子どもたちのことを真剣に考えましょう。

わが女房

子供が独立し、やっとゆっくりとできるのだが、うちの女房は働き続けている。

私も経営からリタイアし、引継ぎが終わったら、しばし家にいようと思うのだが、今までと

立場が逆転するので、何かをしなくてはならないと思ったりもしている。

今はタイミングが合えば、洗濯物の取り込みやこれは私の役目だが、わんこたちの散歩、生

ごみ以外の特殊なごみの整理と処分、なども行っている。

ルーティーンな仕事をもっと増やさなければならないのだが、結構、通院が時間を取られる。

ゆえにあまり家事の戦力にはなっていない。

 

それゆえか、火事に対してのリクエストはしないことにしている。

食事なども、女房が自分の食べたいものを食べればよいと思っているし、洗濯物もなるべく

出さないように心掛けている。

そうは言っても、空いた時間がないわけでもなく、自分の時間に充てることはできる。

こうなって家事とは割と時間の制約があるものだと実感する。

 

女房は週に4回ほど働いている。

もちろんパートタイマーなのだが、その年数は長い。

パートがないときはほとんどジムに通っている。

私にとっては不思議なのだが、結構長い時間をジムで過ごしている。

むしろパートタイマーの日の方が家にいるような感じがする。

そんな女房の習性も最近だんだんわかってきた。

 

とは言え、女房は空気のような存在である。

やはりいないと寂しいし、いるからと言って、お互いを拘束することもない。

日によっては日帰り温泉などに一緒に行ったりもする。

お互いの使う時間をわかっているので、そこで時間がすれ違ったりもない。

ただ私の体に対しての文句は定期的に噴出する。

それも私が悪いので、ただただ頷いて聞いている。

しかし、そういう割には女房も健康的な生活をしているとは思えない。

ジムに行っているからと言え、バク食いはやめた方が良いのではないかと思う。

しかし、それを口に出して言うことはしない。

明らかに私よりは健康である。

 

8月が過ぎると私は薬から解放され、少々無理がきくからだとなる。

そうなればそれなりに動く予定である。

そうなれば少しは今の生活は変わるのだろうか?

わが女房は絶対にマイペースだと私は思っている。

| とよ爺 | 家族 | 14:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
息子、仙台へ

先月の28日から帰省していた息子が、昨日赴任地仙台へ戻っていった。

ある意味、日常が戻りホッとしたのだが、やはり寂しさも残る。

2人の子供が大学生だった頃から、二人とも下宿生活だったので、女房と二人暮らしは変わら

ないのだが、やはりその時とは少し違う気がする。

女房も何も言わないが、やはり息子がいると楽しそうである。

娘は就職先がサービス業ゆえ、GWはむしろ大忙しかもしれないので、帰ってくることはなか

ったのだが、息子とは仕事のことを結構話せたので、とりあえずそれなりに安心はできた。

これからが本番だが、何とかやっていくことができそうである。

 

息子の話を聞くとやはり上場会社というのは私たち中小と大きく違うと感心してしまう。

例えば、9月までは社則で残業、休日出勤は厳禁だそうで、私の会社とは大違いである。

もっとも取らなければならない資格もあり、その勉強にその時間を充てるということだが、逆

に資格が取れないとそれなりの扱いをされてしまうのかもしれない。

四月の半ばから、支社の近くの寮に入っているのだが、GW明けからは、現場に行くので、そ

こで寝泊まりをするようである。現場の宿泊施設か、近くの旅館入るということだが、それは

それで不自由かもしれない。

うちの息子の会社は震災関連の会社で土木関係なので、おそらく現場の周りには何もないと思

われる。先輩に言わせると「お金は貯まる」そうなのだが、そういう環境に身を置かれるから

かもしれない。

一応、現場監督予備軍なので、現場で必要な資格は使わなくても、みな取らなければならない

ようで、帰ったらすぐにクレーン資格、土木管理者資格、技術士資格など、数多くの資格を取

らなければならないそうである。

この短期間にひとつクレーン関連の資格も取ったそうで、学生時代から持っている危険物取扱

主任、普通車免許に加え、今の時点でも3つ持っている。年内にあと最低二つは取らなければ

ならないと話しているが、それはそれで大変である。

とにかく暇なうちに一つでも多くの資格を取らなければならないそうで、GW中、こちらにい

たときも何度も書店に出かけていた。頑張ってほしいものである。

 

