子どもたちのことを真剣に考えましょう。

塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜24

私たちの業界が進化していない原因を私がどう考えるかであるが、これから記事

にしていこうと思う。

順番に書いていこうと思う。

 

まず、第一は塾屋の高齢化である。

新しい業界でありながら、塾業界には世代交代をなかなか行えない体質がある。

その一つの理由として、塾には定年がない。要するに死ぬまでこの業界にいるこ

とができるのである。

また、そこまで塾屋を続けてきたという自信があるに違いない。そういう者こそ、

自分のやり方、価値観にこだわるのである。

そういう考え方は新しい考え方をどうしても排除してしまう。そういうこともあ

り、業界が発展していかないのである。

 

そういう経営者の方々に私は言いたい。

昔と比べ、生徒数が増えているかどうか?

また生徒数が増えていても、収益性が落ちていないか?

自分の考え、やり方を貫いていた方が、固く、リスクがないと考えているのでは

ないか?

 

私に言わせれば、公教育の変わり方は激しい。子供たちも親も変わっている。塾

の核である進学、入試も変わっている。そういう現実の中にあって、塾のノウハ

ウが変わらないわけがない。むしろ変わっていくのが自然である。そういうこと

は外部の人間なら誰でもわかることである。塾屋だけ、そういうことに頑固故、

この業界は変わらないのである。

 

しかし、勘違いしないでほしい。

塾業務の中で不変なものはある。

精神的なもの、道徳的なものは終生変わらない。

例えば、精神的なもので言えば、仕事に対しての姿勢や子供たちに対しての取り

組み方、道徳的なもので言えば、礼儀や躾などである。これは変わるものではな

いし、むしろ昔のそれを求める風潮もある。

そこを勘違いしてはいけない。

ノウハウにおいては、結果を求められる塾業界の宿命として、常に敏感に反応し

ていかなければならないのである。

そういう意味で勘違いをしている塾屋が非常に多い。

                               (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜23

世の中小の塾経営者に対して、最近ひしひしと感じることがある。

この稿ではそれを書いていこうと思う。

 

この記事を書き始めた2014年ころにはあまり感じていなかったのだが、ここ1年で非常に

感じていることがある。

それは業界全体が疲れているということである。特に中小の経営者にだが、そういう疲労

感をここ最近、非常に感じるのである。

 

まず第一の理由として、恐ろしく創造性がなくなっているということ。これは致命的なこ

とである。

私は現場に入っていないのだが、私自身も感じているが、外部の人間はもっと感じている。

「もう学習塾は流行りませんね」などと、言われることも数多い。

要するにそういう人からは、滅びゆく産業のように見られているのである。よく言っても、

完全に淘汰の時期に入っており、生き残っていけるものはごく少数だと思われているので

ある。その主たる原因は、そこに携わる者の覇気のなさと創造性の欠如である。この情報

時代に同じような情報ばかり多くの塾が発信しているが、そこには煮詰まり感やマンネリ

感があり、それを外部の人が大きく感じているのである。

 

非常に深刻なのは、業界の人間がそれを感じていないことである。

「あすこでこうやっているから、うちもやりましょう!」、こういう思考パターンがわが

身を滅ぼしているということを誰もわからないのである。これは困ったことである。

新しいことを誰よりも早くやり、それを熟成させて、トップになる。そんなことを考える

人間はもう皆無に違いない。

加えてそうしてると思っている者のレベルを見ても、他力本願、教材は人が作ったもの、

教室設計もその道のプロにお金を払って考えてもらう。なんでもお金で済ませる。そんな

虚構に一般の人が気づかぬわけはない、PCで調べれば、あらゆる情報が入る世の中なので

ある。高い月謝がそういうものを買うために使われていると思われてしまったら、塾に対

する信頼感が育つはずもない。そんな大きな勘違いにも気づかないほど、塾屋のレベルは

それほど落ちているのである。

 

