子どもたちのことを真剣に考えましょう。

身ひとつ
「身ひとつ、宵、獄に向かう。惨たるかな。医薬なく…」

「産医師、異国に向かう。産後厄なく、産に産婆、四郎二郎死産、産婆産に泣く。困るに母よ行くな、
 一郎菩薩で苦が続き、美菜子一人を小屋に置く…」

意味不明のこの二つの文章を皆さんはご存じだろうか?
これを知るものはあまり多くないと思うが、円周率の語呂合わせである。

「3.
1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 58209…」
時間がある人はこの二つの絶妙な語呂合わせを確認してほしい。

数学を教えていると、結構このごろあわせがある。
中3に平方根を教えるときにも、ルート2,ルート3,ルート5,ルート8、などは定番である。
しかし去年、私が面白おかしくそれを教えていたら、「それは邪道な教え方だから、そんな覚え方を
する奴は成績をつけない」と生徒に豪語する教員がいた。
その先生の主義なので、私はそれに対していろいろ意見を言うことは控えたが、
「何が行けない」「これが行けない」といろいろ制約してしまうので
勉強が面白くなくなってしまうのかも知れない。

平行根は置いておいて、上の円周率の語呂合わせなどは私に言わせれば芸術的で、
ほとほと感心してしまう。
むしろ数学を教えている身としては、面白おかしく工夫して子どもたちに勉強してもらおうという
思いが伝わってきて、何とも微笑ましくも感じてしまう。

大学受験のとき、私はずいぶん語呂合わせに助けられた。
例えば、『水兵さんのリーベは…』など永遠の名作だと思う。
『海はながれて、川にいる。…』、これは英語の定冠詞のtheの覚え方、私の中ではこれも名作。
古典でも、本家本元の歴史でもかなりたくさんの語呂合わせがあると思う。

私はこれをひとつの日本の文化だと思っている。
こういうものを否定しないで、どんどん子どもたちに教えるべきではないかと思っている。
私に言わせれば、これも一種の「先人の智恵」、頭から否定する必要はない。
こんなことで子どもたちが楽しく勉強ができれば、良いのではないかと思う。

こういうことに対しても、親たちが文句を言い、学校現場で使うことができないのなら、
何だか日本の教育はおかしな方向に走っているのではないかと思う。
教える方こそ、「ゆとり」を持った方が良いのではなかろうか?


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| とよ爺 | 数学 | 00:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
算数が危ない!
私が毎月購読している「プレジデントFamily」6月号に、「小学生の算数が危ない!」
という特集が組まれていた。 
その特集の中に基本的な問題の正答率が載せてあったのだが、
この結果を見ると私も危機感を感じた。

そこに書かれていたワースト8の問題と正答率は以下の通りである。
  4.3×1.3 = 43×(      )     正答率 11.8%
  679.2 を十の位で四捨五入  正答率 26.5%
  49ー4×(5ー2÷3×6)×2     正答率 29.4%
  837 × 957            正答率 29.4%
  5+1.5×(3−1/2×6÷3)    正答率 32.4%
  7÷2/5 = 7÷(ア)×(イ)     正答率 32.4%
  54 と 81 の最大公約数     正答率 32.4%
  72.3 × 0.631          正答率 35.3%
私たちが子どもたちを教えていて、確かに感じることなのだが、計算力は落ちている。
私の塾が「インド式数学」をいち早く取り上げたのも、この小学生たちの計算力の低下が原因だ。
昔の「読み・書き・そろばん」の全てがいまの子どもたちはできなくなっており、
だからといって、考える算数ができるわけでもないし、作文力や文章読解力があるわけではない。

「読み・書き・そろばん」という考え方があるのは日本だけではない。
以前、私が記事にした「3Rs」という考え方が根強く海外にも存在している。
どの国も非常な重要な項目の位置づけをして、言わば基礎教育の中心である。
しかし、日本は「ゆとり教育」という名のもとに、この「読み・書き・そろばん」という日本の伝統的な
教育まで1部を放棄してしまった。