9月になると今度は本格的に現場に配属になり、大変になるそうなので、その前に一度、女房

と仙台に行ってみようかと思っている。

息子がどういう場所で、どういう職場で、どういう仕事をしているか、やはり興味がある。

会社も家族のそのような要望には、理解を示してくれているそうである。

彼は仕事ではあるが、当分は復興のお手伝いをするはずである。親子で南三陸町に行ったのは

つい最近のような感じがする。

「瓦礫はなくなったけど、あとは全く変わってなかったよ」

東北の復興は道半ばなどではなく、まだほとんど行われていないようである。

「地盤を改良していかないとその上には何も立たないよ。まずはインフラからそれをして、そ

れから一般の家じゃないの。気が遠くなるよ。」

息子の会社は、地盤改良などをする会社である。まだまだ仕事は山のようにあるらしい。

ともあれ今年のGWは、息子に振り回され続けたGWであった。

| とよ爺 | 家族 | 10:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
うなぎの味

昨日は息子の運転でわんこたちを連れ出かける。

女房も最初は「行かない!」と言っていたのだが、家にいるのもつまらないというので、

3人と2匹で出かけた。

途中、昼に息子が昼食をごちそうするという。

女房がたまには豪華にうなぎが食べたいというので、食べログに載っているおいしい近く

のうなぎ屋さんを探し、そこに向かった。

 

着いてみると人気店なのに結構すいている。

ラッキーだと思い、すぐに暖簾をくぐる。

「すいません。うちはすべて予約の方だけなんです」とつれない返事。

交渉してみると1時間ほどの待ちで食べれることになった。

その時間であれば、わんこたちを散歩していればよい。

加えて2時で昼の時間は終わりなので、1時半前の入店なので、ゆっくりと味わっている

時間もないという。

しかし、昼飯である。30分もあれば十分。

私たちはそのお店で食事をすることんびした。

 

わんこたちを散歩していると携帯に連絡が入る。

予定より早めに入店できるということだった。

私たちはわんこたちを車に置き、すぐにお店に向かった。

お店に着くとすぐに中に通され、うな重にありつくことができた。

富士山の伏流水で育てたうなぎを備長炭で焼いていただくというそのお店のうな重はうま

かった。

一口食べると3人とも、「うまい!」と思わず口から出た。

息子の初月給でいただくというのもおいしい一つの所以かもしれない。

私たち夫婦にとって、生涯忘れられない味となった。

「お前が帰省したら、ウナギを食べるのを恒例にしよう!」と女房が息子に言う。

「こんなにうまいんだったらいいよ!」、息子が答える。

なんだかそのやり取りにひとつの人生の節目を感じた私だった。

| とよ爺 | 家族 | 10:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
息子の帰省

一昨日から、仕事で仙台に赴任している息子が帰省している。

赴任してから、土日の仕事もあったようで、振休と有休を使って、11日間連休だそうで

ある。

もっとも研修中なので、5月1、2日は有休をできれば取ってほしいと言われたそうだが、

それにしても、11連休はうらやましい。

 

うちの息子は会社の寮暮らしなのだが、同期のほとんどが帰省してしまうそうで、息子

も一人で寮にいてもつまらないので、帰省したようである。

帰ってくるのにも、お金がかかると思うのだが、使った交通手段が高速バス、新幹線だ

と一万円以上かかるのに3000円台で帰れるそうである。

GW中は高くなるそうで、それ以外の日なら、デラックスバスでも2000円を切るそうで

遠いと思っていたのだが、結構仙台も近いものだと思ってしまった。

私の街から、東京までJRを使うと1000円以上かかる。

東京-仙台が2000円を切るというので少々驚いてしまった。

もっとも5時間以上はかかるので大変だが、いまどきのバスは快適なので、結構、楽しか

ったと息子は言っていた。

「お父さんたちも来ればいいじゃん」と息子は言うが、バス旅も悪くない。

 