数年前まではそんなことは感じなかった。

しかし、ここ数年はそれを大きく感じるようになった。

その原因を私なりに考えた結論は持っているのだが、それを次に記事にしていこうと思う。

                                    (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜22

前稿に続く。

前項の記事前半でベネッセの幹部の方と話す機会に恵まれたと書いたのだが、どういう話を

そこでしたかをこの記事で書いていこうと思う。

 

前にも書いたが、私はその時、ベネッセが塾業界にどんどん入ってきて、全国で教室展開を

するのではないかと予測していた。

徹底的にこれをやられてしまったら、少なくとも私たちの可能性の一部は水泡と期してしま

うと思っていた。大企業のノウハウ、資本力はそれほどすごいのである。

 

その時の会話に戻る。

「ベネッセは教室を全国に展開しないのか?」という私の問に関して、こう答えた。

もちろんそれは当時の彼らの考え方で、今はそうとも限らないし、私の聞いたことはその人

個人の考え方で、ベネッセの会社方針とは限らない。しかし、その後のベネッセの展開を見

ても、私なりにうなずける部分はある。

 

私の問に対して、その人はこう答えた。

「初期投資、その後の収益性を考えると今の学習塾の月謝では、私たちが望む収益はまった

く上げられない。人件費が主体の業界だが、それを考えても、今の私たちの水準までの人件

費をひと教室で上げていくのは困難である。私たちが教室を出すのは、あくまで私たちの教

材を売るためであって、塾業務単体で利益を生むなどというのは不可能である。あなたたち

の言う能力のある人なら、生徒は集められると思うのだが、そういう人を教育するのも時間

がかかるし、思うように育たなければ、会社の損金となる。集まったとしても、今の月謝水

準では、それに値する給与を支給できない。業界自体ももしこれから少子化が進んでいくと

なれば安定していない。要するに私たちが資本を投下して、事業として取り組んでいく将来

性、収益性はないと思う。むしろこのまま推移していけば、塾業界は他の形態のものにとっ

て変わられると思いますよ」

 

ベネッセはこの時もそうだったが、今は老人事業に力を入れている。増え続ける高齢者、減

り続ける子供たちを見れば、そういう選択をするのもうなずける。

教室展開をしている大企業(学研など)はあるが、やはり教材等の教室運営とは違う商品を

持っている。要するに塾業だけでは食べていけないのである。

 

塾単体で食べていくには月謝を上げていくしかない。月謝が上がれば、世の人は更なるサー

ビス、付加価値を求めるようになる。そこで勝ち抜いた者たちだけがこの業界に残り、勝者

となる。そういう考えを持って、教室運営をしている者がどれだけいるだろうか?

気を付けなければならないのは、その傾向は少子化ゆえに速度を速めている。お気楽な塾屋

はただただ淘汰されるだけである。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 15:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
回復の途上

心臓と大腸の疾患をこの5か月でまとめて経験した私も、いまは毎日、リハビリの日々である。

最初は恐くて過度な運動などはできなかったのだが、徐々に体を慣らしていき、今はそれなり

にリハビリができている。

一日3回のウォーキングを義務付けているのだが、歩数も最近では20000歩近くになった。

それでいて、疲れをあまり感じず、むしろ気分は爽快である。

もっとも私の消耗はむしろ精神的なものが大きいのではないかと思うこともある。会社から、

今は少し距離を置けているが、それが良いのではないかと感じることもある。

 

先日の記事でも書いたのだが、日常生活は女房と二人、お陰様であまり気を使わないで済む。

相手は、「結構、ストレス」などという時もあるが、そんな深刻な状況ではないというのは、

一緒に生活していればわかる。彼女もマイペースである。

 

以前と比べ、いろいろなことを考える時間もある。

私の性格上、隠居などということは微塵も考えないのだが、今の自分を一番生かせる道は何な

のだろうと考えることが多い。

これからの人生を第二の人生というのなら、今度こそは自分自身のために生きていきたいと思

う。家族のため、従業員のためではなく、自分自身のために生きていきたいと思う。

そんなことを考えるのには、今のリハビリ生活はかなり面白い。

 

