子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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友人の相談
「結構、ズバズバ言われちゃったな」
「気を悪くしたのなら、許してくれ。友達なんだから、隠し事なしで行きたかった」
「お前は本当に子どもたちが好きなんだな。まるで自分の子どもみたいな感じだった。プロは違うな!」
「バカを言うな、いつもこどもたちを見ていると誰でもこれくらいのことは考えるさ。親子関係、子育てはさ、やはり永遠の人間のテーマだと思うよ。子孫は繁栄しなくちゃならないし…」
「そうだな、俺たちもそれが面倒くさくなっていたかも知れない」
「いやそれは違うよ。面倒くさくなるくらい考えていたんだよ。それが本来の姿さ。要するにお前たち夫婦にはまだまだ可能性が残されていると言うことだよ。だから、ズバズバ言ったんだ。いやズケズケかな」
「有難いと思うよ、でもな実際になると難しいこともあるな」
「ああ、でもな大事なことはな、子どもたちの将来をもっと夫婦間で話して、夫婦間で思ったことを素直にわが子に伝えてみることだよ。決して子どもたちに生き方を強制するのではなく、『お父さんと、お母さんはこう考えている』ってね。それで良いと思う。親だって、子どものためにいろいろと我慢をしているのだからね。まして、お前のいる世界なら、俺と比べものにならないくらいの我慢をしているだろ」
「そんなことはないさ、社会に出ればみないっしょさ」
「そうか、俺は結構恵まれてるんだ。むしろそれを守るために、1日でも長引かせるために苦労しているかも知れないんだけどね」
「要するに幸せってことか?」
「そう幸せってこと」 
「俺たち学者は本当に狭い世界にいる。世の中の人は学者バカと言うが、本当にそう思うよ」
「でもな、そういう世界に入れること自体が選ばれた者なんだ。俺たちは食うがためにもっと自分のテリトリーを広げ、その世界に媚びていかなければならない。そういう意味では自分のアイデンティティーを簡単に捨てなければならないんだ。でもおまえは違うじゃないか。少なくともお前は俺の学生時代にはいちばん優秀な奴だった。誰よりも努力していたし、誰よりも多くを我慢していたと思う。ゆえにそういう時期があったと言うこと、俺自身が何も考えていないときに一生懸命目的意識を持って努力していたこと、それは尊敬に値することなんだ。もっと自信を持ってくれよ」
「そう言われると、気が楽になるよ。今日は本当にありがとう。今後も何かあったら、アドバイスしてくれよ」
「それは構わないよ。こっちもお願いがある。実は俺はブログを書いていてな、お前と同じようなことで悩んでいる人がいるかも知れない。だから今日のことを書いても良いか?」
「もちろん良いよ。実名は勘弁してくれよ」
「当たり前さ。じゃあ今日はごちそうさまでした。君の子どもたちがスクスク成長するように祈っているよ」
「ありがとう。じゃあまたな」

1時間以上にもわたる友人との話はこれで終わった。
私の印象からすれば、彼は学生時代と同じ生き方をしている。
自分の迷いに関して、正面からぶつかり、それを自らの力で解決しようとしている。
数十年ぶりにあって、なぜか私の職業を知っていて、相談に乗ってくれと言うこと自体、
彼が悩んでいる証拠である。
そう言う真面目で実直なところは40数年ぶりとは言え、何も変わっていなかった。
おそらくこれら夫婦はこれからもしっかりと子育てをしていけることだろう。
彼に対する私の尊敬の気持ちが前にも増して増大した1時間だった。
                                                       (終わり)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
友人の相談
「なぜ高校に進学するのか、お前の子どもと話したことはあるの?」
「それはないな」
「君たち夫婦の話を聞いていると良い大学に進学するために高校に進学するみたいに聞こえるけど…」
「きれい事を言えば、いろいろ言えるけどでも実際にはみんなそう思っているんじゃないか?」
「もちろん親だからそれなりの良くはあるさ。でもなそれは親の気持ちの中のことだ。最終的にはわが子にそれを押しつけることなんてできない。彼らの人生は彼らのものであって、親のものではない。もし本気でそれを考え、子どもたちの押しつけようとするのなら、彼らの人生自体を親が否定し、メチャメチャにしたことになる。よく考えてくれよ、所詮、親は子どもより先にこの世の中から消えてしまうんだよ。自分の人生を親の考え方に依存して生きてしまっていたら、どうなってしまうか分かるだろ。そんな子どもに絶対に育ててはいけないと思わないか?」
「そうは言うけど、社会がそれは教えてくれるんじゃないか?」
「だったら、社会が教えてくれることを前提に学校選びをしたら…。少なくとも中学校はそういう視点で選んだんだから…。だってお前のうちの経済状況だったら、中学から私立に行かせることはできたんだろ」
「ああ、できたね。でも公立を選んだ。私と女房で相談してね」
「だったら、なぜ高校はできないんだ?」
「いやだから、中学と同じように夫婦で良かれと思う道を子どもに示したんだ」

