子どもたちのことを真剣に考えましょう。

引越しの手伝い

今日は一日、息子の引っ越しの手伝いである。

息子は千葉に下宿していたのだが、そこを引き払い、5日間だがわが家にいる。

千葉から引き揚げた荷物の一部を赴任先の仙台に送らなければならない。

少しだと思っていたのだが、結構、荷物の量は多い。

 

実は千葉から送ってもらいたかったのだが、息子が引っ越す社員寮の荷物受付が

27日以降というので、予定が全くくるってしまった。

転勤シーズンとあって、荷物の一時預かりも、運送会社はしてくれないそうで、

私の家に持ってくる羽目になった。

息子にはわが家の自分の部屋の整理をしてほしかったのだが、それもままならず、

とりあえずお世話になる会社の方が優先で、私の家の方はどうなってしまうのか

心配である。

 

明日は役所関係等々やることがあるみたいで、明後日も千葉に戻って下宿の内見

引き渡しがあり、30日から、東京のホテルに泊まりこんで研修という予定で、息

子も結構忙しい。

来月12日に研修が終了し、すぐに赴任地仙台に向かうというのだから、あわただ

しい。

 

引っ越しを見ていても、要領が悪く、いらいらしてしまう。良い勉強なので、一

人でやらせると思っていたのだが、私の仕事場兼趣味の部屋を彼の荷物が占領し、

このPCを使うこともままならない。

かねてより居場所のない私の唯一の居場所を奪われてしまっては、私自身も困っ

てしまう。

そういうこともあり、ついつい手伝う羽目になった。

 

携帯の契約なども社会人になるのだから、変えたいし、保険関係もすべて本人に

移行したい。

そういう時間もままならない感じである。

そうなることやら、先が見えなく、ただただ疲れてしまう日曜日である。

| とよ爺 | 家族 | 13:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
息子の帰省

大学を無事卒業した息子が昨日、一時的に帰省している。

多量の荷物とともに帰省しているのだが、5日間ほどのショートステイである。

と言っても、今日は武道館で卒業式、その後、謝恩会があるということで午前様に

なるということだ。

 

明日からは、高校時代まで過ごした自分の部屋の整理、帰省していないのだが妹の

部屋もついでにやろうと思っている。

私はそのアシストと多量に出てくる粗大ごみの整理、結構、大変な作業である。

4月からは、広い家に女房と二人暮らし、子供の部屋もお互いで分け合いいろいろ

なことをするつもり。

今回は机やベッド、本棚などをそう整理し、お互いの居場所を作るというのが目的

である。

 

息子は整理、掃除を手伝ってもらい、加えて自分自身の持ち込んだ荷物の整理、ま

た、4月からお世話になる会社の寮への必要品の送付、などなどを行う。

また、役所に赴き、転出届を出し、携帯の契約者を私から息子へ、その他いろいろ

なことをするつもり。

 

この30日から息子は本社で研修に参加する。

その間、2週間ほどホテル住まいをする。無事研修が終わったら、赴任地である仙

台に向かうとのこと。当分は戻っては来ないだろう。

娘は一足早く就職し、忙しい日々を送っていることだろう。

どちらにしても、この4月で私たちは子供たちから解放される。

 

子供たちの新たな巣立ちだと思えば、老いぼれた体にも気合が入る。

私も月末でいろいろと忙しいのだが、先ははっきりと見えてきた。

もうひと踏ん張り、頑張ろうと思う。

 

 

| とよ爺 | 家族 | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜44

そこで子供たちをどう管理していくかである。

全国の学習塾のHPなどで、調べてみても「これは!」という方法は見つけられない。

教授法はやりつくされた感があり、最近これも斬新なものはない。

私が思うにやりつくされていない方が容易いのではないかと思う。

いままで「手間がかかる」とよけて通ってきた部分がしっかりできれば容易く勝ち組

になれると私は思っている。

 

また、多くの情報、ユニークな授業を子供たちに与えていくより、地道な成績管理、

結果検証の方がはるかに子供たちの学力を伸ばすことができる。

ただし、これは個別の管理が必要で、十把一からげにはいかない。

それだけ手間がかかるのである。

手間がかかるのだから、効果が薄いわけがない。

特に大手はこういう手間を嫌う傾向にある。

中小の塾が生き残っていくためにはここが大事だと私は考えている。

今の学習塾は大手化しているゆえに、学習効果が落ちているのである。

 

10年前の塾はどうだっただろうか?

