子どもたちのことを真剣に考えましょう。

梅雨明け

気象庁の梅雨明けの発表から、4〜5日過ぎた。

もっともその前から、炎天下の日が続き、梅雨だと言われても、なんとも実感がわかない日々

だった。

とにかく猛暑というのがふさわしい日々で、夏本番を迎える前から、夏バテのような感じにな

ってしまう日々だった。

梅雨明けという境目が全く分からないまま夏に入ると、その言葉の響きだけで更なる夏バテが

来ているような感じがした。

 

今年は例年のような夏の混乱はない。

引継ぎのために会社に籍を置いているが、この夏でその籍もなくなる。

とは言え、この夏に身体のオーバーホールが半ば完了する予定でそうなったら、新たに違う場

所に籍を置くつもりでもいる。

その籍も今の会社からは無縁ではないので、大きな意味で縁が全く切れるわけでもない。

 

しかし、自分の人生の中で大きな境目であることは間違いない。

この歳になると今までの人生を完全否定するなどと言うことはできない。

新たな再出発という人もいるのだが、まったくそれまでの人生と関わりを持たない人生を始め

られる人はどれほどいるのだろうか?

私の周りにはあまり存在しない。

やることは新しくとも、それまでの経験を生かさないわけではない。

そういう意味で新しいことを始めるという考え方もあるが、それまでの人生を総括する意味も

出てくるのではなかろうかと思う。

 

夏は私の中で大きな境目となる。

この一年、この夏を目標に生きていたような感じがする。

そして、梅雨明けとともにその夏がとうとうやってきた。

この一年の総決算と言っても、過言ではない。

「梅雨明け」というのはそういう意味でなんとも厳粛な気持ちを私の中に湧きあがらせるもの

だった。

この夏の結果次第では、今までとは少し違った人生を歩み始めることになる。

そういう意味では非常に楽しみな季節でもある。

去年の今頃に戻らないように細心の注意を払いながら、なり切りたいと思う。

| とよ爺 | 日記 | 09:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
三連休を終えて

猛暑の三連休を何事もなく終えることができた。

毎日、アポイントがあったのだが、そのほとんどが私の慰労会のようなものであった。

と言っても、それを肴に集まって、いろいろなことを話すという目的も皆にあったと思う。

どの会もこれからも続けて行こうということになった。

もちろん業界から引退した私も含めてである。

 

友というのは本当にありがたいものである。

いままでお付き合いしていて、感じることができなかったいろいろなものをこの三日間で、皆さん

からいただいたと思う。

逆に私が皆さんに対して、何を返せばよいのか、何をしてきたのかを考えた三日間でもあった。

言えるのは皆一生懸命来ていること。

これからは自分自身も生きていくのに精いっぱいの日々なので、何を返せるのかはわからないが、

できる限り皆さんに関わっていきたいと思う。

 

まだ、私は会社にいるので、会社の中の仲間たちは何を感じているのかわからないが、おそらくい

なくなって初めてわかることがお互いにあるかとも思う。

とにかく自分自身の可能性を信じて頑張ってほしいものである。

 

それはいいのだが、この三連休は本当に暑かった。

東京、横浜を行き来したのだが、都会は照り返しがきつく、歩いていてもクラクラするほどだった。

横浜の家に帰ってきても、夜はクーラーを使う日々だった。

近くのコンビニに夜中に買い物に行っても、ムシムシしていて、じっとしても汗をかくほどだった。

明らかに自分の地元よりも暑い。

残っている女房に電話をすると、向こうもかなりの暑さだという。

「なるべく外に出ないで、家でじっとしててね」ときついアドバイスをされたのだが、約束があるの

でそういうわけにもいかなかった。

どちらにしても、無事に連休を終えることができたのでホッとしている。

 