やはり友人は致命的な間違えをしていた。
子どもの成長を自覚していない。
小学校6年生の自我と中学校3年生の自我とはまったく違う。
それをもちろん日々の生活では感じているはずだし、将来生きていく上で、いかに目的意識が
重要なのかを分かっていない。 
要するに小学校ときにはその目的意識は親が与えることができるのだが、中学生になったら、
それは自分自身で発見しなければならないのである。
そう言っている友人もおそらく自分自身で目的意識を持っていたから、難関大学に進学し、
今の職業に就いているはずである。
自分の人生においてはおそらく迷わず、何の疑問も持たずそうしてきたと思う。
しかし、わが子に対してはそれができないのは私に言わせれば不思議以外の何物でもない。
所詮、彼は私とはまったく違う世界に住んでいる。
考えるベースが違っているのかも知れない。
もっとも私自身がノーマルだとは思っていない。
私自身、ずっと子どもたちの中で人生を過ごしてきた。
一般の大人たちが当然持っている常識は私の中には全くないのかも知れない。
私の思考回路の中にも、大人の常識を子どもに押しつけてはいけないという考え方がある。
時として、それは誤っている場合があることは認めざるを得ない。
そういうことを考えると決して私の考えが正しいとは限らない。
しかし、このときはしっかりと自分が思うところを言わなければならないと考えていた。

「難関大学に進学させたいのなら、君の子どもたちにそれなりの目的意識を植え付けなければならないよ。もちろん学校や社会がそれを導いてくれる場合もある。しかし、それに関しては子どもの年齢によっても違うが、親がいちばん大きなファクターになることは間違いない。君たちは私立にやることで、それを全部ではないが、学校に依存しようとしていないか? それは大きな間違いだと思う。受験の成功は本人の目的意識如何である。親は全身全霊でそれを子どもに教えなければならないんだ」
                                                     (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
友人の相談
「それからな君の考え方にはもうひとつ問題がある。」
「まだあるのか?」
「ああ、ある。もしかするとそれは君が問題なのではなくて、君の奥さんに思い込みがあるかも知れない。良くあることなのだが、注意した方が良い」
「なんだよ、もったいぶらないで教えてくれよ」
「君たち夫婦は公立はダメで私立が良いと思いこんでいないか?」
「それはあるかも知れない。でも世間のほとんどがそう思っているんじゃないか?」
「確かに私立は独自の学校運営をして、結果を出している例が多い。でもな、結果が出る子が全員というわけではない。いくら私学に行っていたって、ダメな子はダメなんだ。それは子ども次第、子どもが向学心に燃えていれば、私立も公立も関係ない。学校で子どもや進学先が変わるわけではない。子どもたちがどう学校を利用できるかなんだ。どちらが向いているかは分からないぞ。よく私立に入れたから大丈夫と言う人がいるが、そういう人に限って、思うようにはなっていない。私立も公立もその子にあった学校を選ぶのが最善だ。まして君の子どもは結構優秀なので、高校時代の過ごし方によっては十分、君の母校には入れる可能性もある。逆に学校を間違えると、今よりどんどん坂道を転げ落ちるように成績が下落していくこともある。学校は慎重に選ばなければならない」

私も塾をやっていて、「学校もお金をかけて私立にやったのに、結局、公立に行ったのと変わらなかった」 
と言うような話を良く聞く。
そういう人の共通点は『私立にやったのだから、何とかしてくれるだろう』とわが子の進学を任せきってしまう。学校がどこに行こうが、親としての役割はあるはずなのにそれを学校に委ねてしまう。
子どもはそれを肌で感じるわけで、それが良く作用するわけがない。
要するに「自分の親は何でもお金で解決しようとする」などと思ってしまうのである。