あたかも外国ではこういう教育は行われていないようなことを言う者まで表れ、
日本の教育を支えてきた伝統をいとも簡単に放棄させてしまった。

、ァ↓Δ里茲Δ丙合算の不出来はまだ理解できるのだが、
 ↓ぁ↓┐里茲Δ粉靄榲な問題の不出来は小学生以降の勉強にも大きな影を
落としてしまうのは容易に想像できる。
新学習指導要領の改訂で、教科書内容や授業時間はもとに戻りつつあるのだが、
もう少し何を最優先順位でどういう風に教えていくかと言うことをしっかりしてほしいものだ。

いまの子どもたちに昔のように広い知識を植え付けていくような学習方法が良いとは思えない。
もっと基礎をしっかりと教えることが大事だと思う。
授業時間が増えると言うことは、学ぶ内容は増えると言うことのようだが、
このように基礎的なことの不理解を放置しておいて、
学習内容を増やすことはどうなのだろうと私は思う。
正直、文科省の認識を聞いてみたいものである。

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| とよ爺 | 数学 | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
私の数学授業感
私はうちの塾ではほとんど数学を教えている。
なぜ文系で外国語学部で勉強した人間が数学を教えているかというと、
私は英語を教えるのが上手ではないからだ。
特に中学生に英語を教えるのは大の苦手である。
では他の文系科目の国語や社会を教えるのがうまいかと言えば、それもあまり上手ではない。
では数学はと言えば、私自身は一応国立大を受験した経験があるので数学は勉強したが、
あまり数学力がある方だとは言えないと思う。
しかし、驚いたことに時として私の数学の授業はわかりやすいと言ってくれる教え子がいる。

今は週に数回しか授業をしないのだが、これでもかつて毎日授業をしているときには、
教えたほとんどの生徒の成績を上げてしまうと噂になったこともある。
しかし、私自身で思うのだが、確かに成績は自分でも驚くほど上げたのだが、
真の数学力がついていたとは、言えなかったと思う。

ではなぜあまり得意ではない数学を教えることになって、
なおかつ生徒たちの成績を上げれるようになったかと言えば、そこには大きな秘密がある。 

まずなぜ数学を教えるようになったかと言えば、私が塾を始めた頃は理系の学生は結構忙しく、
きっちりと企業に就職してしまい、ぶらぶらして適当に塾をやるような人があまりいなかった。
ゆえに文系の人間で出来そうなものがやるしかなかった。
加えて私が始めた頃は、メンバーの中で私がいちばん年下だったので、
「やれ!」の一言でやらされたように記憶している。
今のように「苦手です」とか、「無理です」とか、そんなことは通らない時代であった。

次になぜ教えた生徒の成績を上げられるようになったかと言えば、
元来、自信がない数学を教えると言うことで、生徒たちにその自信がない姿を見せたくなかったので、
授業を前向きに明るくするようにしていたからだ。

子どもたちはバカではない。
教えていけば、学校の先生に比べて実力がないことは簡単に見抜かれてしまう。
もちろん一生懸命勉強した覚えはあるが、授業はいつも前向きに、質問などをされて、分からなくとも
常に前向きに考えて、そういう姿勢をひとつも隠さなかったことが良かったと思う。

私は教える側がいつも前向きで楽しそうでないと、結局子どもたちはその教科を好きにならないと思う。
そういう意味であまり得意な教科でなかったからこそ、生徒たちと一生懸命勉強し、
私につられて子どもたちに勉強してもらえたと思っている。
逆に今は数学を教えることに慣れ、なおかつ教える内容が易しくなりすぎてしまって、
自分のでの前向きさが欠けているのかも知れない。

これを読んでいる人の中に、教えても教えてもなかなか生徒たちの成績が上がらないと悩んでいる人がいる
のなら、以前の私のようにとにかく明るく前向きに一生懸命教えてみることをお勧めする。
いくら格好を付けたって、いずれ実力は子どもたちに見抜かれてしまう。
そうだとしたら、そういう勉強に対する姿勢を子どもたちに植え付けた方が数段良い。
中途半端にしか学力のない私たちにとっては、そういう先生のほうが格段に生徒の信頼を得れると思う。

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| とよ爺 | 数学 | 00:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
問題の取り組み方
私が生徒たちを数学を教えていて、教えはじめの頃とまったく異なる感覚を持っているものがある。
それは生徒たちが良く言う「いま頭の中で考えているんだよ」と言うセリフである。
この間、買ったプレジデントFamilyにも同じようなことが書いてあったのだが、
若い頃と今ではその言葉に対する対処が私の場合、180度変わってしまった。