私に言わせれば、10年前の塾屋たちは、今より数倍、生徒との会話を重ねていた。

授業だけのつながりしかないという者などあまりいなかった。

生徒との会話量がある程度の生徒管理を生んできた。加えて優秀な者、覚悟を決め

てやっている者が多かった。

ゆえに本人は意識はしていないのだが、一定量の管理ができていた。子供たちや親

御さんも塾に対しての信頼が厚かった。

しかし、今は違う。

 

こう考えると塾屋の責任だけでなく、子供たちや親御さんのほうにも管理をしにく

くさせる要因があるのではないかと思う。

しかし、そんなことを言っていては生き残っていけない。

要するにこちらは生徒本人、親御さんの信頼を受けるべく管理をしなければならな

い。

そういう意味では昔よりもハードルは高いが、これがしっかり機能できれば、おそ

らくここ10年くらいは食べていけるのではないかと思う。

                                 (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜43

先に挙げた現代っ子を育て、教育するのが管理である。

世の中の人たちは教える技術、ツールばかりに流されているが、容量が決められた箱には

無理に詰め込もうとしても入らないのである。

その容積を広げるのが、管理、結果検証である。

これをしっかりすることによって、子供たちの容量が増すのである。

 

「管理」とは、その時点での子供たちの容量を明確にし、どういうものならば、入れるこ

とができて、どういうものが入れようと思っても入らないかを確かめる方法で、これがし

っかりできていないと無駄に時間ばかりを使うことになる。

これでは子供たちに苦痛しか与えられない。

「管理」されることはつらいのだが、まだこちらの苦痛の方が耐えられる。なぜかと言え

ば、自分の進歩を自覚できるからである。

 

私は多くの教員の皆さんと交友を持っているが、やはり優秀だと言われている教諭の皆さ

んはここがしっかりしている。

若い先生たちと昔は話す機会がたくさんあったのだが、「こいつは優秀!」と私が思った

人は必ずと言っていいほど今はその学校の中心になっている。ほとんどの人間が教える技

法、教材などに興味を持ち、議論を挑んできたり、自分のやり方を誇示したりするのだが、

私は心の中で、「こいつは当分ダメ」と思っていた。これにおいては塾も学校も変わらな

い。

お恥ずかしいのだが、私の塾の仲間たちの中にもそういうレベルの者はいる。このほとん

どは思い上がりからくるのだが、こればかりは言って治るものではない。

逆に管理法ということに重きを置いている者は非常に少ないのだが、自分なりの方法を習

得してしまうと目覚ましく伸びていく。おそらく私の書いていることなど多くの人が言っ

ていると思うのだが、なかなかできる者が出てこないのはこれも天性のものかもしれない。

 

いろいろな業界の人と話す機会も多いのだが、「伸びていく者は結果を検証できる者」、

そんな言葉を聞くことも多い。

仕事の本質はどの業界でも変わらないのかもしれない。

                                   (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
WBCを見て思ったこと

WBC米国の監督は「菅野はメジャーリーグの投手だ」と最大級賛辞

 

 米国から見ても21の薄氷勝利だった。
 オールスターメンバーをラインナップに並べながらも侍ジャパンの先発菅野の前に6回をわずか2安打。4回に奪った先取点も、イエリッチのセカンド正面をついたゴロを菊池が弾いてしまったのがきっかけで、力で崩したとはいえなかった。二死一、二塁から、この試合、唯一のタイムリーをレフト前へ放ったマカチェンも、試合後は「日本の投手についてはあまりよく知らなかった。米国にとっては歴史的な勝利で、その一員となれて良かった」と答えたが、菅野のピッチングには度肝を抜かれたようだった。

 4番のナ・リーグの2年連続2冠王、ロッキーズのアレナドは、3打席連続三振。それも最後は、すべて148キロのストレートで仕留められる力負け。前日会見では、「菅野という投手のことは正直よく知らない」と、コメントしていたリーランド監督は、この日は一転、「菅野はビッグリーグ(メジャーリーグ)のピッチャーだ」と、最大限の賛辞を送った。

 最速151キロのストレートに、カット、スライダー、シュートを精密にミックスされ、攻略の糸口を最後の最後までつかむことができなかったのである。

 「今夜の日本のピッチングはよかった。しかし、自分たちのピッチングがそれを少し上回ったのだ」

 リーランド監督は、石橋を叩いて渡るような継投策をとった。

 先発のロアークは、その立ち上がりに山田に死球を与えて一死二塁のピンチを背負ったが青木を詰まらせ、筒香に対しても150キロのボールを動かして左飛。4回を2安打無失点にまとめて、まだ48球しか投げていなかったが、リーランド監督は、5回からホワイソックスのセットアッパーで、昨季はリーグ最多の28ホールドをマークしたネイト・ジョーンズに交代した。

