子どもたちのことを真剣に考えましょう。

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しばし休稿

今日で7月が終わる。

昨日の記事あるよう、8月は私にとって非常に重要な月である。

場合はよるが、PCに向かえない日も多々あると思うので、このブログはしばし休もう

と思う。

順調にいけば、9月中ぐらいには戻れそうだが、それも私次第である。

 

とにかく1月から半年の間、休まず投稿ができた。

以前のように一日4稿などと言うのは夢のまた夢なのだが、とりあえず休まず投稿がで

きたので、私の中では満足している。

もっとも記事内容が良いかと言えば、ダメなのだが、しばらく休んでいたので、とにか

く続けるということが今回は重要だった。

 

9月に復帰できたならば、毎日の投稿と言うよりは、自分の投稿したいときに投稿した

い記事をアップしていこうかと思う。

 

とにかく明日からは、万全になるためにすべてを注ごうと思っている。

皆さんもこの暑い夏に負けないよう、お体をご自愛しながら過ごしていただきたいと思

う。

| とよ爺 | 私のこと | 10:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
勝負の8月

私にとって、勝負の8月がやってくる。

勝負と言っても、自分の体のことなのだが、8月末に予定されている検査に向けて、1日に

まずは精密検査が行われる。

これを無事にパスすれば、早ければ8月末、遅くとも9月半ばまでには正式な検査を行い、

経過が順調ならば、無罪放免となる。

そんな理由での勝負と言うのだから、なんとも情けないのだが、私にとっては非常に大きな

問題で今後の人生を占うぐらいのことである。

今のところ経過は極めて順調で、しっかりとお医者さんの言われる通りの生活をしているの

で、私自身は結構自身のあるところ。

しかし、何度も裏切られているので、最後まで気を緩めずに行きたいものである。

 

病気がひと段落付けば、あとは予定が目白押しである。

結構、忙しい日々を送ることになるのだが、今回、リハビリ期間を経験して、やはり自分に

は、いわゆる楽隠居のような生活は向いていないと実感した。

世の中に必要とされないのなら、そういう道もあるのだが、ありがたいことにいろいろなと

ころから、声をかけていただいている。

しかし、フルタイムのきつい仕事はもう年齢的に難しいので、その辺のことを考えながら、

行動を起こそうと思う。

 

ひとつだけ決まっているのが現在、7歳年上の次兄がやっている仕事を手伝おうと思ってい

る。

この仕事は私の父親が基盤を作った仕事で、次兄の意向もある。

当初は塾をやりながらの手伝いを考えていたのだが、やはりそんな甘いものではない。

そういう意味で今回、私に降りかかってきた災難は天罰ではないかと思っている。

どういう仕事にしろ、やはり中途半端な気持ちではできない。

塾には私のあとを継ぐべき優秀な人材がいるのだが、次兄の仕事にはいない。

そういう意味で運命づけられていたのかもしれない。

 

と言うこともあるので、明日の記事を一旦の区切りにしようかと考えている。

半年間、一日も休まずブログ更新を重ねてきたが、この1〜2か月がある意味、私の人生の

節目となるので、身体のことに専念したい。

予定では、9月中の再復帰に向けて頑張るつもりなのだが、それは治療、手術の日程により

異なってしまうと思う。

ということで、明日で一旦筆をおくので、読んでいただいてくれた方々にこの場を借りて、

ただただ感謝ばかりである。

この夏は生涯忘れられない夏になりそうである。

| とよ爺 | 私のこと | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
夏バテ

年齢のせいか、今年の夏は結構きつく感じる。

もっとも例年にない結構ハードなウォーキングを義務付けているせいもあるかもしれない。

一日20000歩はこの炎天下にはきつい。

 

体力もそうなのだが、ここ数日は腰痛、筋肉痛のため、ウォーキングを休んでいる。

と言っても一昨日から少しずつ再開し、12000歩ほど歩いた。

しかし、昨日はいろいろな約束もあり、多くの時間をウォーキングに割けなかった。

個人の案件ではなく、去年夏に亡くなった義母の案件をこなさなければならなかった。

 

女房もこの暑さで少々不機嫌である。

私が家事を何もしないとご立腹である。

腰痛や病気の加減で、この夏まではマイペースでやろうと決めている。

やはり医者から免罪符をいただかないと気持ちに不安がある。

仕事準備も含めて、今は身体に徹したいと思っている。

 

