子どもたちのことを真剣に考えましょう。

東京

ここのところ毎日東京ですることがある。

地元から通うと交通費だけでも馬鹿にならないので、女房の実家のある横浜に泊まり込みで

東京に通う。

新宿、銀座、渋谷と東京の中心を歩く。

東京という街は本当に少しの間で様相が違ってしまう。

これも経済が動いているということで、おそらく喜ぶべきことなのだろう。

私の地元とは、違う国のようである。

 

仕事を少しずつ仲間たちに移行していって、私にも時間が少しずつ生まれてきた。

女房はゆっくりすればよいというのだが、貧乏性のせいか、いろいろなことを入れてしまう。

今までの教訓で、こういう時間の余裕を感じられる時が自己を伸ばすチャンスで、ボケっと

一日しているのはやはり抵抗がある。

動くことによって、少しでも得ることができるものがあれば、それはプラスである。

 

ゆえにそのひとつとして、ゆっくりと東京を見る。

例えば、今日は新宿を歩いてきたのだが、昔と変わっているものを自分の記憶から探る。

これと言ってはっきりと言えることはないのだが、その過程で昔の自分がオーバーラップし

てきて、自分自身を見つめなおせたりする。

そういうことから、普通にしていては絶対に得れない何かを得られたりもする。

新宿では京王プラザホテルに行き、ビッグな方に話を聞くことができた。

誰とどういう話をしたということは書けるわけはないのだが、やりようによっては自分自身

の人生が開けるのではないかなどと考えたりもする。

 

人の人生は私に言わせれば考え方次第である。

自分自身で希望が持てる人生とはどういうことかと分析し、それに目指して動くことができ

れば、その人生は価値あるものとなる。

病気だけはいかんともできないが、後はどうにでもなる。

何も大きな変化はないが、自分の思考回路がだんだん上向きになってきた。

東京を歩いての湧き上がる感性に満足している私がいる。

| とよ爺 | 日記 | 10:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
都会を歩く

ここのところ私は女房の実家に泊まっている。

女房の実家と言っても、去年、義母が他界してしまったので、今は私と女房が交代で

管理している。

最寄りの駅は京浜急行線の八丁畷駅、この駅はJRも乗り入れており、立川方面に行き

やすい。

八丁畷駅までは徒歩5分、JR川崎駅までも徒歩圏で18分ほどである。

 

昨日は渋谷に用事があったのだが、時間に余裕があったので、川崎駅まで歩くことに

した。

川崎駅にはアゼリアという大きな地下街がある。

昔、テレビドラマの「男女7人夏物語」の舞台になったところである。

また、反対側には大型ショッピングモールラゾーナという施設ができ、昨日は日曜日

ということもあり、多くの人で溢れていた。

 

都会を歩くといつも思うのだが、これだけ多くの一人一人に人生がある。

私自身の人生などまったく特異だとは思わないのだが、その私の人生も唯一無二のも

のである。

そういうことを考えると人の世というのは不思議なものである。

 

人は人、自分は自分と考え、人の人生にはまったく興味がないという人もいるが、私

は非常に興味がある。

興味を持つということは人生を楽しくすると私は思っているからだ。

もちろん自分の人生も周りに人がいなければ成り立たない。

他人を否定していては、人間世界に生きていくことはできない。

 

ゆえに人がたくさんいるところは正直疲れることもあるが、基本面白いと私は思って

いる。

特に都会は人が多いので地元を歩くよりもいろいろなことを考える。

これからは人生が楽しくなることを求めて生きていかなければならない。

「都会を歩く」ということもある意味、私の人生を楽しくしていることなのである。

| とよ爺 | 日記 | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
家のリフォーム

家も20年以上となるとそこら中が痛んでくる。

洗面台の水漏れのため、気づかぬうちに床も洗面台もおかしくなっていた。

女房がどうしても洗面台を交換するというので、ホームセンターへ。

「まだ頑張れば使えるのでは…」と私が言うと、一挙に不機嫌になった。

「洗面所の床の掃除を毎日誰がやっているの?」、そう言われると返す言葉もない。

「私のパートのお金で買うんだから、文句ないでしょ。ホームセンターくらい連れてってよ」

そう言われたら、連れていくしかない。

 