 「今日のコンディション(雨)は、ときにはつらいものだった。日本はとても素晴らしいチームで、アウトを取るのが難しいチームだった。こんなエキサイトな試合は初めてだった」がロアークのコメント。

 だが、6回一死から菊池にライトフェンスギリギリに飛び込む同点ソロを打たれると、青木、筒香と、左打者が並ぶところで、すぐにインディアンズの左腕ストッパー、ミラーに代えた。
 7回はレンジャースで昨季38セーブを挙げたダイソンを挟み、日本の守備の乱れから1点のリードを奪った8回には追加召集したメランソン。昨季47セーブをマークした右腕だが、代打・内川にライト前ヒットを許して、一死二塁から青木を四球で歩かせると、筒香を迎えた打席で、迷わず変則右腕のニシェクを投入した。

 筒香は、見たこともないスタイルのピッチャーにタイミングが合わずライトフライに終わっている。そして9回は満を持して7人目のグレガーソン。今大会はリーランド監督が9回を任せているスライダーをウイニングショットにするアストロズのセットアッパーである。

 グレガーソンは期待に応え、最後のバッター松田を曲がりの激しいスライダーで三振させると、右手で小さくガッツポーズを作った。
 菅野、千賀、平野、宮西、秋吉というリレーの前に12奪三振を喫した米国チームにしてみても、投手陣の踏ん張りと、名将リーランド監督の機を見た継投策がはまらなければ、どっちに転んでもおかしくないようなゲームだった。

 

結構見応えのある試合だった。

投手陣は明らかに日本の方が上のように見えた。

投の日本、打のアメリカという感じの試合だった。

ここまでくると、「運」としか言いようもない試合だった。

 

侍ジャパンはプレミア12という大会でも準決勝で韓国に惜敗していたように思う。

今回の監督の小久保監督はそういう意味でも運を完全に引き寄せられなかったのかもしれない。

 

それにしても、日本の野球レベルは上がったものである。

菅野投手や千賀投手の投球を見ても、どの打者に対して堂々と投球していたし、球が遠くに飛ぶような感じは全くしなかった。

日本人の底力を見たような気がした。

 

日本の勝ち負けは運次第、こんな感想が浮かぶほど強くなったようである。

MLBの選手も青木だけ、頼みの綱の大谷は欠場、それでも互角に戦える。

次回は2021年、本当に楽しみである。

| とよ爺 | 日記 | 17:21 | comments(0) | trackbacks(0) |

今日はシトシトと一日中、雨が降っている。

ここのところ、毎日リハビリの日々なのだが、暑さ寒さの激しい変動には悩む。

やらなければならない仕事があり、少し会社に顔を出したのだが、気分がすぐれず、

家で休むことになった。

今は会社は春期講習、新年度募集の大変な時、役に立てない自分自身が歯痒い。

 

今年の日本の春は大忙しである。

豊洲、森友の証人喚問、WBCの準決勝、決勝など、何が何だかわからない。

昨日、元都知事の石原慎太郎さんが証人台に上がったのだが、脳こうそくの後遺症

のため、ひらがなさえも忘れてしまったとのこと、元気な映像しか浮かんでこない

人が、そんなことになっていたなどと聞くとなんとも寂しい。

 

女房は実家に帰っている。

実家に帰っているといっても、その実家に誰がいるわけでもない。

去年の8月、その住人の義母が旅立ってしまったため、もうその実家に住む人はい

ない。定期的に風を入れたり、郵便物を取りに行ったり、ご近所にいろいろなお願

いをしたり、結構すべきことがあるので行っている。

私はわんこたちとともに留守番となるのだが、行かなければならない散歩も、雨が

ふるとお休みしている。

 

リハビリの日々というのは、平常ではない日々である。

定年などと違って、その生活になれようとは思わない。

しかし、最低限の仕事をしないと会社は回っていかない。

教室業務、簡単な事務仕事、などは任せているのだが、それでも結構やらなければ

ならないことがある。

女房は「早く抜けないと体は治らない」というのだが、私はそうは思わない。

休む、働くのけじめをつければよいのである。

今は休む時期なので、徹底的に休もうと思っている。

 