私も2人の子どもを1人は私立、1人は公立にやった。
サービスという点では比べものにならないくらい私立の方が優れていた。
だからと言って、大学を考えると私立の方は浪人し、やっと引っかかってくれた大学に進学し、
公立の方が現役で第1志望に合格した。
世の中の人の見方からすれば、まったく逆といった感じである。
しかし、だからと言って、私立に行かせたことを後悔しているわけではない。
子どもは私立高校での学生生活をエンジョイしていた。
学校は受験のためにあるわけではなく、自分の人生を彩るためにあるのである。
単に受験だけで学校を決めるのはナンセンスだし、わが子の人格を否定することでもある。
親だったら、自分の子どもの生活や状況を把握しているはずである。
親でなければ分からない、本人すら分からないこともある。
そういうことをしてあげられる、言ってあげられるのも親だけ。
進路決定において、いちばん親の重要な役割はそれなのである。

「お前はさ、私学と決め打っているようだけど、そういうこと自体、親のやるべきことを放棄していることだぞ。それだったら、なぜ中学は公立にやったんだ?」
「いろいろな友達を作って欲しかったし、いろいろな同胞を見て欲しかった。それが将来、子どもたちの糧になると思ったからだ」
「それは十分筋が通った考え方だ。ではなぜ高校は私立なんだ?」
「それは公立はのんびりしていて、うちの子どもはもっとビシビシやらなければダメだと思うからだ」
「お前、学校は人格を育成するところであって、受験の訓練をするところではないぞ!」
「それは分かるけど、今のこどもたちを見ていると…」

明らかに友人の話を聞くと、子育てに自信をなくしている。
子どもが思うように行かないのは、その親の自信の無さが出ていると私は思った。
                                                        (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
友人の相談
「それからな、もうひとつ感じることがある。それは君たち夫婦は責められないし、子育ての難しさゆえ、いろいろな人が迷い込んでしまうパラドックスだ」
「何だよ、もったいぶらないで話してくれよ」
「君たち夫婦は悩みすぎてしまって、われを失ってしまっているように見える。要するに子どもたちに対して、揺るぎないものが見つけられない」
「そりゃそうだよ、だから相談してるんだよ」
「だったらさ、賢い子どもの親はそういうときどうすると思う?」
「わからない、教えてくれよ」
「それはな、徹底的にその揺るぎないものを見つけ出そうとしてるんだ。それも半端なく突き詰める。逆にダメな親はそれから逃げて、安易にすぐ手に入る情報に頼る。情報なんて言うものは所詮他人が作ったようなものだ、しっかり君自身にフィットするはずがない。結局、君はそれに気づき、次の情報にとよろうとする。分かるかな、そんなことを繰り返していると自分自身がなくなってしまうんだよ。そうなったら、お前自身も戻れなくなってしまう。そうなったら、悲劇だよな」
「そうだな、そう言う部分はあるかも知れない」
「奥さんはどうだ?」
「女房はなおさら女だから、そう言う情報に左右されやすいと思う。特に志望校のことなんかはいろいろな情報を集めて、決めたような感じだ」
「君たち夫婦はなまじっか賢いからそうなってしまうんだ。エリート夫婦には良くある話さ」

こういうエリート夫婦は得てしてまわりの情報を重視する。
重視すること自体、悪いことではないのだが、エスカレートしてしまって、我を忘れてしまう人も多い。
そうなると手が付けられなくなってしまう。
例外なく、そう言う人たちは思い込みが激しく、他人の言うことも聞かない。
そうなるとまわりも何も言わなくなる。
要するにどんどん深みにはまってしまうのである。
この友人の場合、その情報を疑ってかかると言うことが全くない。
例えば、志望校にしても、「自分の子どもにその学校が合っているか」「という視点がない。
こういう一方的な志望校決定はこどもたちを追い込むだけである。
しかし、自分たちがこどもたちを追い込んでいることすら、気がついていないのである。
そうなると正直、手が付けられない状態である。
本当に困ったものである。

この友人の場合、これに関しては気がついているようだった。
「自分よりも、女房の方がその傾向が強い」と友人が行っていた。
夫婦の両方がそうなってしまっていると手の付けようがないのだが、父親はかろうじて残っているようで
こういう状況だったら、解決できると私は感じた。
ゆえに友人に次のように言った。