結局、車でホームセンターに行き、洗面台の交換をお願いすることになった。

できるだけ現在使っているものと同じ形式のものにした。

一応下見に来るというので、もちろん女房の都合でお願いした。

 

その夜、私がテレビを見ていると、「トイレも何とかしたい」と私をサイド攻撃してきた。

1階にも、2階にも、トイレはあるので、これも結構大変である。

今のトイレは20年以上使っているのだが、当時は最新式でも今は古臭い感じがする。

「床の張替えも、壁紙も交換したい」

「そんなことをしたら、えらいお金がかかるじゃないか」

私もあと数か月で年金生活者となる。お金は貴重である。

「だから、年金生活者になる前にやりたいのよ」

 

実はホームセンターで洗面台を見たとき、トイレの展示もあったので時間つぶしに見学してい

た。

洗面台はせいぜい高くても10万円ほどだが、トイレはもっとかかる。

もちろんそれは便器だけのことで、床も壁紙もとなれば、もっともっとかかる。

加えて1階と2階の二か所である。

「洗面台は私が出すんだから、トイレはそっちね」

これはひどい話である。

 

翌日、どれくらいでできるかネットサーフィンをしている私である。

この歳になると不条理な話でも口答えはしない私である。

「ここ1年で君の病気のためにどれだけ大変な思いをさせられたと思ってるのよ!」

これを言われるともう口答えはできず、ギブアップである。

本当に病気というのは災いしか持ってこないものである。

皆さんもくれぐれも気を付けていただきたい。

| とよ爺 | 日記 | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陽光発電

私の家は築20年以上のボロ家だが、生意気にオール電化の太陽光発電である。

そもそも私はそういうことには疎いのだが、女房の提案で東北の大震災が起こった一か月

ほど前から始めている。

どこで買うかは私に任され、ネットを調べて取り付けた記憶があるのだが、当時、ハウス

メーカーなどの見積もりの半分くらいでできた記憶がある。

加えて補助金もあり、今と違ってキロ当たり48円で買い取る契約ができたので、十分もと

をとっているという感じがする。

なぜ今回、それを記事にしたのかと言えば、先月の売電価格が今までの最高となった。

5.25kの発電パネルをつけているのだが、売電額が30000円を超えた。

通常なら22000〜25000円、冬場だと12000〜15000円くらい、年間20万円ほどの売電

になるのだが、この金額はすごい。

おそらくパネル設置は補助金があったので120万円くらいでできているので、すでにもと

が取れているのではないかと思う。むしろ昼間の電気代が落ちているので、ずいぶん得を

しているのではないかと思う。

 

しかし契約は10年、それが過ぎると売電がなくなるので、契約期間は残り少なくなってき

た。

しかし、オール電化の生活に慣れてしまうと何も不自由はない。

子供たちがいなくなったので、電気もさほど使わなくなった。

それでも女房は節約家なので、節電生活は続いているが、それも生活になじんで普通のこ

とになってきた。

慣れというのは恐ろしいものである。

 

仕事をセミリタイアし、日々の生活に戻ってみると今まで感じなかったことを結構感じる

ようになる。

日々の生活の中にいろいろな発見があり、これもまた面白い。

自分自身の仕事も、結構客観的に見えるようになってきた。

経営者になった時、かなり客観的に仕事を見れるようになったのだが、それにも増して、

客観的に見ることができるようになったような感じがする。

そのとき、一大事なことも客観的に見れば、なんてこともないように見える。

いま業務引き継ぎで、頑張っている仲間たちは必死で大変なのだろうが、私に言わせれば

まったく日常の一端で大したことはない。

しかし、その大変さがわからないかと言えばノーで、私自身もそういうパラドックスに陥

ってしまったときがある。

 