あとは横浜の家で保険屋さんと会うだけである。

三連休の疲れをしっかりととって、地元に戻ろうと思う。

地元に戻るとやることはいろいろある。

地元にいれば、目付け役がそばにいるので安心である。

節目の8月はもう目と鼻の先である。

残りの日々を何事もないまま終えようと思っている。

秋以降の自分が本当に楽しみである。

| とよ爺 | 日記 | 08:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
強引

私は教育関係以外の政治ニュースはあまり取り上げないのだが、最近のニュースを見て

いると、あまりにも低次元で情けなくなる。

権力に力を与えすぎると独占状態を作り、それが驕りとなっていく。

いまはまさにそのような感じで、やり方がいかにも強引で、国民のためというよりは自

分自身の満足のために行政がされているように思う。

権力に寄りかかっているからこそ、発言が強引、一方的となり、驕れる者の典型のよう

な感じである。

本来の民主主義はどうなってしまったのか、思わず疑ってしまう今日この頃である。

 

その強引さは安部総理を筆頭として、豊田議員、稲田議員などなど、上げればきりがな

い。

「震災は東北でよかった」などと言ってしまう復興相などがいたりして、もはや何が何

だかわからない様相である。

常識の範囲を通り越して、発言者の人格否定までも思い浮かぶ。

 

政治ばかりではなく、芸能の世界でも同じようなことが起きている。

SNSを使い、夫婦間のもめ事を世の中に訴える。

刑事的に許されないことも、SNSなら言い放題、広告収入がそれによって数千万も入る

というのだから、世の中は本当におかしくなっている。

痴話げんかを楽しむ国民がいて、それを利用する者がいる。

マスコミもその愚がわかっていて、毎日、報道する。

いつまでたっても、終わることがないような雰囲気である。

 

人々の生活はただただ地道で小さな運不運はあるものの多くの者が、大きな変化を好ま

ず、とにかく現状が続いていくことを望んでいる。

人の生活は地道かつ堅実なものである。

その代表者の政治家やその人々の生活をアシストする芸能人たちが、自分の主張丸出し

で、自分の意のままにことが回っていかないと感情的になる。

こんな大人たちを子供たちはどう思うのだろう?

 

まさに今は「強引」の時代、人々の感情があらあらしくなっている時代。

こんな時代に誰がしてしまったのだろうか?

| とよ爺 | 日記 | 09:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
仲間たちに感謝、感謝

昨晩は同業者数人と食事をした。

私の引退をお祝いすると言う会で珍しく主役であった。

横浜で開かれた会合だが、私の体のこともあり、非常に健全な会合だった。

ただし、私は2時間ほどで切り上げたが、有志が何人かは二次会、三次会に出かけたようである。
本日、その一人から電話があり、その様子を聞いた。

「ずっと君の話だったよ」

「きっと俺に対する悪口オンパレードだろ」と私が聞くと、

「何言ってんだよ、とよ爺賛歌の嵐だったよ」と答えてくれた。

 

私などおそらく何もしていない。

しかしこのブログもあって、結構、多くの人を結びつけることになったらしい。

中には、「うちに顧問として来てくれないか?」などという者もいて、ただただ有り難いばかり

である。

「とにかく今は身体を治すことに専念するよ」、これが本音である。

身体に自信が持てなければ、何事もできない。

健康はお金で買えるものでもないし、静かにしていれば保てるものではない。

歳をとると、しっかりとした意志をもって戦わなければならない。

少なくとも今は戦っているという実感はある。

意志の言いつけを守って、第二の人生をしっかりと構築できるようにしたいものである。

 

と言っても、健康を取り戻したとこところで何ができるわけでもない。

やはり友人たちの協力を得ることになりそうである。

人生は一生貸し借りを作り、それを返していくものなのである。

だからと言って決して無機質なものではなく、しっかりやっていくには感謝が必要である。

すべてにおいて、感謝をしていくことが人生の基本である。

ゆえに昨晩のように感謝を感じることができる時間は非常に重要である。

 