さて昨晩女房から、相談を受けた。

義母の法事のことで長男と連絡を取りたがっているのだが、LINEしても既読にならない、連絡を

入れても、携帯に出ないで、何かあったのかと心配をしている。

長男は大手ゼネコンに入社し、今は震災の復興に携わっている。

入社して間もなくは新入社員ということで、結構、気を使っていただいていたようだが、今はあ

る意味、一番きついときだと思う。

現在、新国立競技場の過労問題が大きく取り上げられている。

うちの息子の会社も基礎工事を担当する会社なので、少々心配だというのが女房の言い分である。

問題になっている会社が公表されないので、息子に「お前の会社ではないのか?」とLIMEをした

のだが、既読にはなったが返答がないので私の多少は心配である。

しかし、いい加減な奴だから、思い立ったら返信してくると思っている。

 

今年の暑さは関東も東北も北海道もない。

うちの息子は仙台に赴任しているのだが、現場は大変に違いない。

とにかく頑張って乗り切ってほしいものである。

 

とにかく人の心配は無用であるが、私の病気もこの夏が山場である。

夏の終わりに再検査を行い、回復していれば、強い薬から放免されて、昔通りにバリバリとやれ

そうである。

とにかくその検査は8月1日を皮切りに9月の前半まで続く予定である。

とにかくこの夏バテを克服し、ノルマをしっかりこなそうと思っている。

| とよ爺 | 私のこと | 10:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜63

他業種とは違い、教育の場に雑学はやはり必要である。

授業を面白くするには、テキスト内容をオウムのように繰り返していたのでは聞く

側も退屈してしまう。

若い人たちに限らず、各々の学生時代にいかに無駄話をしていたかと考えてみると

おそらくそう多くはそういう経験をしてこなかったのではないかと思う。

無駄話をしたといっても、話す内容がいつも似通っていたのではおもしろくない。

いろいろな話題を広範囲にいかに話しているかである。

 

私の子供たちを見ているとSNSの影響を非常に受けていると感じることがある。

わからないことは条件反射で調べたりしているが、それは何もないころ、私たちが
辞書を引くような行為で悪いことではない。

しかし、何もないころは一拍そこで考えたりもした。

やはり今考えるにそういうことは必要ではないかと思う。

携帯ゆえに思考力や想像力、洞察力が育たない。

そんなことがあるのではなかろうか。

 

話が面白くなければ、魅力的な授業は存在しない。

ゆえに大手学習塾がやっている演習中心の授業にならざるを得ない。

常に子供たちに課題を与えていれば、子供たちを遊ばせない。

昔の魅力的な授業は現代においてプリントになってしまったのである。

そう考えれば、学習効果が下手な授業をするよりも問題をやらせていた方が出てく

るのは当然で、結果重視の今の世の中においては、そういうやり方が主流となる。

もちろんそれにより教える側のスキルは落ちる。

ゆえに現代はシステムが生徒を集める時代になってしまっているのである。

 

前にも書いたようにそういう状況下において、どこもできていないのは管理である。

プリント主流になるのならば、その管理の重要性が増すのである。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
頭脳戦

一昨日、次兄の仕事の関係で日本リージャスという会社の不動産開発ディレクターの柘植さやか

さんのお話を聞くことができた。

リージャスという会社は、120ヵ国1000都市3000拠点でレンタルオフィスを運営する大会社で

わが国にも24都市に110拠点でビジネスセンターを運営している。

わが国にビジネスを開始したのは1998年、20年足らずの会社である。

これから拠点を増やしていき、2020年には400〜500拠点にビジネスセンターを増やしていくと

いうものである。

もともとはイギリスの会社で設立は1989年、そんなに古い会社という感じはしない。

日本の企業感覚で言えば、むしろ会社歴は浅く、この短期間でこれほどの会社になるというのは

とんでもないという感じすらする。

ちなみに私のいた会社は創業は1967年、会社組織にしたのはリージャスと同1989年、そういう

意味では会社としては同い年である。

現状を考えると恥ずかしい限りだが、やはり話を聞いてみるとそれなりの秘密がある。

賢い経営手腕にただただ感心するお話だった。

 

ここ三か月で私は同じような営業手腕を発揮する3社の代表、そしてこの柘植さんの話を聞かせ

ていただいた。

最初はホテルグループCANDEO HOTELSの穂積輝明代表、GLOBAL AGENTSの山崎剛代表、そ

して、日本リージャスの不動産開発ディレクターの柘植さやかさんである。

細かい営業手法はHP等で調べてもらえばわかるのだが、3社に共通するのはそのユニークな営業

手法である。

自己資本を最低限でしか使わず、アイディア勝負という営業法である。

簡単に言えば、ハードではなく、ソフトで勝負という会社運営姿勢である。

短期間で成功するのは、やはりこういう会社でなければならないのだろう。

穂積氏はホテル業界で、山崎氏は賃貸マンション業界で、柘植氏はレンタルオフィスで、いずれ

も業界は違うのだが、頭脳で勝負しているという感じである。

 

私たちの業界も、場所・規模などハードなものよりもこれから生き残る者たちは頭脳を働かせた

人なのだろう。

残念ながら、私の業界にこういう風雲児はいないし、考え方も古いのだが、変わっていかなくて

は生き残れないのではないだろうか?