息子は今は支社研修なのだが、連休明けから、研修が現場に移るそうで、ある意味、楽し

みだと話している。

いちばん最初の現場研修先は南三陸町、実は震災があった年の夏に息子は言っている。

すでに支社研修の最中に言ったことがあるそうで、「お父さん、まったく復興は進んでな

いよ。がれきの山はなくなったけど、まだ何もないよ。復興は大変だよ」

偉そうに苦労知らずの息子は嘆いている。

震災直後の南三陸町を息子は見ているので、それなりに思うところがあるらしい。

当時、「震災を見ておけ!」と半ば無理やり私のついて、被災地に来させたのだが、こう

いうことになるとやはり来させて良かったと思う。

現場研修は寮に戻らず、現地に泊まって行われるそうで、休みの日にはその時に赴いた学

校に言ってみると話している。

震災の起こった2時46分に止まってしまった戸倉中学校の時計を見て、ショックを受けて

いた息子の姿は今でもはっきり覚えている。

研修とは言え、復興の一助に息子がなれると思うとやはりそれなりの感慨を感じる馬鹿な

父親である。

| とよ爺 | 家族 | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
初出勤の朝

「緊張するな」

いつものんびりとしていて、あまりものに動じない息子がめずらしく、ため息まじりに

弱音を漏らす。

彼に合わせて、私も彼の言葉を聞く。

こういう時は気持ちを吐露すれば楽になるので、聞きに徹する。

「みんなが通る道だよ。何とかなるし、大丈夫だよ」

私は意味のない言葉を繰り返す。

こういう緊張は人生で何度経験してもよい。

大きく人として、成長することなのだから…。

 

研修初日の日は、本社から遠い人のことも考えて、集合時間が12時半と遅い。

神奈川に住む私の息子は比較的余裕をもって、本社に行ける。

しかし、緊張していると見えて、8時前に起き、うろちょろしている。

つられてそのあと、私も起きたのだが、もうスーツに身を包んでいる。

「緊張している?」

「そりゃー緊張するよ。普通でしょ。」

女房はその様子を面白がっている。

「まったく気が小さいんだから、どっちに似たのかなあ」

息子の様子を見て、私に話す。

「そういう経験はもっとこいつはした方がいいんだよ。」

私も意味のない言葉を繰り返す。

 

息子の研修はまずは今日から土曜日まで、その後、翌週、翌々週の火曜日まで続き、

その後、赴任地仙台に向かい、東北支社で数か月続く。

担当部署が決まり、曲がりなりにも小さな責任を持たされるのは、9月以降、一人前

に仕事が任されるまで、10年間は研修の身だ。

私のような中小の経営者にとってみれば、信じられないことである。

さすがに大きな会社は違う。

 

とにかく何度も記事にしているが、私と女房にも人生の節目が来ている。

息子が片付いたら、今度は自分自身の身辺整理をしようと思う。

第二の人生に踏み出す時期がきっと来ているのだろう。

今朝、息子を駅に送って、息子の背中を見て、つくづくそんなことを思う。

若い人たちが緊張し、ものに立ち向かっていくのはとても清々しく感じてしまう。

自分もそうでありたいと思う。

| とよ爺 | 家族 | 11:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
学生最後の日

息子の短い春休みも今日で最後になった。

休み中は会社寮への荷物送付、自宅の後片付け、会社に提出する書類等の作成、

千葉の学生時代に住んでいた下宿の内見・後始末、大学の卒業式、謝恩会、加え

てゼミ研究の優秀者に選ばれ、その表彰式など結構忙しい日々を過ごしていた。

今日はまだやり残したことがあるらしく、朝からいろいろな場所に連絡をしてい

る。

 

しかし、明日からはこのような忙しさはないだろうが、それなりの緊張感を感じ

る日々となる。彼のこれからにとって、非常に大切な日々だ。

本社研修を4月半ばまで行い、その後、赴任地仙台で3か月ほどの研修を行い、

その後も現場回りなどを行い、9月から担当現場で仕事をする。

それなりに大変かつ緊張する日々がやってくる。これもよい勉強となるだろう。

 

彼の会社は上場会社で、業界ではそのセクションでは日本一である。中小の経営

者の私としては、福利厚生などの面でただただ驚くばかりである。

しかし、仕事が楽でないことは私でも見当がつく。特に取らなければならない資

格取得の量は驚くほど多い。忙しい仕事をしながら、勉強しなければならないの

だろう、それはそれで大変である。

 

今は大変楽もよいところである。

好きな時間に起きて、すくな時間に寝る。こういう時期でなければ、文句も言う

だろうが、学生最後の短い春休みということで好きなようにさせている。

 