明日も同じような会合がある。

明後日はおそらくこれからの人生の糧になるであろう方とお会いする。

水曜日は保険屋さんといろいろな話をすることになっている。

この横浜には25日、東京で兄と会う用事があるので24日に再度来ることになる。

家が複数あるというのはある意味大変なのだが、こういうことに仕えると便利なものである。

都会の夏は本当に暑い。

| とよ爺 | 日記 | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
二重生活

実は私たち夫婦には2軒の家がある。

一軒は地元にある私が建てた家。

もう一軒は横浜にある女房の実家である。

女房の実家と言っても、築年数は浅く、ほぼ新築といった感じである。

今は女房と協力して、その2軒を維持している。

 

私は昨日の夜から、2軒目の横浜の家に来ている。

この家の場所は非常によく、京浜急行の八丁畷駅に徒歩5分、JR川崎駅に徒歩18分という場

所に建っている。

その割にはとても静かで、むしろ私の地元の家よりも静かな感じである。

羽田空港には20分、品川までも15分、成田空港にも品川あたりで一度乗り換えれば行ける。

という立地なので、一度は手放そうとしたのだが、子供たちが住んでもよいのでそのままに

している。

今はもしかしたら、東京で働くこともあるので、私が住んでも良いとも思っている。

 

女房はと言えば、まだ移るのは早いと考えているようである。

近所との関係もあるので、むしろ生まれ育った場所よりも私の地元のほうが良いようである。

結婚後、構築した人間関係が今は主流で、そういう理由もある。

そう考えると女性というのは本当に強いものである。

 

今回、私はいろいろなアポイントを3〜4日にまとめて横浜に来ている。

今晩、月曜日、火曜日、水曜日とアポイントをこなし、水曜日の夜に帰宅する予定である。

ほとんどが横浜・東京なので、地元から通うよりははるかに便利である。

日曜日は何もないが、近隣をしっかりと探索しようと思っている。

 

ともあれ、調子に乗っていると熱中症になってしまうかもしれない。

毎日、真夏日が続いている。

いい歳の病気持ちである、今は病気を克服することが一番の私の仕事である。

十分気を付けて、今回もアポイントメントをこなそうと思う。

| とよ爺 | 日記 | 08:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
夏本番か?

ここのところ、毎日暑い日が続いている。

九州では大雨が降り、多くの犠牲者の方々を生んでしまったのだが、北海道は今は日本一

暑い場所だったりしている。

これを異常気象というのかはわからないが、明らかに昔の気候とは違うような気がする。

昔のことをどうこういうのは、歳をとったせいだと思うが、気候変化のサイクルがここ数

年でも明らかにおかしくなっているような気がする。

 

毎日の病魔に打ち勝つためのウォーキングも時と場所を選ばないと危険な気候となった。

今までに熱中症になった経験はないのだが(自分だけでないと思っている)、しっかりと

状況を考えて、歩かないといつかは経験することになるのではないかと思う。

女房は週に数回、パートに出ているのだが、最近は必ず「無理して歩かないでよ。歩くん

だったら、ららぽーととかにしてよ」と言葉を置いていく。

いま私の街は七夕祭りの真っ最中、渋滞を承知で街中に行く気などない。

 

仕事からは結構、離れ始めているのだが、不思議と毎日することがある。

今までにできなかったことを思い切っていやっている感じもする。

子供たちは独立して、女房と二人暮らしなのだが、やることが毎日山積みで、とにかく時

間がほしかったりする。

女房に言わせれば、「余計なことばかりしている」らしいのだが、私にとってはそれなり

に大事なことで、これから生きていくうえで必要なことばかりだと思っている。

 

しかし、この暑さでは頑張りすぎるとまた周りに迷惑をかける心配もある。

ゆえに自分の管理はしっかりとやっていこうと思う。

 