私には長年の付き合いの親友がいる。

私は無能な人間なのだが、私の友人たちは、私の見る限り、非常に有能な連中である。特に大

学を卒業して、大手企業に入った者たちは、ふつう55歳で退職なのだが、しっかりとその企業

に残り、それなりの責任を与えられている現状を見ると、使える人間なのだろう。

第二の人生はそういう者たちとフィフティーフィフティーでやるのも面白い。

こんな私でも結構な選択肢がある。

 

しかし、とにかく体はしっかりと治さなければならない。

今は回復の途上であると、しっかり自覚ができるようになった。

もうひと踏ん張りである。

| とよ爺 | 私のこと | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜21

前稿では、大企業は学習塾事業に手を出さないという内容のことを書いたのだが、それを続け

て記事にしていこうと思う。

 

私は数年前にベネッセの幹部の方にお会いしたことがある。皆さんご存知のようにベネッセは

「進研ゼミ」を運営する日本有数の民間教育企業であり、上場会社である。

私は、こういう大企業が私たちの業界に進出してきたらという不安を常に感じていたのだで、

思い切ってそれをその方に思うところをぶつけたことがある。

実際にベネッセはその時も教室運営はしていたし、そこをどんどん資本をかけて強化されてし

まったら、私たちはどんどん追い詰められてしまうと思っていた。学研も教室運営を行ってい

たのだが、いまいち私たちにとって、脅威を感じさせる感じではなかった。しかし、正直、ベ

ネッセは恐かった。

 

皆さんご存知のようにベネッセは、もとは「福武書店」から始まった。本社は岡山県、東京都

ではない。教育という中央志向が強い分野なのだが、もとは岡山というのも驚きである。

私はそういう会社内容から、非常に脅威を感じていた。明らかにパワーを感じる企業である。

ゆえに私たちの業界に本格参戦してきたのなら、私たちは跡形もなく、踏み荒らされてしまう

と感じていた。馬鹿な塾屋は、「塾は職人の世界故、大企業が入ってくる隙間がない」などと

言っているが、大学を卒業したばかりの者が塾業に入り、成功している者は何人もいる。

中卒から、丁稚奉公に入り、何十年も修行して一人前になる職人の世界と自分たちが同じだと

言ってしまうほど、塾に携わる者たちのレベルは高くはないのである。

業界同士の者たちの話になれば、皆うなずくかもしれないが、それは他業種の人たちが聞いて

いたら、なんと塾屋のレベルというのは低いものかと思うに違いない。

いまだにそういう者がたくさんいるのは皆さんご存知の通り、まったく塾屋のレベルは上がっ

ていないのである。

 

歴史を知らない者が職人などということ自体が、この仕事に対しての冒涜である。要するに数

か月前に学生だった者、学生在学中に起業して、それなりに生活していける職業、それが塾な

のであって、そういう人種が自分自身を過信して、一人前に思って日々を過ごすような今の感

じだとこの業界が残るはずもない。

うちの会社で言えば、本当に恥ずかしいのだが、入社2〜3年で一人前のプロのように話す者も

いるのだが、それではこの業界のレベルアップなど夢物語である。

少なくともすべてに対して、謙虚なものが大勢を占めなければ、この業界は発展していかない

と私は思う。

何度も言うが、塾業界は職人の世界などではない。私に言わせれば、素人の集まりである。ゆ

えに付加価値として、大きな利益を生む業界ではない。大きな利益を生む業界に成長したけれ

ば、付加価値をどんどん作っていく動きを業界全体でしていかなければならない。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜20

ではノウハウ構築にどういう視点を持ち込めばよいのだろう?