今回の太陽光の気付きのように、仕事においても視野が広がり、いろいろな気付きができ

てくるともっともっと冷静な判断ができ、いろいろな知恵が出てくるようになる。

それまでの消耗は結構つらいものであるのだが、ぜひとも頑張ってほしいものである。

| とよ爺 | 私のこと | 14:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
完璧主義者

先日、NHKの「アナザーストリー」という番組がカーペンターズを特集していた。

私も彼らの曲は好きなので、その番組を楽しみに拝見した。

日本で彼らを売り出した人の話や彼らの苦労時代のエピソード、そして、日本公演

のときにカレントいっしょに「シング」をうたった当時の子供だった方々の話、そ

して、彼らの才能について、どれも興味深く拝見した。

 

その番組の中に、「カセットテープレコーダーの謎」というコーナーがあった。

私はそのエピソードを見ながら後年、リチャードは睡眠薬におぼれ、カレンが拒食

症に襲われた原因のひとつがわかるような気がした。

そのカセットレコーダーはコンサートの録音で、すべてのコンサートを収録してい

たそうである。

そして、彼らはそれを漏らさず聞いて、反省点、改良点を見つけ、修正していたと

のことだった。

バックメンバーの一人が、「彼らは完璧主義者で、他のアーチストでもあれほどの

完璧主義者はいない」と話していた。

 

私自身、若いころは特に仕事においては完璧を求めようとしたこともあった。

しかし、本来私自身は凡人なので、それに対しての思わぬ消耗を堪え切れることは

できなかった。

人はそれを妥協というのかもしれないが、やはり身が持たないと思ったりもした。

加えて完璧を求めれば求めるほど孤独感が増し、精神的にタフではない私はこのま

まで行ったら、精神異常を起こすなどと考えたこともあった。

 

完璧主義者の一番の強敵は孤独で、私はカーペンターズのドキュメンタリーを見な

がら、そんなことが頭に過らせながら、ストーリーの展開を見た。

やはりカレンの拒食症は異常でしかない。

完璧主義者ゆえの顛末だったのかもしれない。

 

しかし、私と大きく違うのはのちの人たちに大きな感動を残したこと。

その代償はあまりにも大きいものと言わざるを得ないが、今もなお人々を救い、癒

している。

ひとつの時代を築くための代償はあまりにも大きなものだが、永遠に彼らは語り継

がれるだろうと思った。

CDを引っ張り出して、もう一度じっくりと聞こうと思う。

そして、カレンの歌声になった歌詞を翻訳し、味わってみようと思う。

| とよ爺 | 日記 | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
病院での再会

一昨日、病院に行ったことは昨日の記事で書いたのだが、偶然、その病院で昔から知って

いる同業者にあった。

私は還暦をとうに過ぎている歳なのだが、その知り合いの塾屋は私よりはおそらく10歳以

上は若い。

私は心臓病のセクションに通っているのだが、その知り合いも同じセクションである。

年寄りが多いセクションゆえにかえって心配になる。

 

「どこが悪いの?」

「とよ爺先生は?」

「狭心症などいろいろ、ステントが1本入っている。君は?」

「同じようなもんです。長年の不摂生がついに来たという感じです」

「なりの果てが俺か、俺みたいになんなよ」

「とよ爺先生はぱっと元気そうですけどね」

「今はな、一時はだめだった。半年で3度も入院したよ。情けない」

「頑張ってくださいよ。まだ先が長いんですから」

「いや、塾はこの4月で引退だ。今は引継ぎしてて、夏になったら、おさらばだ」

「とよ爺先生がですか? 塾、大好きじゃないですか」

「病気に負けたんだよ。だからお前も気を付けろ!」

「俺も実はもうやめようかと思っているんです。今のうちだったら、次の職にもつける。

これ以上踏み込むと抜けられなくなるから」

「生徒が減っているの?」

「5年前の半分以下ですよ」

「大変だな」

 

最近、本当にこういう話ばかりである。

もちろん勝ち組もいるのだが、特にうちの県は他県と比べて、負けてしまう者が多いよ

うに感じる。

他県と比べ、大手のやり方が地域密着型の私たちのやり方に酷似している。いやここ数

年で酷似してきた。

塾という業種は基本的には地域によって来るものだと昔から思っていたが、大手もやっ

とそれに気づいてきたということではないだろうか?