今日の雨は私に「休め!」と言っているように私には聞こえた。

少し横になって落ち着いたので、これをお茶を飲みながら、ゆったりと打っている。

読み返して校正するのも面倒なので、また横になろうと思う。

雨音は不思議と心を落ち着かせてくれる。

| とよ爺 | 日記 | 16:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
有難いお言葉

先日、東京である同業者の方とお話しする機会があった。

うれしいことにこのブログの再開を心待ちにしていたとのこと。

本当に有難いことである。

 

その方は毎日、投稿していたころの記事を良く塾報で載せていただいていたそうで、それを

知るその方の教室のご父母の方から、私がかつてシリーズ化して書いていた「若き塾の日々」

「第2の故郷〜スペイン」も再開してほしいとのリクエストを受けてきたようである。

それ以外の記事も書いてほしいとその同業者も話していた。

今はほぼ「塾屋の順風」だけに絞って書いているのだが、考えなければならないと思った。

 

今はなぜ「塾屋の順風」を中心に書いているのかと言えば、先日、記事にもしたのだが、私

が今の立場から離れることもあり、一緒に働いる仲間たちに指針を与えたいという気持ちも

あるからである。

私は読んで同感した者だけに入っていくというブログ記事の性質が実は好きなのである。

自分自身、経営者に向かないとつくづく思うのは、自分自身の考えを皆に徹底するのは苦手

で、いっしょに働くのなら、同志のような気持ちで働きたいという気持ちがあり、わが社の

従業員たちを「仲間たち」と時折呼ぶのはそういう気持ちからである。

教育という職業に携わっているのだから、一人の偏った考え方を押し付けてやるものではな

いと考え、それはある意味、企業論理を逸脱している。

ゆえに私は決定的に経営者には向かないのである。

 

ブログはそういうことの関係のない自由区である。

ゆえに昔は思ったこと、経験したことを自由自在に書いたものだ。

今は前述したようなある意味、目的があるので少し記事に伸びやかさが欠け、面白くないも

のになっていると思う。

そういうこともあり、違う記事も復活させていこうと思う。

 

「若き〜」に関しては、過去の日記等から、題材を見つけ、書き始めようと思っている。

「第2の故郷〜」もアップした記事の続きを書こうと過去の日記やメモを読み返そうと思って

いる。

いつになるのかわからないが、頑張って続けようと思う。

あともうひとつは私たちの仕事のルーツを調べて書こうと思っている。

歴史なき業界は生き残ることができない。

私はこの業界が好きなので、トライしようと思っている。

| とよ爺 | 日記 | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
菜の花の季節

病気以来、私は一日15000歩以上のウォーキングを課している。

と言っても、いろいろな用事があるので、安定して記録できているわけではないが、

仕事復帰を視野に入れるとそう適当にも行えない。

それなりに必死の思いである。

 

そのウォーキングのひとつとして、愛犬の散歩がある。

私の家の近所には大きな空き地(空き地というのか調整区域というのかかなり広い)

があり、富士山がばっちり見えるその場所は良い散歩コースとなっている。

 

先日、散歩した時にその空き地の一部に菜の花が咲き始めていた。

毎年、真っ茶色な空き地の中に黄色い菜の花が咲き始めると心が躍るような気持ち

になる。

特に今年はこれまでの闘病生活があるので、その菜の花に感動した。

 

あと2週間、この空き地の外郭に桜が咲き始める。

桜色と黄色のコントラストを見ると命が少しもらえたような気持になる。

そろそろその季節が来るということを同時に思わぬ菜の花とのご対面で知る。

生きていることの幸せを実感する。

 

今年の春は子供たちも巣立っていく。

これまでどれだけ子供たちという嵐の中に身を置いて、自分自身の人生を否定した

り、肯定したりしてきたのだろう。

これからは女房と私の人生こそが、大きな肯定のファクターとなる。加えて自分の

夢や人生設計も大きなファクターになる。

女房に対しての責任は子供たちに対してのそれとは大きく違う。一方的なものでは

ない。

 

初めての菜の花を見て、こんなことを思うのはなんとも不思議である。

今年の春はいつもの春となんとも違う感じがする。

 

| とよ爺 | 日記 | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
新規体制移行

昨年度より、わが塾は新規体制に移行している。

いろいろな理由があるのだが、私自身、体調のこともあり、必然だと考えている。

そういうこともあり、今年は新規体制最初の募集となるのだが、結果がどうなるのか楽しみである。

現役のど真ん中にいるときは、楽しみなどと言う悠長な感じはなかったのだが、今は少し楽な気持ち

で見られているような気がする。

しかし、やはり他人事というわけにはいかないそれなりにいろいろなことを考える日々である。

 