とにかく東京にはすごい人たちがたくさんいる。

東京というところは日本国ではなく、東京国なのだなあと改めて思い知ることになった。

もっともっと頑張らなければならないと実感した一日だった。

| とよ爺 | 日記 | 09:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
大荒れ

国会が大荒れである。

本当のことを話しているのであれば、誰かが嘘を言っている。

どちらにしても国の中枢に大嘘つきがいるということである。

こんな国にいったいどういう未来があるというのだろう?

本当に悲しい限りである。

 

いつ加計学園が申請していることを知ったのかという問いに対して、1月20日まで知らなかった。

という安部総理の答弁に対し、物議を醸しだしているのだが、そもそも認可を与える主たる組織

の長が、申請期間に当事者と飲酒やゴルフを共にするという行為がおかしい。

こういうことを平然と言う総理は本当に国民に馬鹿にしているではないかと思う。

どこに真実があるにせよ、国民を軽視する政治があってはならないと思ったりする。

 

とにかくここ数か月、教育に関しての政治腐敗が問題になっている。

もっとも公正な扱いを必要とする分野であって、こういう疑惑が出てくること自体、この国は遅

れていると思わざるを得ない。

もっとも政治が干渉してはいけない分野で、扱いは公正にしなければならない分野なのに、この

体たらくはまさにモラルや文化のない国が行うことである。

 

国会の答弁を見ていても、前川前次官を皆がいじめているような感じで、こういう集中砲火を見

ているとむしろ一人を大勢でいじめている方が悪いような感じがする。

前川前次官には何も守るものもないし、利益があるわけでもない。逆にいじめている大勢は権力

というものを必死に守ろうとしている感じがする。

調べる人も第三者ではなく当事者、これでは真実が出てくるはずもない。

第三者の介入を拒んでいるということも、一般社会の常識では後ろめたさがあるということにな

る。

一般常識が通らないこの世界を子供たちにどう説明すればよいのだろう?

夏休みのこの時期、一日中、テレビ放送が見れる中で少なくとも大人の対応をとれないものなの

だろうか?

 

「昔から政治の世界はこんなもんだ」という人もいた。

そうだとしても、それはまったく政治の世界は進歩をしていないということになる。

そんな政界で目覚ましく変わりゆくこの時代の先端を走ることができるのだろうか?

この大荒れがいつまで続くかわからないが、本当にもう腹いっぱいである。

今までを一新して、新たな体制を造れないものなのだろうか?

夢が持てる国になってもらいたいものである。

| とよ爺 | ニュース | 09:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾の起源〜明道館

佐内はまもなく明道館の改革に着手する。

まずは城内にある明道館を中心として分校を作った。

また同時に藩内の武士たちが勝手に作っていた学問や武術の道場を閉めさせた。

加えて新しく算科局と洋書習学所を設けた。

 

また技芸を重視し、当時の「技芸卑視」の風潮を払しょくした。

要するにより実践的な学問を重視したのである。

もちろん学生たちは反発した。

それまではまずは武士精神を極め、それから技芸を学ぶという考えが主流だったからだ。

武士精神を無視するような考え方は当然反発を呼ぶ。

しかし、実際に「それを学んだところで君たちはすぐに現場で役立つことができるのか」と佐内は

皆を説得した。

それはそれなりの説得力があった。

また、佐内は経済活動を重視した。

学生はそれにも多くが反発をする。

それまでは、「経済は卑しむべきもの」と教わっていたからである。

佐内は経済とは経世済民【世を経(おさ)め、民を済(すく)うの略】が目的だ。

組みを富ませ、民を幸福を与えるにはあらなければならないものだと話した。

 