「お前の嫁さんの話を聞く限り、どうもまわりに情報に振り回されている。わが子にあった学校、わが子がどういう学校に、どういう方向に向いているかをもう一度考えて、志望校を決定した方がよい。そう決めれば、自然と子どもたちとの会話も増える。まわりの話を聞くよりも、まずは子どもたちの話を優先することが大事だと思う。この順序は絶対に守らなければならないと思う」
                                                       (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
友人の相談
『自分たちが優秀だから、自分の子どもも優秀なはずだ』という思い込みを指摘し、
注意を促したのだが、まだまだ思うところがあるので私は続けた。 

「次にな、思ったことを言うぞ。言う前に質問だが、今まで親として、お前の子どもたちにどういう教育をしてきた。それは非常に大事なことなんだ」
「やれることはやってきたつもりだよ。小さい頃から、英語を習わせ、芸術関係の習い事も本人たちが望んだらやらせてきた。学習塾も本人たちが行きたいといったので、小学校の時から通わせているよ。人並みのことはやらせていると思う」
「要するに知育教育はしっかりとやってきたと言うことだな」
「そうだよ、だからもっと勉強ができても良いと思うんだ」
「それが間違っているんだよ。このままで言ったら、間違いなく、君の思うように子どもは育たない。自分がどういう風に育てられたか考えたことはあるの?」
「それはあるよ、良く自分の親のことは考える」
「どこが違う?」
「そうだな、うちの親は昔の人だから、結構厳しかった」
「それを君は実戦しなかったの?」
「ああ、だってああいうのは今は流行らないからね」
「子育てに流行なんてないよ。正しいか、間違っているかだけだ」
「そんなことを言うけど、現代風というのはあるだろ」
「ないね、そんなものは真実はひとつだけだ」

こういうタイプの人は子育てに理屈を付ける。
その友人の親御さんがまず考えることは社会に入って、1人で生きていけるようにすると言うことだろう。
子育ての中でもっとも優先すべきはそこなのである。
「良い大学に行って、良い会社に入る」、それは目的であって、最初に子どもたちに植え付けるものではない。

では何を植え付けるべきか?
それは知育ではなく、間違えなく躾である。
その前後を間違えると、思わぬ方向へ子どもたちは転がっていってしまう。
昨今の親たちはそれを分からない人が多い。
それは非常に困ってしまうことである。

「お前さ、お前たち夫婦はエリートだからかも知れないが、子どもにとっていちばんやらなければならない教育は知育教育ではなく、躾なんだぞ。それが子どもたちの社会性を作ってくんだ。社会性が育つから、勉強の大事さも分かる。社会性を育まないで、知育もくそもないぞ。そう言う基本的な考え方が間違っている」
「それなりの礼儀はあると思うよ」
「だからさ、お前の話を聞く限り、それは子どもたちが偉いんだよ。親がいなくても、子どもは育つという奴だ。公立中学に入学させて、いろいろなこどもたちを見せた問うことが正解だったかも知れない。子育ては単純ではない。やはり子育ての基本は守らなければならないんだよ」
                                                       (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
友人の相談
「まず、お前の話を聞いて、いちばん感じることがある。話の端はしに俺たち夫婦の子どもなのだから、優秀なはずだという思い込みがある。それは大きな間違えだと自分は思う。そもそも子どもというのは家庭環境に左右される。君たち夫婦が優秀だったのはもしかすると君たち個々の努力は否定しないが、君たちを取り巻く、家庭環境が非常に素晴らしかったと言うことがあるだろう。君たち夫婦の思うようにわが子が育たなかったら、まずは家庭環境を考えるくらいでなければ行けないと思う。子どもが思うように行かないのは子どものせいと言うよりはむしろ親が原因していると思わなければならない。君の言葉からは、そう言う思いが感じられない。それでは子どもたちがつらいだけだと思う」
「私たち夫婦もそれなりに考えていると思うんだけど…」
「君たちにとってはそうかも知れないが、問題は君の子どもたちがどう感じているかだよ。そう言うことを子どもたちと話し合ったことがあるのかい?」
「俺は分からないが、おそらく女房はあると思う」
「俺は君に聞いているんだよ。子育ては母親だけのものではない、夫婦でするものなんだよ」
「でもな、俺だってこうやって悩んでいるし、子どもたちのことはしっかりと考えてるよ」
「何も自慢げに言っているんだ。ほとんどの親がそうだよ。でもなぜそのほとんどの親の中で、優秀なことそうでない子ができるってことを俺に聞いているんだろ。そう言うところがおかしいんだよ。厳しい言い方をするが、君は自己満足をしているだけなんだ。なおさら君の子どもが可愛そうになってきた」
「おいおい、結構手厳しいことを言うな」
「だからさ、友達だと思うから、思ったことをストレートに言っているんだ。俺だって、波風を立てるようなことは言いたくないよ。でもな君の子どもたちに真正面から風を切るように進んで欲しいんだ。だから、ちょっと心苦しいけど言っている。悪く思うなよ」 