「だんだん緊張してきたよ」

昨日の夜に思わず彼が口を開いた。

「そういう気持ちになるのは一生で何度もないので覚えておけ!」と私は言う。

良い勉強をしていると思う。

 

私にとっても、今日は人生の区切りの日である。

娘はすでに就職し、私の手からは独立して離れている。

息子は今日が最後である。

女房は休みなのだが、朝からジムに向かった。

これ以上元気になって、どうしようというのだろう。

私の日常、今日も頑張って生きる。

人生の区切りの日、今日は何を感じるのだろうか?

| とよ爺 | 家族 | 11:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
引越しの手伝い

今日は一日、息子の引っ越しの手伝いである。

息子は千葉に下宿していたのだが、そこを引き払い、5日間だがわが家にいる。

千葉から引き揚げた荷物の一部を赴任先の仙台に送らなければならない。

少しだと思っていたのだが、結構、荷物の量は多い。

 

実は千葉から送ってもらいたかったのだが、息子が引っ越す社員寮の荷物受付が

27日以降というので、予定が全くくるってしまった。

転勤シーズンとあって、荷物の一時預かりも、運送会社はしてくれないそうで、

私の家に持ってくる羽目になった。

息子にはわが家の自分の部屋の整理をしてほしかったのだが、それもままならず、

とりあえずお世話になる会社の方が優先で、私の家の方はどうなってしまうのか

心配である。

 

明日は役所関係等々やることがあるみたいで、明後日も千葉に戻って下宿の内見

引き渡しがあり、30日から、東京のホテルに泊まりこんで研修という予定で、息

子も結構忙しい。

来月12日に研修が終了し、すぐに赴任地仙台に向かうというのだから、あわただ

しい。

 

引っ越しを見ていても、要領が悪く、いらいらしてしまう。良い勉強なので、一

人でやらせると思っていたのだが、私の仕事場兼趣味の部屋を彼の荷物が占領し、

このPCを使うこともままならない。

かねてより居場所のない私の唯一の居場所を奪われてしまっては、私自身も困っ

てしまう。

そういうこともあり、ついつい手伝う羽目になった。

 

携帯の契約なども社会人になるのだから、変えたいし、保険関係もすべて本人に

移行したい。

そういう時間もままならない感じである。

そうなることやら、先が見えなく、ただただ疲れてしまう日曜日である。

| とよ爺 | 家族 | 13:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
息子の帰省

大学を無事卒業した息子が昨日、一時的に帰省している。

多量の荷物とともに帰省しているのだが、5日間ほどのショートステイである。

と言っても、今日は武道館で卒業式、その後、謝恩会があるということで午前様に

なるということだ。

 

明日からは、高校時代まで過ごした自分の部屋の整理、帰省していないのだが妹の

部屋もついでにやろうと思っている。

私はそのアシストと多量に出てくる粗大ごみの整理、結構、大変な作業である。

4月からは、広い家に女房と二人暮らし、子供の部屋もお互いで分け合いいろいろ

なことをするつもり。

今回は机やベッド、本棚などをそう整理し、お互いの居場所を作るというのが目的

である。

 

息子は整理、掃除を手伝ってもらい、加えて自分自身の持ち込んだ荷物の整理、ま

た、4月からお世話になる会社の寮への必要品の送付、などなどを行う。

また、役所に赴き、転出届を出し、携帯の契約者を私から息子へ、その他いろいろ

なことをするつもり。

 

この30日から息子は本社で研修に参加する。

その間、2週間ほどホテル住まいをする。無事研修が終わったら、赴任地である仙

台に向かうとのこと。当分は戻っては来ないだろう。

娘は一足早く就職し、忙しい日々を送っていることだろう。

どちらにしても、この4月で私たちは子供たちから解放される。

 

子供たちの新たな巣立ちだと思えば、老いぼれた体にも気合が入る。

私も月末でいろいろと忙しいのだが、先ははっきりと見えてきた。

もうひと踏ん張り、頑張ろうと思う。

 

 

| とよ爺 | 家族 | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
我が子の成長

私には今年、社会に旅立つ子供がいる。

受験失敗、浪人、留年などいろいろあったのだが、最後に逆転で自分の希望する上場会社

から内定を取った。

親としても信じられないことであった。

 