若い頃は数学は思考の学問であると決めつけ、一生懸命考えることは良いことだと思っていた。
そして考えることを奨励し、授業をそのために止めたことすらあった。
とにかく教え初めのうちは、それが数学力を伸ばすいちばんの方法だと思っていた。
しかし、数ヶ月それを続けても、子どもたちの数学力が一向に伸びていかないという現実に突き当たった。
「自分はこういう職業に向いていない」と心底悩んだものだ。 

悩んだ私は数少ない成績が伸びている生徒を一生懸命観察した。
最初は闇雲にそういう生徒を見たり、勉強の方法などを何度も聞いたりした。
最後には「自分の授業はわかりやすいと思えないけど、
役に立っているのか」などと恥を忍んで聞いたこともあった。
そしてほとんどの生徒が「そんなことはないよ。結構わかりやすいよ」と言ってくれた。

そうして悩んでいると、生徒たちを見ていて気づいたことがあった。
「頭の中で考える方式」ではまったく数学力がつかないと言うことであった。
成績を伸ばしている生徒は必ず何かをその時間にやっていた。
例えば何度も見直ししたり、確かめ残をしたり、教科書を読んだり、問題集の例題を見直したり、
ボケッと考えていることが非常に少なかった。
そして自分の出来るあらゆることをしても解けない場合、質問をしてきたり、私の説明を必死でノートし、
何度もそれを勉強してものにしているようだった。
「頭の中で考えている」というのが、
単なる子供の逃げで思考が停止していると言うことに私は気づかなかったのである。

それから私は授業中の考え方を変えた。
終始身体や手を動かして考えることを奨励し、それがしっかり出来ている生徒を褒め称えた。
中には「数学の授業がきつくなった」とか、「先生の言っていることには意味がない」という生徒もいたが、
その結果が学校のテストにおいて顕著に表れてきた。

それを私が続けた結果、「頭の中で考える方式」がいちばん有効なのは
一部の優秀な男子生徒に限ることがわかった。
もちろんそういう生徒は滅多に現れない。
私は30年以上、この業界で数学を教えているが、まさにそういう生徒だと思ったのは2人しかいない。
その2人には共通な部分があり、説明すると長くなるので省略するが、
ここ10年はそういう生徒にはお目にかかっていない。

ゆえに「頭の中で考えている」と子どもが言ったときは、ほとんどが思考が停止するので注意した方がよい。
何もしないというのは子どもたちにとって、いちばん楽な問題の取り組み方だ。
ダメ元で頑張っている生徒がとにかくいちばん伸びる生徒だと思うことが
私と同じ過ちを起こさないいちばんの方法だと私は思っている。

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| とよ爺 | 数学 | 01:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
数学の中の不可能
私は去年も、中1たちに作図を教えたのだが、
作図が不可能だと言われているものが数学にはあるそうだ。(「博士がくれた贈り物」東京図書より)
その3つの作図問題に、いまだに挑戦する人が後を絶たないようだ。
そういう挑戦心は私は大事だと思うのだが、この文章を書いた数学者の菅原邦雄さんは
不可能だと証明されている数学の問題を解くことは無駄だと仰っている。
それが不可能だと論理的に証明するのが数学だからなのだろう。

その3つの作図問題とは以下のようなものだ。
※定規とコンパスだけを使って作図せよ。
1)任意の立方体の体積の2倍の体積を有する立方体を求めよ。
2)任意の角を3等分せよ。
3)任意の円と面積の等しい正方形を作れ。
悲しいかな元来理科系頭ではないこの爺に言わせれば、2)などは可能かななどと思ってしまう。
しかし、どれも不可能と証明されたものだという。

ではその根拠は何かと言えば、3次式で表されるものは作図ができないというものらしい。
例えば、1)などは立方体なので何となく想像が付くが、そのほかの問題はなぜだろうと思う。
菅原さんに言わせると、直線は1次式、円は2次式となり、
その解を求めるには一次方程式と二次方程式の解となるので三次方程式の問題になるというのだ。
私のようなバカ爺には全く訳の分からないことで、つくづく頭の良い人は凄いなと思う。