こういうエリート夫婦の子どもの中で、なかなか思うように子どもが優秀にならないと言うことは
結構多いものである。
逆に親の遺伝か、もの凄く勉強ができる場合もある。
長年塾をやっているとその双方の例を私はいやというほど見てきている。
その私の経験値の中で、思うように伸びない子どもは常に親がプレッシャーをかけ続けていて、
潰されてしまっている場合が多い。
いくつか顕著な原因があるのだが、一番多いのはこのタイプである。
また言えるのはこういうタイプは結構頑固である。
まわりから、そう思われていても、直接言われないので、どんどん感受性が麻痺していく。
その結果、子どもは軌道から外れてしまう。
この友人の場合、子どもたちはまだ軌道を外れているとは言えない。
ゆえに今がチャンスなのである。
私はそういう意味ではっきりとした口調で少々厳しいと分かっていたが自分の意見を述べた。
聞いている方はある意味、不愉快そうにも感じたのだが、不愉快になると言うことは
少し感受性が麻痺しはじめているのである。
逆にこういう状況の中で、まだ子どもたちが潰れていないと言うことは子どもたちが偉いのである。
そう言う思考回路を持たない限り、子どもたちは親の思っているようにはならない。
むしろ親は反面教師になり、親の意向とまったく逆に走ってしまうことも少なくない。
そう言うことをしっかりと認識しなければならないのである。

「お前さ、子どもたちに対して感謝の気持ちを持ったことがあるかい?」
「ああ、ないわけじゃないけど、俺は親だからな、向こうも感じて欲しいよ」
「あのな、子どもと親は鏡みたいなものさ。お前が感謝の気持ちを持てば、向こうも持つんだよ。お前が向こうがそう思ってくれないと感じるのなら、お前自体も子どもたちへの感謝の気持ちが足らないんじゃないの。俺はそう思うよ」

この頃になると、もう私の方が一方的になっていた。
まだまだ私の話は続く。
                                                        (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(4) | trackbacks(0) |
友人の相談
「じゃあ、まずお前の子どもたちについて話を聞かせてくれ」
「うちには2人の子どもがいる。上は中学3年、下は中学1年だ。上が男で下が女」
「おうそうか、うちもまったく同じだよ。上が男で下は女で二つ違いだ」
「学校の成績は2人とも学年で10番前後、上の下と行った感じだ。夫婦で話し合って、2人とも公立の中学校に行っている。しかし、高校からは受験のことを考えて、私立に行かせようと思っている。東京には優秀な学校が多いからね。家の近所にも結構良い学校がある。問題は今のままでは合格できないかも知れない。特に上は中3だから、夏休みに相当伸びてくれないとダメだ。でもな、親が言うのも何だけど、結構2人とも優秀だと思う。やれば必ずできると親は思ってるんだけど。まあ、俺たち夫婦のこだから、それなりだとは思うんだけど…」
「小さい頃はどういう風に育ったの?」
「普通だと思うよ。でも結構、夫婦で勉強して、知育などは特に熱心にやらせてきたつもりだよ。それでいろいろなことに興味が持てるようになった。ただ、2人とも俺たちが結構歳を取ってできた子だから、甘やかしすぎたのかも知れない」
「そうか、進学のことだけどさ、どういう理由でその学校に行かせたいの?」
「いろいろ調べてみると、進学実績も良いし、うちの子どもはのんびりしているから、少し厳しくやってくれる学校の方が良いと思って、女房といろいろな情報を集めて、本人に勧めてるんだ」
「本人はなんて言ってるんだい?」
「私たちの話を興味深く聞いているよ。だんだんその気になってきてくれた」
「その気になってきたの?」
「ああ、最初はその学校の資料にも興味を持たなかったけど、最近は見ているみたいだ」
「本人はどこに行きたいとか言ったことがないの?」
「ああ、一度も聞いたことはない」

