の会社は創立50年を迎えようとしている。
ひとくちに50年といっても、気が遠くなるような時間だが、いまだに死なずにいるというのも
我ながら大したものだと思う。
しかしその間、何度も危機を迎えてきて、その時期がそろそろ訪れるのではないかと思う。

そういうこともあって、私はここ2〜3年のうちに大きな組織改変をしようと思う。
やはり会社というのは、人間で構成されているということもあり、生き物である。
生き物である限り、やはり寿命がある。
その寿命が尽きないうちに新しい細胞を生まれさせておかなければならない。
私は残り少ないこの会社内の私の寿命の中で、新しい細胞を生み出さなければならないと思っている。
その細胞を大きく育てるのは、残った者たちの仕事であるが、そのものを生み出すのは
私の仕事ではないかと思う。

その第一の仕事として、組織改変をしようと思う。
その組織改変は仲間たちに新たな夢を与えるものであり、やる気を喚起させるものでなくてはならない。
もちろん生みの苦しみは訪れるだろうが、それは徐々にやってきているようにも思える。
すべての人間、100%納得するようなものは私の力では難しいと思うが、
やはり最低半数以上の仲間たちには支持されるようなものを創造したい。
現在、そんなことが私の思考の大部分を占めている。

こういうことを力づくでやってしまうと、やはり周りからは独裁に見えるだろう。
誰でもが納得する着地点を探し、それを一人一人に丁寧に説明していかなければならない。
その作業だけでもかなりの時間と労力を必要とする。
会社人としては、ラストスパートにきているので頑張らなければならない。

ここのところめっきり寄る年波を感じてしまうようになった。
なんとしてもうまくことを運ばせるために、自分自身をリセットしなければならない。
| とよ爺 | わが塾 | 17:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
第5のKG

冬期講習より、第5のKG、蛍田校を小田原市にオープンすることになった。

少子化が進んでいるこの時節、出店は生き残っていくために必要なことである。

私が代表になってから、4年間で5校目の開校であるが、これからもどんどん出店

していくつもりである。 


KGグループは昔から私の塾内では新しい形の教室オペレーションをしている。

新しい塾なので、卒業生はまだ少ないのだが、その結果には満足している。

福井校は今年国立福井大学附属中学に2名の合格者を出した。

全県で40名ほどという狭き門だが、去年に続き、今年は2名の合格者が出た。

神奈川の秦野市にある教室は、今年の高校進学者は5名ほどしかいないのだが、

3名は公立のトップ校へ進学する。

5名いずれも入塾時から大幅に成績を上げての受験だけに私たちも自信を深めている。

また、ベトナムホーチミンにあるKGグローバル校では以前の神戸大付属中学、

都立桜修館中学に加え、今年は国際基督教大学付属校、逗子開成高校に加え、

多くの公立トップ校に卒業生を輩出している。

この結果を見ると、予想以上の学習効果が出ており、今後もどんどんKGを出店させたい

と考えている。


とは言え、少子化の折、新しい教室を出店するのは非常に勇気のいることである。

成功を信じることができるのはやはりわが塾のマンパワーである。

もともと子供たちのことが大好きで、教えことに熱い人間が集まっている。

しかし、悲しいかな営業面は苦手な者も多い。

しかし教室運営法をきっかりと決め、地道に仕事をしていれば、今までにない

大きな学習結果が残せることがわかったわけである。

やはりこれからの塾は結果が問われることになると思う。

頑張る方向性ができたというものである。


この塾の方向性は少数精鋭である。

進学先や進学人数を上げれば、大手学習塾に比べれば微少かもしれない。

しかし、卒業生は少なくその割合は驚くべきものである。


「いわゆる塾の概念を覆す塾を作ろう!」

そんな掛け声から作られたこの塾、だんだん明確な形が見えてきたようである。

結果というのは自信を生むものである。

関わる仲間たちのモチベーションは高い。

| とよ爺 | わが塾 | 00:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
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