こんな事を思うと、やはりわたしが教えるのは中学生止まりだとも言えるようだ。
私自身がこれくらいの程度なので、どうやったら易しく問題が解けるのかを突き詰めるわけだ。
中学生レベルではその方が良いのかも知れない。
例えば、上のような説明を生徒たちにしても、「自分だけ分かって、良い気持ちになっている」などと
言われるのがオチのような気がしてくる。

私のように「不可能なことを可能ではないか」と考えることがロマンのような気がして、
自分自身に酔っていること自体、典型的な文系の資質なのだろうか?
ゆえに数学が出来る人は本当に優秀な人だと思うのだ。
私には死ぬまでなれないことが分かっているのだが…。

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| とよ爺 | 数学 | 02:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
ノーベル賞と数学
皆さんはノーベル賞に数学部門がないのをご存じであろうか?
それにはいろいろな説があるのだが、当時のスウェーデンの数学の大御所ミッタク・レフラーと
ノーベルが非常に仲が悪かったという説がいちばん一般的な説です。
そんなことを考えると、ノーベル賞が色あせてしまうような気もしますが、
数学にもノーベル賞に匹敵する賞があります。

カナダ人の数学者にジョン・チャールズ・フィールズという人がいます。
彼は非常に優秀で、かつ社交的な人でした。
1924年に初めてヨーロッパ以外の地、カナダで第七回国際数学者会議が行われました。
カナダでこの会議が行われたこと自体異例で、いかにフィールズの人品が優れていたか分かります。
そして第九回の準備会でフィールズは国名や個人名をつけない賞の創設を提案しました。
その後彼は倒れ、この世の人ではなくなってしまうのですが、自分の遺産を同僚に託していました。
そして、第十回の会議からフィールズ賞が生まれました。
先に挙げたミッタク・レフラーともフィールズは深い友情で結ばれていました。

そんなわけでフィールズ賞は数学のノーベル賞と言われています。
そのフィールズ賞、ノーベル賞にない決まりがあります。
年齢が40歳以下と決まっていることです。
それはフィールズの考え方に基づき、
それまでの業績の評価と将来の激励を含めるという意味から来ているのだと言います。
そういう面ではフィールズ賞は非常にユニークな賞だと言えるでしょう。

日本人の受賞者は3人。
第14回(1954年)に小平邦彦氏、第16回(1970年)広中平祐氏、
第21回(1990年)に森重文氏が受賞しています。
国別ではアメリカ11名、フランス9名、イギリス7名、ロシア7名、やはり欧米が強いようです。
ちなみに賞金は200万円、ノーベル賞の50分の1ですが、
数学を志すものにとっては大きな勲章と言えるでしょう。

江戸時代、当時は世界一と言われた日本の数学力もこの賞ではマイナーのようです。
フィールズもノーベルも生涯独身で過ごしました。
そういう面では彼らの遺志のあり方は共通しています。
数学が大好きな人は、このフィールズ賞を目指したらどうでしょうか?
年齢制限がある限り、若者の特権であることに違いありません。
先日、私はこのブログの記事で「数学が役に立つか、立たないか」という記事をアップさせましたが、
少なくともノーベル賞に数学部門がないのは、役に立たないからではなさそうです。

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| とよ爺 | 数学 | 00:19 | comments(4) | trackbacks(0) |
「答えが合っていれば、良いでしょ」
「答えが合っていれば、良いでしょ」、この言葉、数学を教えていると、よく聞く言葉だ。
塾の講師でも、学校の教師でも、「答えが合っていれば、良いんだからさあ」などと言う輩もいる。
私はこういう考えに凝り固まった生徒や教える者たちを見ると、その子の数学力も付かないし、
教えている側も子どもを伸ばせないと直感する。
そういう人たちは私に言わせれば、元来数学が嫌いな者たちだからだ。 

恥ずかしながら、文系だった私もそんなことを思ったことがある。
それは自分自身が学生だったときにも、塾の講師をして間もない頃にも経験している。
結果、学生時代には文系に進み、塾講師としてもあまり子どもを伸ばせずにいた。
むしろそんな風にひらめいている子どもは数学的なセンスがあると思い込んでいた。
しかし、塾の講師としての経験を積めば積むほど、それが間違いであることが分かった。