明日からは結構しなければならないことが山積みになっている。

しっかりとペース配分を守り、乗り越えようと思っている。

| とよ爺 | 日記 | 13:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
痩せたね

昨日、近所を散歩していたら、久しぶりに知人に会い、その第一声が「痩せたね」だった。

私自身、そんな自覚はなく、その話を女房に話したら、「私は何も感じない」とのことだっ

た。

もっとも一度の10kgも痩せるわけではなく、徐々に痩せていくのだから、いっしょに住ん

でいる女房は感じないかもしれないし、私も特別、毎日体重計に乗っているわけでもないの

で、そんな自覚が芽生えるわけではない。

しかし、言えるのは肥満は万病のもと、再三、このブログにも書いているが去年の病気が原

因で瘦せたということはあるかもしれない。

どちらにしても痩せることは私にはよいことなので、健康になっていると思うようにしよう

と思う。

 

体重は変わらなくても、今は毎日結構歩いているので、その分、筋肉が締まり、瘦せること

ができたのかもしれない。

加えて結構日焼けをしているので、少し瘦せて見えるのかもしれない。

どちらにしても身体の調子は良いので、気になることはない。

 

ついに7月となり、来月で発病から一年を迎える。

丸一年、結構強い薬を飲まなければならず、あまり無理はできなかったが、やっとその束縛

から解放される日が近づいている。

その束縛から解放されれば、新たに第二の人生を少しずつ歩んでいこうと思う。

有難いことに多くの方々から、お声をかけていただいている。

それに備えるにもやはり体はできる範囲で鍛えておかなければならない。

そういう意味で今はそれなりに充実している。

 

しかし、女房にとっては鬱陶しいようで、私に対する言葉が日々厳しくなっている。

君子危うきに近寄らずで、家の外に逃げようとするとそれにも腹が立つらしく、家にいて、

少し家事を手伝いなさいということなのだが、私はそれなりにやっていると思っている。

むしろこれ以上やってしまったら、彼女の仕事を奪ってしまうし、私のやり方が気にいらな

いらしく、「かえって大変」と怒られているばかり。

豊田真由子議員の元秘書のような気持ちで毎日を過ごさなければならない。

これも結構きつかったりする。

とは言え、毎日は結構充実しているような感じである。

速く一年が経たないかと日々を数える毎日である。

| とよ爺 | 日記 | 09:37 | comments(2) | trackbacks(0) |
世の中

会社の中心から外れ、今は引継ぎの最中なのだが、やはり前よりは自分の時間がある。

そのほとんどがウォーキングや通院などの時間に浸かっているのだが、テレビを見る時間など

が前よりは比べ物にならないくらい増えた。

 

昨日はテレビをつけると最初はほとんど豊田真由子議員の話、どこも同じ録音を流し、同じよ

うなことをコメントしているので、途中でそれに辟易しながら、テレビのスイッチを切った。

その後、通院して病院のテレビを見ると今度は小林麻央さんのこと。海老蔵さんの記者会見の

模様が中継されていた。

これはほとばしるような感情が感じられて、何度も同じ場面が流されていたのだが、その都度、

胸が揺らされる思いがあった。

 

医者から帰ると女房もパートから戻っていた。

パート先でも話題になったようで、「麻央さん、ダメだったね」というのが開口一番の言葉。

「ああ。ステージ4だったからね。もしやと思ったこともあったんだけど」

「海老蔵さん立派だったけど、こんなに早く記者会見する必要があったのかなあ」

「国民みんなが注目してたからね、彼の責任感だと思うよ」

「つらいね。芸能人て大変だね。子供たちがかわいそう」

 

私たちにとってはやはりいつもと違う会話だった。

「今日の飯、何?」とはやはり違う・

お互いに口には出さないが、ここまでいろいろあったけど生きてこれてよかったねという思い

をお互いに感じていることだろう。

人の死から学ぶことや感じることはやはり多い。

直接、今回のように知っているわけではないのだが、心情に自分の気持ちを寄せてみたくなっ

たりする。

これは大変失礼なことなのだが、その事象を見て何も感じない方がもっと失礼なことだと自分

自身の中で弁明をする。

 

「きちんと体治してよ。今回はしっかりお医者さんの言うことを守ってよ」

「わかっているよ」

素直に女房の返答を返すことができた珍しい日でもあった。

心より故人のご冥福をお祈りいたします。

| とよ爺 | 日記 | 10:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
梅雨でないような梅雨

今年はもう夏になったようである。

しかし、梅雨が飛んで行ってしまったのかと思ったら、大雨が降ったりする。

異常気象、異常気象と巷の人はずいぶん前から言ってはいるが、何が異常かも最近はわか

らなくなった。

子供のころの四季はいったいどこへ行ってしまったのだろうか?