私はそれから細かいことを友人からじっくりと聞いた。
話をしていくうちに友人の子どもたちのイメージがどんどん浮かんできた。
そして、私が浮かべたイメージの終着点は親たちが目標としている進学はできないということだった。
あまりにそう言う方向に進めたいなら、マイナスになる要素を持ちすぎてしまっている。
いくつかその原因はあるのだが、私は時間をかけて、それを友人に説明しようと思った。

「今日は時間はあるの?」、私は時間がかかりそうなので友人に聞いてみた。
「ああ、あるよ。お前次第に何時間でも良いよ」
「奥さんはここに来てるの?」
「いや、彼女は仕事だ。俺とは違う大学なんだが、彼女も教えてるんだ」
「なんだ、共稼ぎなんだ」
「いや、誤解してもらっては困るんだけど、女房が働きはじめたのは1年半前からだ。頼まれて断れなかったみたいだし、2年前から、女房の両親と同居しているから、子どもも任せられるんだ。子どもたちも女房が働くのには賛成してくれたから…」
「そうか、大体のことは分かった、時間はかかるが、思ったことを全部言うことにしよう」
私は自分の考えをまとめて、時間をかけて話そうと心に決めた。

「結論を言えば、いちばんの原因は君たち夫婦だ。今のままでは100%、君の思うようにはならないと思うよ。うまく子どもが育たない親の典型のような感じがする。今から俺の考えをじっくりと話すから、聞いておいてくれ」
                                                       (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
友人の相談
「話って言うのは子どものことなんだ」
「それは分かるよ。お前みたいな優秀な奴が俺に相談なんか、そう言うことしかないと思った」
「そんなこと言うなよ、いい歳のおじさんになったら、学生時代の、それも小中学のことなんか関係ないよ。今のお前は何人も人を使ってるんだから、俺なんかより立派だよ」
「そんなことより、お前は今何やってんの」
「母校で民俗学を教えてるよ」
「と言うことは、お前教授かなんかやってんの。それもお前のあの母校で…」
「ああ、それくらいしか俺は取り柄がないからな」
「だったら、世間の評価はまるで違うけど、広い見方をすれば、同業者じゃないか。なおさら、お前にアドバイスできることなんかないよ」
「そんなこと言うなよ、可愛そうだと思って俺の話を聞いてくれよ」

友人は何とも私には自信なげに見えた。
相当悩んでいるような感じだった。
「わかった。お前の悩みって何なんだ」
「実は俺は結婚するのが遅かったんだ。結婚したのは40歳半ば、それから2人の子どもに恵まれた。女房は俺より、11歳年下、まわりからは若い嫁さんで羨ましいなんて言われる」
「そりゃ、羨ましいな。うちの女房なんて…」
相手に合わせて、私も愚痴を言おうと思ったのだが、そんな雰囲気ではないので口をつぐんだ。
「俺が言うのも何だが、うちの女房、若いのに非常に良くやってくれてるんだ。だから、俺に言わせれば、言うことはない」
「だったら、お前の子どもも順調に育ってるんだろ」
「ああ一応、性格もねじれることなく、順調に育っている」
「だったら、良いじゃないか、それ以上のことを望むことじゃないぞ」
「もちろん分かっているんだけど、勉強の方がイマイチなんだ」
「お前、自分が高学歴だから、子どもにも高望みしてるんじゃないの?」
「そうかな、女房も一応大学の後輩だから、それなりの学歴はあるんだ」
「何がそれなりだよ。日本でいちばんと言われている大学じゃないか。それで夫婦で理想が高いんだな」
「そう言うわけじゃないんだけど、まわりがね、やっぱり変な見方をするんだ。俺たちの両親もな」
「そりゃ、いちばん可愛そうなのはお前の子どもたちだよな」
俺をそう思うんだけど、やっぱり大学くらいは行ってもらわないと!」
「お前の大学って、お前たち夫婦が行った大学」
「できれば…」
「そりゃ、なおさら子どもたちが可愛そうだ。そう言うことだったら、俺も話ができるかも知れない」
「頼むよ、俺にアドバイスをくれよ」
「わかった。じゃあ最初に聞きたいことがある。今のままではお前が思っている大学には入れないんだな?」
「絶対に無理だと思う。私立大ですら、入れないかも知れない」
「どれくらいの学力か分からないけど、とにかく何か彼らを変えるようなことがなければ難しいんだな?」
「ああ、そう思う」
「一か八かで、何かをやれと言ったら、お前やお前の嫁さんはできるか?」
「話を聞いて、納得できたらできると思う」
「だったら、相談に乗っても良いよ。しかし、俺のアドバイスを聞くか聞かないかは君たち夫婦次第だ。君たちが必死にやらなければ、帰って逆効果になるかも知れない」
「分かった話だけでも聞かせてくれ」
「じゃあ、最初にいくつか質問させてもらうよ」
私への相談は始まった。
                                                       (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:14 | comments(2) | trackbacks(0) |
友人の相談
久しぶりの休みで、こう言うときには読書をしようと思い、私の街にあるショッピングモールの
書店に行ったときである。
私の読書欲をそそる数冊の本を買い、駐車場に向かう途中でぽんと肩を叩かれた。