この稿ではそれを書いていこうと思う。

 

この記事を書き始めたときは、就職難の真っ最中だった。

それなりの大学を卒業しても、就職にありつけない者が続出した。

そういう社会状況があるので、お金をかけて大学に行っても、無駄ではないかという考え方

が世の中に蔓延し始めた。

もちろんわれわれ学習塾業界にとってはマイナスの考え方である。

そういうときは教育の本質に立ち戻り、いかに教育は重要か、人間性の構築が大事かを訴え、

生徒を獲得していくしか方法はなかった。

このブログを休まずに続けていたなら、おそらくそれにはどういうことをすればよいかとい

う記事を書いていたと思う。

しかし、現状は一変し、明らかに就職氷河期は終わっている。

私たちに新たな可能性がめぐってきたといってよい。

 

しかし、高校、大学の選抜方法は変わっている。

加えて企業の採用に関する視点も大きく変わっている。

そういうことを踏まえて、オペレーションを模索していかなければならない。

 

基本的にノウハウの話をするとほとんどの塾屋は道具のことを話す傾向があるのだが、それ

では一歩も前に進めない。どこから何を仕入れていくらで売るかという商店の理論とあまり

変わらない。

成功したスーパーなどを見るともちろん品ぞろえは大事だが、陳列の仕方や売り方を工夫し

ているところが買っている。他のスーパーと違うものを売っているのではない。

また、買っているところは明らかに周りと違って安く売っているわけでもない。場合によっ

ては周りよりも高くても、購買競争に打ち勝っているところもある。

 

他業種でも多くのヒントがある。

塾は特殊だという者がこの業界には多いが、それは他業種の厳しさを知らない者であり、そ

ういう者が勝てるわけがない。

私に言わせれば、他業種の一流がこの業界に殴り込んできたら、すぐにトップになるはずで

ある。なぜ来ないかと言えば、この業界はあまり大きなお金を生まないとわかっているから

である。

今の時代、人件費過多、もしくは人件費割合が多い業種は利益をあまり産めないのである。

まして、国の政策で雇用者の賃金を上げようとしている。そういうこともあり、変わらない

月謝で利益を上げていくことが難しいのである。

あほな経営者は、学習塾は難しく、大手企業が手を出せないなどという者がいるが、潤沢な

資金を持っている大企業ができないということはないのである。要は大金を投じる価値のな

い業界ということなのである。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜19

では、10年前と比べ、社会構造はどうなってきているのだろう。

これを考えてみようと思う。

 

われわれがサービス業の限り、時代の変遷や経済的な状況は無視することはできない。

少子化が進み、一時はこの業界の者はそれを追い風だという者がいた。

子供が少なければ、一人にかける教育費は増え、所得の平均が高まれば、それが売り上げの

増加につながるという愚かな考えである。

少子化が進んで、良いわけはないのだが、大手塾の雇用面接の内容などを聞くと、成長産業

だと志望者に話している塾がほとんどだった。

実は私の息子は4月から、大手のゼネコン会社に内定したのだが、就活の折に、大手学習塾

の募集担当が上で書いたようなことを話していたそうである。

大手ですら、社会環境を正直に言わず、半ば学生を騙すようなことを平気でする業界なので

ある。

教授たちや学生も現実は十分承知していて、「騙せれる奴はいないよ」と息子は話していた

が、なんとも悲しい限りである。

 

しかし、私は決して夢のない仕事ではないと思っている。

個人やその企業の持つオリジナリティーで十分将来性をつかめる業界だと思っている。業界

の平均値を模索し、その上を半ば機械的にやっているような企業には限界が来ると思うが、

今は苦しくても、創造性を持ち、試行錯誤を繰り返しているものたちには必ずチャンスが訪

れると思っている。

 

今は少子化の中での塾離れが起きているので、大変だと思う。首都圏に近ければ近いほどそ

れが顕著で、いつかは地方にもそれは分波してくるものと私は思っている。世の子供たちや

親たちが塾離れを起こさないようにするにはどうすればよいのか考えていくことが大事であ

る。ルーティーンに同じことをしている塾は間違いなく次の10年後には姿を消していると私

は思う。なんでそんなことを言えるかと言えば、この地上に存在するあらゆる業界がそうだ

からである。

塾をやっている者にはそういう歴史がないので認識できないだけである。

 

塾離れを起こさないいちばんの方向は業界の多様化である。

それゆえ、私はこの一連の記事で大手も中小も個人も、ほぼ同じ内容で推移している現実に

警鐘を鳴らしているのである。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 16:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜18