そして、こう結ぶ。

童門冬二さんの「私学の研究」の文章を抜粋する。

「私は世間で悪徳と言われているようなことが、逆に人間が能力を開発する美徳だと信じている。

豪放磊落、不羈奔放、果烈狷介などを尊ぶ。なぜならば、こういう能力を持つ人材は、必ず大節義、

大機略、大作用、大処理を行うからだ。(中略)この福井から日本海のかなたの大陸、あるいは一

転して太平洋のかなたの全世界に目を向けよ。君たちには、そういう素養があるはずである。もし、

君たちの豪放磊落、不羈奔放、果烈狷介の性格を云々するような者がいたら、その責任はすべて私

がとる。子の明道館ではあくまでも題を目指して、君たちが自分の能力を体の底から噴き立てるこ

とを望む」

 

こんなことを言われて、感動を受けない若者はいない。

佐内の改革はこういうことから始まった。

しかし、改革に携われたのはわずか一年足らずだった。

慶永の腹心として、京都に「一橋慶喜擁立運動」工作に派遣されたからである。

のちにこれが安政の大獄に続いていくのだが、なんとも悲惨な結果をもたらしてしまったのだろう。

 

読んでいただいる皆さんにはよくお分かりになるだろうが、経済を重視したことにおいて、佐内は

石田梅岩と同じである。

経済が「経世済民」の略だと知っている者は少ないと思う。

現代では学ぶ者は多いのだが、この時代にはとても卑しいものだと思われていた。
「士農工商」という言葉でもわかるのだが、武士にとっては卑しいものだったのである。

両名とも本質を考え、それが不可欠なものだとリベラルな気持ちで教えることができている。

私も子供たちにかかわってきた一人だが、常にこうありたいと考えてきた。

その思いは何度も指導の局面において、私を間違いから救ってくれた。

目の前の子供たちにいったい何が足らなくて、こんな自分でもそれを満たしてあげられるのか。

当時の私の尊敬する者たちは、誰もがそういう確信を持っていたように思う。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾の起源〜明道館

童門冬二さんの「私塾の研究」から、明道館の改革の真髄がわかる部分を抜粋しよう。

「改革の根本をどう考えるか?」と尋ねる慶永に佐内はこう答えた。

「政教一致でございます」

「政教一致とは?」

「政治に役立つ実学を教えるということでございます。現在の明道館では、まったく役立たぬ

空理空論ばかりが教えられています。学生たちがああいう風になるのは無理がありません」

「具体的には?」

「まず、教えるに足る人材を発見することでございます。続いては、その人材を育てることで

ございます。第三には、その人材に正しい政治技術を授けることでございます。そして第四は、

そういう人材を枢要なポストにつけて活用することでございます。現在の明道館の状況は、教

官たちが器量が小さいため、才能ある人材が発見できない。また、学問に自信がないものだか

ら、学生たちの行いの小さいことを問題にして、ああでもない、こうでもないと注意したり罰

したりしております。自分に迎合する者を好み、教官に反論したり、議論を吹っかける者を次

々と退けております。この三つの悪弊を除かなければ到底人材は発見されないし、育てること

もできないでしょう」

 

私たちの教室運営に照らしても同じことが言えるのではないかと私は思う。

どうして生徒が集まってこないか、成績が上昇させることができないかなど、塾をやっている

といろいろな壁に突き当たるものである。

多くの者はシステムや教材などを変えてみたり、生徒管理を厳しくしたりするのだが、それで

効果が出るのだろうか?

佐内が慶永に話していることはものを教えるうえでの本質であり、第一義に来なければならな

いものである。

私も多くの私学の教諭の皆さんとのお付き合いがあるのだが、例外なく生徒に人気があり、大

学進学実績をしっかりと出す先生は多くの勉強を普段からして、自分自身のすべてにおいて疑

問を感じ、常に改善をしているという共通点がある。

お恥ずかしいが私がいた塾の講師たちを見るに、一応はいろいろな意見を言うのだが、一番の

私の言う基本ができていない者が多い。もちろん私の塾以外の同業者たちも同じようなものな

のだが、佐内が言っていることは学校でも塾でも全くぶれなく現在も同じことである。

それを理解していない輩がここ最近は本当に増えた。

塾をやっている者などそんなに高級な人種ではないのだが、昔の塾屋たちはいわゆるドロップ

アウトしたアウトローが多く、その分、ポテンシャルもあった。

今の若い先生たちは昔の塾屋になった根本的な学力がない。ゆえに業界のレベルはおどろしい

勢いで落ちていると言っても過言ではない。

 