「おう、とよ爺じゃないか。久しぶりだなあ」
肩を叩かれたのは私の小中時代の同級生。
一度も同じクラスになったことはないのだが、委員会や部活(違う部活だったのだが…)などで
在学中には結構話す機会があった友人だ。
友人と言っても、卒業以来、会ったこともなく、正確にいえば、知り合いである。
私はその声の主が誰であるか、すぐに分かった。
なぜ分かったと言えば、その声の主は私の同級生の中で一番優秀な成績だった奴で、
私と違う神奈川県で有数の高校へ行き、東京大学に進学したという有名人だったからである。
それに加えて、私と同じ三男坊、上の2人の学年もいっしょというのだから変な縁である。
加えて上の2人も学年トップ、私の2人の兄も一応優秀だったので、いつも比較されるという
私にとっては最悪のクラスメイトだった。
とは言え、性格的には非常に純粋な奴で、私のようにすれてはいない。
そう言うことも含めて、何とも私にとっては苦手な人間だった。

その学生時代、雲の上にいた同級生に突然声をかけられた。
「とよ爺はさ、学習塾をやってるんだろ。お茶をごちそうするからさ、俺の悩みを聞いてくれない」
私は時間がなかったわけでもなかったし、そう言う優秀な奴が悩みなどと言っているので、
少し興味をひかれ、友人の誘いに乗ることにした。

「いいよ、でもさ、俺なんかに話して、解決することなの?」
「何言ってるんだよ、お前は子育てのプロだろ。悩みを聞いてくれよ」
「おいおい俺は塾の先生だけど、子育てのプロじゃないぞ。自分の子どもすら、きちんと育てられないんだ」
「じゃあ、お前は自分の子どもに満足してないの?」
「満足はある程度はしてるさ、こんな親なのに良く育ってくれたってさ。自分がどれほどの親かは分かっているからな」
「やっぱりこういう職業をしていると、優秀なこの親は違うもん。俺にはできないって感じだよ」
「そういう話をしたいんだよ。いろいろと俺の話を聞いて、意見を聞かせてくれない」

やはり私のような人間に何を相談するのかと思えば、自分の子どもに対しての悩みのようだった。
それだったら、少しは話せることのあると思い、私は彼の誘いに乗ることにした。
                                                       (つづく)

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| とよ爺 | 親たち | 00:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
父親のあり方
私がよくお邪魔する世界日報といサイトに、 「増加する「父親」による児童虐待事件、全体の75%に、
と言う記事が掲載されていた。
何ともショッキングな記事で、子を持つ親の私もしばし考えてしまった。

右の表がその記事に載せられていたものなのだが、年々増加しているのがわかる。
ニュースなどで見ていても、よく虐待で亡くなったという報道を見ると、そのほとんどに父親が登場し、むしろその父親がために子どもが命を落とすという例も少なくない。
私はそう言う報道を見るたびに今の世の中はどこか狂ってしまっていると感じてしまう。
本当に抜本的な教育改革や親たちの意識改革をして、状況を変えなければならない状況に来ているのではないだろうか?

記事内にはこんな文章もある。
「今回の加害者のうち「実父」は186人(同38.8%増)、「養・継父」が100人(同22.0%増)、「(母親と)内縁関係の男」が77人(同28.3%増)で、全体の75%、4人に3人が「父親」だ。
 一方、「実母」は102人(同14.3%減)。以前は「実父」と同様、全体の約3割を占めていたが、今回は2割に低下した。」

要するに加害者は父親が増え、母親が減っているのである。

記事には親としての能力を有しないというようなことが書いてあるのだが、これもまた教育の問題だ。
非常に難しい問題なのだが、何か対策を混じなければならないのではないだろうか?

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