では、塾業界の立ち位置を考えてみよう。

10年前と比べ、状況は大きく変わっている。

まずは今の社会構造の中で「教育」という位置づけがどう動いているかを考えなければならない。

基本的な重要性は、「米百俵」の時代と大きく変わってはいないが、それはあくまできれいごとで

あって、実際の教育に対しての世間の受け止め方が大事である。

「国力の基礎の教育はもっとも大事である。これから国を背負っていくのは子供たちなのだ」

こんなことをいう人が多いのではないかと思うが、これが私の言うきれいごとで、実際に具体的な

ことをどうしているかが大事なのである。

 

塾業界も一緒である。

例えば、「映像授業」となると、猫も杓子もそれを取り入れる。恥ずかしながら、私の塾もその例

外ではない。なおかつオリジナルで映像を作るわけではなく、ほとんどの塾は外注している。

こういう安直な方法で歴史が変わるとは思えない。先に述べたが、人工知能を使った映像教育の完

成度を見れば、既存の塾屋さんの映像など、まったく見るにも値しない。そういう映像をお金を出

せば、私たちが手に入れられると思うかもしないが、素晴らしいものを作ったひとであればあるほ

ど、自力でそれを広めようとする。場合によっては、スポンサーを必要とすることもあると思うが、

そういうスポンサーは既存の大企業でもなることができる。塾屋ではない、資金を潤沢に持ってい

る者の独壇場となる。

そうなることはこれまでの経済界の歴史を勉強していけば、誰にでもわかることだ。

 

しかし、そういう大企業がいかにして生き残り、他業種でもイニシアチブをとってしまう力をつけ

てきたかと言えば、やはりお家芸を突き詰め、素晴らしいものを作り上げ、世間に認められたから

である。今の学習塾業界にはそんなパイオニアはいない。

 

ゆえに大手がそれをしないのだから、中小の塾にチャンスがあるのである。

中小塾がどういう方向で切磋琢磨していくべきか、私の考えるところはこれからの記事で書いてい

こうと思うのだが、前にも書いたが悲しいかなこのような認識を持っている塾屋はあまりいないの

である。

恥ずかしながら、私の会社の者たちですら、例外ではない。

 

と言っても、真新しいものを想像しているわけではないのだが、それなりの新しいノウハウを模索

している者はそれなりに生徒が集まっている。

私の塾でも福井をやっている者は、そういうことに前向きな男なのだが、数年で業者模試で、全県

一けたの生徒を複数名出したり、年明けてから、体験、入塾の希望者は止まらない。私の後のわが

社を中心になってやっていく男なのだが、それでも私に言わせれば、大きな創造をしているわけで

はない。十分に予測できる範囲の教室運営だ。新しいノウハウを創造するのは簡単ではないが、そ

れだけチャンスがあるということである。

 

この業界が後世まで残り、携わっている者たちが生涯をこの仕事で全うできるためには業界全体の

地道な創造が必要である。

そういう者が星の数ほど存在する業界になってほしいものである。

                                        (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 18:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜17

前稿の内容を受け、ここでは社会構造の中の学習塾について書いていこうと思う。

この記事の題は、「ここ10年で塾は大きく変わった」だが、社会構造の中での学習塾の立ち

位置は、10年前とは大きく変わった。

 

まず、その大きなファクターとして、皆が言うのは少子化である。これは数十年前からも、

言われていることであり、私に言わせれば、今になってそれを嘆くのは情けない。こういう

時代が来ることを予期し、準備をしていた者は嘆くべきではない。

要するに行き当たりばったりで先を見据えず、日々の生活に流されてきてしまったゆえに、

そういう状況に陥ってしまったのである。

 

私が声を大にして言いたのは、その過ちは歴史の知らない・歴史を持たないこの業界人ゆえ

に仕方がないのである。

大事なことはそれを繰り返さないことで、新たな歴史を今の塾屋の皆さんは刻んでいかなけ

ればならないということなのである。

世間でよく言われている言葉で、「企業の体力は30年で0になる」という言葉があるのだが、

塾業界はそれより長い年月を刻んでいる。業界の体力は限りなく0に近づいているのである。

 