特に小学校時代はとても危険な考え方だ。
よく難しい計算や文章題を、グジャグジャした余計な計算は書かずに、答えだけを綺麗に導く生徒がいるが、
そういう子をよく観察していると、中学後半から高校にかけて失速してしまう場合が多い。
小学校のときの印象から、センスがあるのだから、やれば出来るはずなのだが…などと思いこんでいる。
しかし、そういう生徒ほどできないものなのだ。

中学後半の数学はもちろん難しくもなるのだが、忘れてはならないことは面倒臭さも加わっていく。
小学校の時にそういう解答を作った子供のほとんどは実は面倒くさがり屋が多い。
そういう子供だからこそ、中学後半以降の数学の面倒臭さに負けてしまう。
面倒臭さの極めつけの高校の数学など、よつに組んで解くはずがないのである。
ゆえにこういう考えを小学校時代から持たせるのは大変危険なのである。

ゆえに「答えが合っていれば良いんだからさあ」などと言う講師や教員は
私に言わせれば非常に無責任である。
子どもたちがまかり間違えば、そういう危険性を持っていることを十分注意していなければならない。
私に言わせれば、こういう人に限ってそういう配慮が出来ていない。
教える者の力量で、子供の可能性を取り上げてしまうこともあるのである。
それを事もあろうに、「あいつが真面目に問題に取り組まないからだ」などと、中学に入って子供のせいに
してしまう飛んでもない者がいるが、そういう者こそ、真摯に勉強をしない。
私はそういう者が最近増えてきていると思っている。

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| とよ爺 | 数学 | 01:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
数学語
プレジデントFamily plus 「日本一やさしい算数の授業」という雑誌にいまやベストセラー作家になった経済
評論家勝間和代さんの「数学感覚レッスン」という記事が載っていた。

私はその記事の副題、『「日本語」や「英語」と並ぶ「数学語」が存在するのです』というのを見て、
思わず興味津々にその記事を読んでしまった。

いろいろな事が書いてあったのだが、私がいちばんなるほどと思ったのは、
数字を使うと、イメージがより明確になるという話である。

勝間さんはそれをスイカを使って説明している。
単に「スイカがある」と言うよりも、「8kgのスイカがある」と言った方がよりそのものを
イメージしやすいと言う話である。 
それは黄色いスイカとか、細長いスイカと言っているのと同じような読む側のイメージを明確にすることは
確かで、勝間さんのような厳しい経済の世界で生きてきた人ならではの数字に対する感性である。

それにしても「数学語」という考え方は面白い。
数字からいろいろなことがイマジネーションできると言うのである。
そのわかりやすい例として、勝間さんは面白い話を挙げている。
 都内の一等地にあるレストランに入ってメニューを見ると、ランチが860円と手ごろな価格だったとします。私は、「料理のクオリティーはたいしたことはないだろう」と予測し、その店に入ったことを後悔することになります。というのも、「一等地」なのに「860円」という価格設定では原材料費がかなり抑えられているからです。
 このように数字は、コミュニケーションを円滑にするだけではなく、物事を予測したり、正しく理解するために不可欠なのです。
そして、だから「数学が苦手」という人は「言葉がわからない」というのと同じ事だと書いている。
また数字は子どもにも、大人にも、日本人にも、外国人にも、世界共通な言葉だとも書いている。
ゆえに算数・数学の勉強はとても大事な勉強だと言っているのだ。

インド式計算の講演をそこいら中でやっているとき、インド計算をやると、漢検の合格率が上がると話したが、
こういう文章を見ると、数学は結構いろいろな教科にも影響すると言うことがわかる。
インドの話ばかりで恐縮だが、いまや世界一の数学国となったインド人は非常に語学が堪能な人種である。
私はこのブログで、国語力不足は全教科に影響すると何度も書いているが、
数学力不足も全教科に影響すると言えそうだ。