塾を繫栄させるにはまずは内部教育を徹底することが最初である。

もちろんそれはマニュアルを作り、徹底させることではない。

外食産業やショップではなく、扱っているのは子供たちの教育なのである。

世の親たちも子供たち本人も、そういうことにそのうち気づくに決まっている。

人気のある先生、人気のある塾の人材を持ていると、その勉強量の多さに驚くことが多い。

塾屋のプロだったら、勉強することから逃げてはならない。

塾の歴史を学ぶことなど、私に言わせればまず最初にやらなければならないことではないかと

思っている。

| とよ爺 | 学習塾 | 10:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
猛暑

私は現在、病気克服のため、毎日3度のウォーキングを自分自身に義務付けている。

日常生活に必要な歩行を含めると15000〜20000歩になる。

ここの10日間くらいは連日20000歩を超えていたが、さすがの暑さで一昨日、昨日と20000歩を

下回る感じになった。

金曜日にかかりつけの医者に行ったのだが、そこでも一度に歩くのは15分以内にしてくださいと

アドバイスを受けた。

歩けばよいというものではないらしい。

当分は状況によりけりだが、歩行が思うようにできないのでその他のことで節制に心掛けようと

思っている。

 

実は新たな仕事でやらなければならないこともある。

企画書を何点か書かなくてはならないことと、次兄が父親の仕事を引き継いでいるのだが、その

手伝いをしようとも思っている。

今は病気療養中なので、簡単なお手伝いしかできないのだが、徐々にやっていこうと思っている。

ただし、ほとんどが都内で行われる仕事なので最初は月に1回ほど、少しだけ顔を出しているとい

った感じなのだが、来月か再来月に再検査を行い、お医者さんからGOサインをいただければ、本

格的に参戦しようかと考えている。

 

と言っても猛暑である。

何があろうとここで無理をしてしまうと元も子もない。

ピークが過ぎるまで最低限のことだけはするが、静かにしていようと考えている。

やっとここまで来たのだから、逆戻りはしたくない。

そういう意味で頑張ろうと思っている。

 

こういう時には私の好きな読書なのだが、情けないことに目が悪くなってきた。

先日、ハズキルーペというものを仕入れ、今試しているのだが、元来、あまり眼鏡等をかけて、読

書することがなかったので、なかなか長時間の読書ができない。

昔は寝るのも忘れて、読書をしたものなのだが、今は1〜2時間読書をすると、疲れてしまってなか

なか思い通りには読書をできない。

iPadを使い文字を大きくして読書をしていたのだが、やはり実際の本を読む充実感がない。

加えてiPadだと読みたい本が手に入らない場合もある。

どちらにしても今年は猛暑ということなので、その対応策を考えなければならない。

 

これからは地球温暖化の関係で、毎年、猛暑の度合いが増していくのではないかと思う。

猛暑対策をいろいろな意味で考えなければならない。

今年はその元年になりそうである。

| とよ爺 | 日記 | 08:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
梅雨明け

気象庁の梅雨明けの発表から、4〜5日過ぎた。

もっともその前から、炎天下の日が続き、梅雨だと言われても、なんとも実感がわかない日々

だった。

とにかく猛暑というのがふさわしい日々で、夏本番を迎える前から、夏バテのような感じにな

ってしまう日々だった。

梅雨明けという境目が全く分からないまま夏に入ると、その言葉の響きだけで更なる夏バテが

来ているような感じがした。

 

今年は例年のような夏の混乱はない。

引継ぎのために会社に籍を置いているが、この夏でその籍もなくなる。

とは言え、この夏に身体のオーバーホールが半ば完了する予定でそうなったら、新たに違う場

所に籍を置くつもりでもいる。

その籍も今の会社からは無縁ではないので、大きな意味で縁が全く切れるわけでもない。

 

しかし、自分の人生の中で大きな境目であることは間違いない。

この歳になると今までの人生を完全否定するなどと言うことはできない。

新たな再出発という人もいるのだが、まったくそれまでの人生と関わりを持たない人生を始め

られる人はどれほどいるのだろうか?

私の周りにはあまり存在しない。

やることは新しくとも、それまでの経験を生かさないわけではない。

そういう意味で新しいことを始めるという考え方もあるが、それまでの人生を総括する意味も

出てくるのではなかろうかと思う。

 

夏は私の中で大きな境目となる。

この一年、この夏を目標に生きていたような感じがする。

そして、梅雨明けとともにその夏がとうとうやってきた。

この一年の総決算と言っても、過言ではない。

「梅雨明け」というのはそういう意味でなんとも厳粛な気持ちを私の中に湧きあがらせるもの

だった。

この夏の結果次第では、今までとは少し違った人生を歩み始めることになる。

そういう意味では非常に楽しみな季節でもある。

去年の今頃に戻らないように細心の注意を払いながら、なり切りたいと思う。

| とよ爺 | 日記 | 09:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
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