 

私は毎日、できるだけ歩くようにしている。

歩けるときは20000歩歩く。

私の歩幅を考えると20000歩でほぼ15kmくらいになるのだが、最近はそれでもあまり疲

れない。

しかし、疲れはないが、腰痛や筋肉痛はある。

これも歳のせいかもしれない。

 

梅雨の時期のウォーキングは時間を取るのが大変である。

もっともかつてのように仕事の拘束がきつくないのでそれなりにはできるのだが、自分の

中に少々ストイックな部分もあり、決めた以上はしっかりとやりたいという気持ちもある。

腰痛などで歩行困難なら致し方ないが、何とかしてノルマを全うしたいと考えることも多

い。

 

先日の大雨はとにかくすごかった。

当日よりも翌日の様子を見るとまるで台風のように風雨が吹き荒れたのがわかる。

私は海まで川沿い続くサイクリング道路を歩くことが多いのだが、どこからか飛んできた

葉や枝ですごいことになっていた。

昼間に歩いてそんな感じなのだから、朝一はおそらくもっとすごかったに違いない。

どう考えても台風に近く、梅雨の雨ではない。

 

6月にしては気温も結構暑い。

連日30度前後の気温を記録しているが、この暑さもまさに夏で梅雨時とは思えない。

梅雨の雨は憂鬱に感じることもあるが、疲れた体を癒してくれる時もある。

しかし、今年の梅雨はそういう雨には出会えないような気配である。

とにかく病気がちなわが身と同じく、なんとも思い通りにならないが、それを克服するの

は自分の意志以外にはないと私は思う。

こういう気候を楽しむ自分でいきたいと思う。

| とよ爺 | 日記 | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
犬たちの日常

わが家には年老いたミニチュアダックスが二匹いる。

オスとメスが一匹ずつなのだが、生まれた日もほぼ一緒である。

生まれてすぐにわが家へやってきたので、兄弟のようなものである。

ゆえに老いるのも同じで、一緒に生活しているとどんどん老いていくのがわかる。

私たち夫婦とももう気心も知れていて、私が疲れていると静かにしているし、比較的元気だと

甘えてくる。

私たちの状況を無視して、自分たちのわがままを通すことは絶対しない。

ある意味、人間よりも人間らしい。

 

もともとうちには3匹いたのだが、去年の夏に1匹がこの世を去った。

この2匹の前で突然発作を起こし、死んでいった。

その異変は彼らにももちろん理解できたようで、やはりそこから彼らの日常はずいぶん変わっ

た。

まずは寝るときに2匹が重なるように寝るようになった。

3匹の時にはそれぞれがバラバラになていたのだが、2匹がくっついて寝るようになった。

動きも衰え、耳も遠くなった。

また、オスの方が時々悲しい目をして、私をずっと見るようになった。

必ずそういう時は手元に置いて、撫でてあげるのだが、何か言いたげなような感じである。

散歩に出ても、ガンガン動かなくなった。

ひとところのにおいをいつまでも嗅いでいることが時々あるようになった。

 

彼らもきっと私たち夫婦を見て、同じようなことを考えているのかもしれない。

「お父さんもお母さんもずいぶん歳をとったね」

と目で言っているような感じがする。

しかし、その1匹の死以来、私たちの結びつきは強固になったような気がする。

 

また、次の子の死が近づいてくるのだろう。

寂しいがそれも運命である。

ゆえに彼らとの時間をより大事に過ごそうと思う。

特に最近、彼らに話しかけることが多くなった最近の私である。

| とよ爺 | 日記 | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
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