昔の人は、読み・書き・そろばんを非常に重視したが、やはり間違ってはいなかったようだ。
これからの子どもたちはぜひ「数学語」を身につけて欲しいものだ。

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| とよ爺 | 数学 | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
一発逆転の教科
数ヶ月前、多くの受験生たちが「たった1点」に泣いた。
泣いたと言うよりも、「たった1点」で振り分けられた。
2002年以降、子供たちの学力は明らかに低下し、学習する内容も易しくなった。
しかし反面、学力を有する者の選択肢はリスクを伴うが広くなった。
要するに入試で逆転できる範囲が広がった。

うちの塾は先月から、入試点数の分析を徹底して行っている。
昨年度は入試が易しくなり、平均点は年々上がる傾向にあるようだ。
しかしその中で突出して平均点が上がらないのは数学である。
入試で大逆転を起こすには、数学において高得点を取る必要がある。

先日、講談社の出している「16歳の教科書」という本を読んだ。
その中で「計算力の達人」と言われている塾講師鍵本聡さんが面白いことを書いていた。
氏は数学のことをホームラン科目と呼んでいる。
例えば入試科目が英語・数学・国語の場合、英語と国語は守備力とヒットの教科と位置づける。
確実にしっかりと点数を重ねていくことが望ましい。
勉強も同じで、基礎力と広範な知識が必要になる。

反対に数学は一発狙いが可能である。
要するに入試一辺倒の勉強を数多くやれば、他を圧倒するような点数を取れる場合があるのだ。
ゆえに数多くの入試問題を何回も解く学習がいちばん近道なのだ。

数学に関しては、覚えるべき事は主要5教科の中ではいちばん少ない。
独学がいちばん難しい教科と言われているが、易しい問題を解くだけであればそれほど難しくはない。
自分で一生懸命勉強して、私たちのような塾講師や学校の数学の先生にわからないところを教えてもらえば、
十分入試問題に当たっていくことは可能である。
最初は10点でも一向に構わない。
次に12点を取ることがいちばん大事なことだ。
問題を解き始めるのが早ければ早いほど、高得点を取れる可能性は増える。
1日3時間も4時間も勉強する必要はない。
入試問題を50分くらいかけて解いて、答えを見て答え合わせをすればよい。
そのうち、「なんて数学の問題って、同じようなものが出題されるんだ」とわかるはずである。
それがわかれば、点数は飛躍的に伸びていくはずだ。
夏休み中に満点をバンバン取ることも、実は可能な教科である。

数学ほど勉強時間が少なくて、他の受験生に差が付けられる教科はない。
「頑張ってみよう」と言う人は数学でホームランを狙い、大逆転をして欲しい。
イチロー選手の通算安打数      3170本
「とよ爺のつぶやき」の記事数    3076稿
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| とよ爺 | 数学 | 01:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
八算
私は以前、インド式数学のテキストを書いた。
なぜ私のような者にそういうオファーがあったのかと言えば、インド式九九の勉強をブームになる以前から、小学生の授業に取り入れていたからだ。
しかし、今のようにたくさんのインド式数学本が出ていない時代にどのようにして適すと内容を考えていたかと言えば、和算の考え方がずいぶん参考になった。
確かにインド式が優れている計算も存在したが、はるかに和算や西洋数学が優れている部分もあり、少なくとも私の塾で使っているテキストはその良いとこ取りのテキストなのだ。
インドの数学に大きな影響を与えたのは実は日本の「九九」である。
「九九」自体は中国から伝わったものであり、万葉集の中に登場したりもしている。
しかし、語呂で覚える日本の「九九」は非常にユニークなものであり、そういう面では本家本元の中国を上回っていたのかも知れない。

江戸時代の寺子屋に戻ると、子どもたちが「九九」と同じく覚えたものがある。
これが上の図にある「八算」というものである。
こんな事を考えれば、昔の子供の学習レベルは今の子どもたちよりもはるかに高かったのかも知れない。
「ゆとり教育」が導入される我が国の議論で、今の子どもたちは勉強しすぎでかわいそうだと言う考えが
あったようだが、昔の子どもたちの事を考えると、家の手伝いその他などがた沢山あったわけなので、
少し今言われているように、「勇み足」だったのかも知れない。

この「八算」、非常によく出来ているだけに今の時代に受け継がれなかったのは非常に残念である。
                        (「子どもたちは象をどう量ったのか?」西田知己著:柏書房参照)

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| とよ爺 | 数学 | 00:14 | comments(0) | trackbacks(1) |
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