その息子は千葉県で下宿している。

アパートの契約を3月15日と決め、30日から始まる研修に備えることにした。

4月半ばからの赴任先は杜の都仙台、どういう社会人生活をするのか非常に楽しみである。

 

先日、赴任先に連絡をしたところ、荷物の発送を27日以降にしてくれと就職先に言われ

てしまった。

私は軽い気持ちで、それなら一時的にうちに荷物を置いておけよ」と話したら、それに女

房が猛反発、それでは空き家になっている女房の実家に送ってはだめかという息子に提案

にも実家で法事があるのでそれも却下。「2週間くらいだから、うちに置いてやれよ」と

私は女房と口論になった。息子は電話越しにそれを聞いていた。

 

結局、息子が不動産屋に掛け合って、3月30日までアパートの契約を延長した。すぐに電

話がかかってきて、「大丈夫、不動産屋に連絡して、期間を延長してもらった。その分の

家賃は社会に入ってから、俺が払うからさ。お母さんに悪かったって謝っといて」

 

私は思わず、「お前、成長したな」と返した。

私自身も過ったのだが、息子に荷物などはたかが知れている。ゆえに短期間なので置いて

やれば良いじゃないかと思ってしまう。息子にしてみてもそれが一番楽である。それを息

子は一言も文句を言わず、「わかった!」と言って、こういう方法をとった。加えて、女

房に関して、なんの文句も言わなかった。

私も会社をやっているが、何かの不足が起こった時、文句も何も言わず、明るく対策を探

す人間などあまりいない。いたとしても暗く嘆いてやっている感がある。

しかし、息子にはまったくそれがなかった。「お母さんに謝っといて」などとも言った。

 

「社会に入ったら、もっともっと自分の思うようにいかないことはある。そういうときに

は、今回みたいに明るく次の対策を考えるようになれ。そういうことができれば厳しい社

会の中でも生きていけるよ」と私は言った。

「何それ!」、それが息子の返事である。

いろいろなことがあったが、社会は親が教えることのできない多くのものを息子に教えて

くれたようである。

これからは子供たちのためではなく、自分と女房のために生きていこうと思う。

| とよ爺 | 家族 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
夫婦二人

私の家は、子供たちが大学時代から下宿生活だったので夫婦二人の生活が続いている。

この4月から、子供二人(長女は昨年暮れから働き出した)が就職するので、違う意味

での夫婦二人生活となる。

これからの人生、お互いの寿命が尽きるまでこの状況は続くのだが、思っていたよりも

結構快適だったりする。

夫婦二人で日常ということに慣れてくると、気持ちも身体も慣れてきて、気を遣うこと

もなく、夫婦間の最低限のルールを守れば、結構、思い通りの生活ができる。

時たま会う子供たちもよい刺激となって、結構、これも良いものだと思う。

 

こうなるといつリタイアしても、怖くはない。

いまの仕事を辞めて、隠居生活をし、それに飽きて、新たな職に就いたとしても、今と

違って、自分のペースでできるような気がする。ある意味、こういう心境になることこ

そが長生きの秘訣かもしれない。

 

去年の8月に重度の心筋梗塞を起こし、月末だったため、発病場所が富山県だったために

神奈川で仕事をしている私としてはどうしても戻らなければならず、医師の制止を振り

切り退院し、何とか月末を乗り切り、休もうとしたら、義母が急逝、何とか葬儀を出し、

落ち着いたら、今度は大量下血で道端で倒れ、一か月近く入院、一時は血圧が40以下に

落ち、生死を彷徨ったこともあった。今から考えても、飛んでもない時期だった。

 

去年より、今の仕事を現状のまま続けていったら、事が起こってしまったら、今度は命

がないかもしれない。そんな時に日常を共に生活している妻が目に映った。

「このままではいけない」、そう思ったときにしみじみと夫婦二人生活を思う。

 

今も仕事をしているが、いくつかの仕事を心の中で切り捨てた。それによって、平然が

少しずつ戻ってきた。

家族というのは、なんとも素晴らしいものである。これから先の人生に対しても、まだ

はっきりとはわからないが、それなりの目標ができたような気がする。

休日がゆったりと感じられる今日この頃、私の人生も次のステップにシフトしてきたと

感じている。

| とよ爺 | 家族 | 11:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
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