新体制の者たちが一番最初に手を付けたのが人事の一新である。

勤務状況、個々の能力などをしっかりと分析して、適材適所を考えた。

それによる大きな配置転換や人事の入れ替えが必要となり、会社から去っていった人間もいるのだが

こういう時は大きな改革が必要である。

こうしなければならなかったのは私にも責任がある。心苦しいが新しい者たちを応援するしかない。

 

今後はオペレーションに大きな改革が移ると思われる。

お陰様で今年で4年目を迎える福井は全部で3教室となり、募集も絶好調である。

まだ募集をしていない時期から、多くの体験者が詰めかけて、勢いを感じる。今年は4教室目の開校

も考えなければならないだろう。

神奈川グループはおそらく合理化が行われるだろう。

体裁よりも、徹底的に結果を重んじる新体制のやり方に私は大きな期待を持っている。

旧体制を変えていくのだから、それなりに問題も出てくるだろうが、そういうことなくして改革など

ありえない。

このブログで私も訴えているが、変化を好まないのは今の世の中では怠慢である。

教育そのものが大きく変わっている今、動かない塾は私に言わせれば怠慢な塾である。

ぜひとも頑張ってほしいものである。

 

私自身の課題はどうこの会社を次世代に引き継いでいくかである。

いまや教室運営に目途がつき、残りの会社業務にシフトしていこうという時期である。

それに目途がつけば、第二の人生の準備に取り掛かろうと思う。

今はこれと言って、何をするということはないのだが、とにかくこの体をしっかりと治しておかない

と何もできない。

とりあえず今年は体を徹底的に治し、鍛えていきたいと思う。

| とよ爺 | わが塾 | 11:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜42

10年前と比べて、子供たちはどう変わってしまったということだが、前に述べたように本質的

には全く変わっていない。

私が思う一番変わってしまったものは精神的なものである。明らかにある部分が軟弱になり、

精神的には弱くなっている。

 

去年のオリンピックの際にもいろいろな報道があった。

メダルというハイレベルな話になると、必ず精神面の強さがクローズアップされて、マスコミ

を通して、いろいろな体験談が報じられる。

特にマイナス面があっても、強い精神力でそれを乗り越えたといった内容の報道が多い。

これは子供たちにおいても、まったく変わっていないと思う。オリンピック選手は別格と思う

人がいると思うが、私はこれはすべての人に共通していると思う。

 

この仕事をやっていて、「この子はだめだな」と思うのは、やはり集中力がない子である。子

供というのは弱いものなので、それにより結果が出なければ必ず自分以外のいろいろなものの

せいにする。こそとき、逆にこの時に、「自分自身の努力が足らない」と言える子供はのちに

絶対に伸びる。どの塾でも目覚ましく伸びる生徒がいると思うが、伸びない生徒と同じ環境で

勉強しているのである。親御さんたちは実際にその場にいないので、私たち塾屋は伸びた原因

を徹底的に分析しなければならない。私は現役時代は大きく子供たちの成績を伸ばし、地元で

はかなり有名だったのだが、コツを言えば、そういう生徒を徹底的に分析し、その結果をほか

の子供たちにしっかりと伝えるということを欠かさなかったからだ。そのコツは生徒一人一人

にわかりやすい言葉で納得させるのがこちらの技術で、それは子供たちとの付き合いが長けれ

ば長いほど的確になる。同じクラスの中でそういう成功者がどんどん出てくると教室環境が良

くなる。「次に成績を大きく伸ばすのは間違いなく〇〇である」などと全員の前で言ったかわ

からない。子供たちがそういう言葉を素直に聞くようになってくれれば、あとは子供たち同士

で刺激しあって、伸びていってくれる。そこに教える側の難しいテクニックなど何もない。

 

今の子供たちは、やはり昔よりもそういう動作を誘発させるのが難しいと感じている。要する

に精神的に非常に弱いので常に何かのせいにしなければ自分自身のアイデンティティーが保て

ない。もちろんそこには子供の主張を丸呑みしてしまう大人の責任もある。

これを再生するには、しっかりとこちらの考え主張を相手に伝え、子供たちがそういう思考に

陥っていかないように管理する必要がある。もちろんそこには親御さんの協力が不可欠である。

この私の主張に反する考えもあるだろうが、社会を見ていただきたい。人のせいにすることが

社会で許されるかを考えていただきたい。子供社会は来る大人社会を学習する場なのである。

もっと長い目で子供たちを見てほしいものである。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
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