 

「残念だけど、もう決めてんだろ」

「はい、来年の3月まではやろうと思います」

「どちらにしても身体が第一、しっかり治せよ!」

「はい。お互いにね」

偶然の出会いだったが、なんとも寂しい出会いだった。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
回復途上

昨日、大船にある私のかかってる病院に行って来た。

朝一で結構大変なのだが、今回は良い結果が出ることが予測できたので足取りも軽い。

自分の中で今年は徹底的に体を治すということを決心した。

一時は心にポカンと穴が開き、ボケっとしてしまった日々もあったのだが、今は気力も

だいぶ戻ってきた。

私を必要としている環境が数多くあるので、幸せの一語に尽きる。

 

今回の診察で、私の病気の元凶のひとつである強い飲み薬が減った。

最終的には、カテーテル手術をした去年の8月20日から1年後まで薬は飲まなければなら

ないのだが、段階的に薬は減っていく。

今回の診察でお陰様でその薬は一種類減った。良くなっている証拠である。

やっと先が見えてきたという感じである。

 

ただただ養生しているのではなく、毎日のウォーキングも頑張っている。

会社の関係で思うとおりにできない日もあるのだができる限り続けている。

食事も気を付けている。

食生活は非常に重要で、今までになかったほど神経を使っている。

それもゴールが見えているから、マラソンで言えば30kmを過ぎ、ゴールを意識し始めた

頃である。

最後でつまずくわけにはいかず、それまでよりは慎重になる。

とにかく自己管理をしなければならない。

こればかりは他人のせいにできない。

頑張って私を持ってくれている人のもとへ、行かなければならない。

 

暑い夏が来ると、去年を思い出す。

ここ数日は夏の暑さだったので、発病した去年の富山の暑さを思い出した。

それからは結構、大変な日々だった。

義母の急逝により、富山の病院から無理やり退院し、葬式を出した。

その疲れがたまって、今度は大腸の病気で長期入院。

退院して年末なり、あいさつ回りをしていたら、体調を崩し、1月に再度入院。

こんこんと病院内で担当医にお説教を聞かされて、初めて事の重大さを理解した。

それからはまじめな日々を送っている。

回復途上にいると心も晴れる。

動ける日々ももうそこまで来ている。

| とよ爺 | 私のこと | 10:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
60歳の独立

私の友人に60歳になってから起業した者がいる。

そもそも彼は地元資本のデパートに高校卒業時から務めていた。

その地場のデパートも、大手のM&Aに沈み、当初は望まれて残ったのだが、やはり大手は

冷たいものである。

役目が終わると追い出しにかかった。

いや追い出しにかかったというよりは、続けていけない心理状態に追い込まれた。

 

彼は第二の人生を始めなければならなかったのだが、さすがに会社も無条件で放り投げる

ことができず、手に職をつけるための専門学校費用を負担するという。

彼はその制度を利用し、マッサージの学校に通った。

 

専門学校も終わり、彼は自分のお店を立ち上げた。

実は私たち友人には何も知らせなかったそうである。

それもあって、私がそれを知ったのはずいぶん後のことになる。

「友達に言えば、来てくれると思うんだけど、一般のお客さんについてもらわなければ食

べていけない。だから、知らせなかったんだ」

その情報を知って、慌ててそのお店を訪れた私に彼はそう言った。

「おう、何とか食えているよ。落ち着いたら、もう一店舗考えているんだ」

「そりゃすごいな。大したもんだよ」

「いやあ、周りの人のやさしさのおかげだよ。感謝しなければならないよ」

「でも、お前の力だってなきゃ」

そんな話をしている彼の顔は自信に満ちていた。

 

60歳を過ぎてから、今までやったことがないことを勉強し、起業するのは生半可な決心

でできないことは、誰でもわかることである。

その折の彼の心中は察してもあまりある。

私も第二の人生を切り開けるのだろうか?