実はその中で私の塾は1967年創塾なので、今年で51年目となる。この業界の者はそれを軽

んじているようなのだが、本気で塾経営をしている人はそれがいかに大きな数字だというこ

とがわかるだろう。塾に社会権などない時代からの積み重ね故、ある意味、これから50年よ

り、はるかに大変なのかもしれない。

 

そこに私は40年以上携わっている。

それゆえ、いかにこの業界に安泰がないということを身にしみて感じている。

塾屋側にこのような業界に対する認識がないと、やはりこの先、数年、組織を維持していく

のは、難しいことではないかと私は思っている。

 

まず、社会構造の中の位置づけを書いていくのだが、その前にぜひとも、塾屋さん一人一人

の今の立ち位置を客観的な視点で理解していただきたい。

それができなければ、何を書いても理解はできないはずである。

塾はサービス業である。

いくら素晴らしい人格の持ち主であり、大きなポテンシャルを持っている人でも、相手を知

らない限り、私は成功しないと思う。

                                     (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
塾屋の順風:ここ10年で塾は大きく変わった〜16

では、これからこの業界を背負っていく者たちはどうすればよいのだろう?

わかっていることは食っていくことにとらわれすぎていると、業界全体の力も、時代のニーズ

も一時ほどないので、流されて衰退していくということである。

しかし、残念ながら、そういうことを心底感じて、それに備える動きをしている塾屋はいない。

もちろん簡単ではないので、考えれば考えるほど萎えてしまうのだが、それもその人の限界だ

という思考までは自分に甘い人間は近づけない。

 

「生活していかなければならないのだから仕方がない」

私の周りにはそう言って開き直る経営者が非常に多いのだが、それは使われている者もいうこ

とである。

そういう者たちが言うのならば、どの業界でも当たり前なのだが、経営している人が半ば当然

のように言ってしまうこの業界のレベルはなんとも低いものか。

少なくとも、10年前はそういう人間はあまり多くはなかった。

塾屋のレベルダウンは本当に止まるところを知らない。

うちの業界の経営者たちは、いわゆる一般の経営者が当然知っているべき社会構造を知らない

人が多いのである。

 

これからこの業界を背負っていく人たちはそれではいけない。

社会構造をしっかりと勉強し、この業界の成り立ち・歴史をしっかりと勉強しなければならな

い。

くだらないことに思えるかもしれないが、これを知る者に対しての社会の扱いは明らかに違う。

社会的認知が低下して昨今で、生き残るためには社会的認知を上げていかなければならない。

自分が身を置く業界の社会的な意義や歴史を知らない人間など、どの業界にいる人達にも認め

られない。

教育に身を置くのなら、教育の基本的な理念や歴史くらい知らなければならない。塾の歴史は

浅い(私は決してそう思っていない。江戸時代から続く寺子屋、手習い師匠の勉強をすれば、

いかに歴史があるかがわかる)が、教育の歴史は古い。古代ローマ、奈良時代から、調べよう

と思えば、調べることができる。

それすらも知らない輩では、今までは良かったがこれからはわからない。社会的な認知、必要

性を業界全体で喚起しなければ、生き残れないと私は思う。

 

ITの世界で人工知能を使った教育法を私は徹底的に勉強してみた。

いずれは記事にしようと思うのだが、やはりそこにはどう考えても既存の塾屋が入る隙間がな

い。

今の塾の状況で社会認知を伸ばすには、やはり教育である限り、そこに携わる人たちの教育レ

ベルが大事である。

それは学歴ではない。日々の努力である。

 

まず、最初に提案は、社会構造の中の塾、これから塾の活躍する場所、塾の歴史やかつて一世

を風靡したノウハウ、そういう者を学習してほしい。

                                      (つづく)

| とよ爺 | 学習塾 | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
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