その友達を持ていると勇気が湧いてくる。

 

「俺にマッサージしてくれよ」

「無理しなくてもいいよ」

「こんなに近くに住んでて、一度も来ないなんてことは許されないよ」

「それもそうだな」

笑いながら、私に欠ける彼の笑顔がまぶしかった。

 

去年の開業以来、公休日はなしである。

学校時代は会社が休みの日に通っていたという。

「もう5年間、なんだかんだで休みなしだな。でもきついけど楽しいよ」

数年前よりも、何倍も大きくなったような気がした。

友達とは本当に素晴らしいものである。

| とよ爺 | 仲間たち | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
暑い日

昨日はなんとも暑い一日だった。

毎日のウォーキングが義務付けられている私は暑くならないうちにと午前中に家を

出たのだが、どんどん気温が上がり、真夏のような感じになった。

もっとも午前中は風が涼しかったので過ごせたのだが、午後は風もやんで、結構、

暑さを感じる一日となった。

 

午後は通常なら、わんこたちの散歩に出るのだが、さすがに昨日は夕方にずらし、

家で静かに暑さが過ぎるのを待っていた。

午前中のウォーキングで汗びっしょりとなり、シャワーを浴び、上から下まですべ

て着替えて、さっぱりしたので、テレビを見たり、本を読んだり、結構、気ままな

日曜日となった。

女房は土日はパート、一人静かに過ごすことになった。

 

それにしても、営業の電話がひっきりなしにかかってくる。

保険のセールスだとか、ネット関係、墓地案内などうちにいるとそういう電話に一

日中悩まされる。

私より早くリタイアした長兄は、固定電話を解約し、携帯だけにしたようだが、わ

が家も固定電話には営業の電話しかほとんどかかってこない。

そういう選択もありだなと最近持ったりしている。

 

今週は明日、久しぶりの検査がある。

その検査の結果が良ければ、だいぶできることが増える。

今回は模範的な生活をしてきたつもりだ。

自覚症状などから、快方に向かっているというのは私にもわかる。

ここで慢心するわけではないが、これが終わったら、そろそろ次の行動に移ろうか

と思っている。

 

夏を思わせる暑い日曜日、いろいろなことを考え、ゆっくりとリラックスができた。

次にやってくるであろう私の季節に対しての心の準備もできた日だった。

| とよ爺 | 日記 | 10:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
わが女房

子供が独立し、やっとゆっくりとできるのだが、うちの女房は働き続けている。

私も経営からリタイアし、引継ぎが終わったら、しばし家にいようと思うのだが、今までと

立場が逆転するので、何かをしなくてはならないと思ったりもしている。

今はタイミングが合えば、洗濯物の取り込みやこれは私の役目だが、わんこたちの散歩、生

ごみ以外の特殊なごみの整理と処分、なども行っている。

ルーティーンな仕事をもっと増やさなければならないのだが、結構、通院が時間を取られる。

ゆえにあまり家事の戦力にはなっていない。

 

それゆえか、火事に対してのリクエストはしないことにしている。

食事なども、女房が自分の食べたいものを食べればよいと思っているし、洗濯物もなるべく

出さないように心掛けている。

そうは言っても、空いた時間がないわけでもなく、自分の時間に充てることはできる。

こうなって家事とは割と時間の制約があるものだと実感する。

 

女房は週に4回ほど働いている。

もちろんパートタイマーなのだが、その年数は長い。

パートがないときはほとんどジムに通っている。

私にとっては不思議なのだが、結構長い時間をジムで過ごしている。

むしろパートタイマーの日の方が家にいるような感じがする。

そんな女房の習性も最近だんだんわかってきた。

 

とは言え、女房は空気のような存在である。

やはりいないと寂しいし、いるからと言って、お互いを拘束することもない。

日によっては日帰り温泉などに一緒に行ったりもする。

お互いの使う時間をわかっているので、そこで時間がすれ違ったりもない。

ただ私の体に対しての文句は定期的に噴出する。

それも私が悪いので、ただただ頷いて聞いている。

しかし、そういう割には女房も健康的な生活をしているとは思えない。

ジムに行っているからと言え、バク食いはやめた方が良いのではないかと思う。

しかし、それを口に出して言うことはしない。

明らかに私よりは健康である。

 

8月が過ぎると私は薬から解放され、少々無理がきくからだとなる。

そうなればそれなりに動く予定である。

そうなれば少しは今の生活は変わるのだろうか?

わが女房は絶対にマイペースだと私は思っている。

| とよ爺 | 家族 | 14:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
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